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手間のかかる料理は楽しい

手間のかかる料理を作るのは楽しいが、手間に見合った料理を作るというのはなかなか難しい。

フレンチレストランに勤めていたころ、シェフの作る料理の中で一番うまかったのがチキンのクリーム煮だった。フォアグラのテリーヌとか、蛤の潮ジュレ寄せとか、カラスミのリゾットとか、そういういかにもフレンチといった料理も確かにうまい。しかしチキンのクリーム煮を食べたとき、「これでいいじゃん」と思った。

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チキンのクリーム煮のイメージ

チキンのクリーム煮は昔ながらのフランスの家庭料理で、いわばおばあちゃんの味。調理の手間を考えるとそこまで簡単な料理とは言えないが、まとめて作れるので他の料理より楽なのだ。カレーやシチューを多めに作る感覚に近い。

そんな家庭料理が、多様な食材と複雑な調理で趣向を凝らした高級フレンチの一皿よりおいしく感じる。その事実はなかなか衝撃的だった。以来、家で煮込み料理ばかり作るようになった。ちなみにフレンチレストランでの仕事はあまり長続きしなかった。

煮込み料理は、手間のわりにしっかりうまくなるのがいい。肉でも野菜でも、とりあえず煮込んでおけばたいていうまくなる。切り方がどうだ、調味料の割合がどうだと下手な手間をかけるくらいなら、煮込み時間を増やしたほうがずっといい。調味料なんて、食べる直前に軽く塩を振れば十分だ。それだけでも、食材から出るだしが味わいを豊かにしてくれる。

しかし最近は煮込むのも面倒になってきた。まず時間がない。煮込みは放置しておくだけと思いきや、なんだかんだ火のそばを離れられず行動が制限されるのが難点だ。

そこで最近は、漬け込むという手間のかけ方を覚えた。

漬け込むだけなら煮込むより手間がかからないので、あまりおいしくならなかったとしても言い訳ができる。誰に対しての言い訳だと我ながら思うが、その逃げ道があるのがなんとも楽でいいのだ。それでいて、食材の変化を見守る実験的な楽しみもしっかりとある。時間のない大人にはそれくらいがちょうどいいのかもしれない。

そんなわけで、梅酒を漬けることにした

作り方を検索すると大量にレシピが出てくる。みんなそんなに手作り梅酒を作ってるのだろうか? 材料は青梅1kg、氷砂糖1kg、ホワイトリカー1.8Lに、それらが収まる4Lのガラス容器。どれがいいかはよく分からないので、近所のスーパーで目に付いたものをとりあえず買う。

あらためて見比べると、どのレシピも大筋の作り方は同じらしい。手順はこうだ。まずガラス瓶を消毒して、青梅は水洗いする。水分を拭き取ったらしばらく乾燥させて、ヘタを竹串で取っていく。

ヘタというのは梅のへこんだ部分にあるやつで、はじめは何のこっちゃだったが竹串でほじくってみたらすぐに分かった。ちょっと面倒な作業だが、このひと手間が料理をしている気にさせてくれて楽しい。

青梅のヘタ取りまで終わったら、あとは材料を容器に入れていくだけ。青梅と氷砂糖を交互に入れて、隙間のないように詰めていく。最後にホワイトリカーを上から流し込めば準備完了だ。

そうして出来上がったのがこちらである。

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早い人は、味見のつもりでちびちび飲み始めて3ヶ月ほどですっかり飲み干してしまうというが、飲み頃は半年から1年ほどらしい。先々の楽しみを予約しておくようで、なんだかわくわくする。

――なんて悠長に構えていたら、ひとつ問題が起こった。実はこれ、1年前に漬けたものである

現在の状態はこちらだ。

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なかなかきれいな琥珀色になってくれて何よりなのだが、梅を入れたまま漬けすぎると梅の渋味や苦味が出てしまうという。とりあえず漬けておけばうまくなるだろうと放っておいたのだけれど、そう単純な話ではないようだ。

2020年の6月に漬けはじめて、現在2021年の11月。すでに飲み頃の1年を過ぎている。

仕方がないのであわてて取り出した。

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梅酒を漬けてから蓋を開けたのは今回がはじめて。せっかくなので味見もしておく。

梅を取り出すのに使ったレードルについた梅酒を指ですくって舐めると、とろっとした甘味と、しびれるような酸味がある。まだ荒々しいが、年月とともに角が取れていくのだろうと思うとこの荒々しさすら愛おしい。毎年のように梅酒を漬ける人の気持ちが少しわかった気がする。これは育てる楽しみだ。

さて、取り出した梅は、甘露煮とか梅シロップにすれば食べられるようだ。梅を取り出す必要に迫られた時点で想定外の手間がかかっているのだが、手をつけた手前、食材を無駄にするわけにもいかない。せっかくなので勢いでこれもやることにした。

甘露煮は、梅と砂糖をあわせて煮立たせ、落し蓋をして煮込めば出来上がり。梅シロップは密閉容器に砂糖と共に入れて、袋の中の空気を抜きながら1か月間常温で放置。1か月経った頃にはシロップ状になっているので、煮沸してからビンで冷蔵保存すれば1年くらい持つそうだ。

そうして出来上がったのがこちら。

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甘露煮(左)と梅シロップ1日目(右)

甘露煮を鍋から容器へ移すとき、味見がてら一粒かじってみた。ぽってりとした甘さに、ほくほくした食感と梅の風味が相まって安心する味だ。実家の両親に食べさせたくなる。しっかり加熱しているからアルコールはほとんど感じない。日持ちしないということだったのであまり量を作らなかったが、こんなにおいしいならもう少し多めに作ってもよかった。

このあたりでようやくひと段落。あとは梅シロップがシロップ状になるのを待つばかりだ。

しかし振り返ってみてこれはどうだ。当初の目的からずいぶん外れているじゃないか。もともと手間をかけたくなくて梅酒を漬け込んだのに、普段の料理よりよっぽど手間をかけている。在宅勤務なのをいいことに、仕事そっちのけで料理に没頭してしまった。

でも、手間をかけるのが楽しいから料理ってやめられないのだ。手間に見合うかどうかなんて知ったことか。

ああ、そうか。

シェフがわざわざ手の込んだ料理を作っていたのも、それが楽しいからだったのかもしれない。

執筆:市川円
編集:べみん

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