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心理学紹介-4

このnoteを書いたのは西田さん

心理学の「学問らしさ」――4つの研究方法 つづき

質問紙法

質問紙法は、その名の通り対象者に質問紙(アンケート用紙)を配り回答してもらうことでデータを集める方法です。そして「心」についての質問を行う心理学では多くの場合、回答は1から7などの数量で答えるようになっています。このままではわかりにくいと思いますので、例を挙げてみます。

以下の質問群は、人が日常的に経験する心理的ストレスに対する反応を測定するために開発された「心理的ストレス反応尺度」(Psychological Stress Response Scale:PSRS)という尺度のうちの一部です(2)。

【回答方法】以下の文章をよく読んで、この2、3日中のあなたの感情や意識や行動の状態をよく表わすように、( )の中の数字に○をつけて下さい。

0・・・・・・全くちがう  1・・・・・・いくらかそうだ  2・・・・・・まあそうだ  3・・・・・・その通りだ

1.(0 1 2 3)不機嫌で、怒りっぽい
2.(0 1 2 3)悲しい
3.(0 1 2 3)心に不安がある
4.(0 1 2 3)泣きたい気持ちだ



51.(0 1 2 3)無気力で、やる気が出ない
52.(0 1 2 3)話すことが嫌で、わずらわしく感じられる
53.(0 1 2 3)むやみに動きまわり、じっとしていられない

PSRSでは、こうした質問項目が全部で53個あります。ストレス反応という「心」の現象は、こうして0から3までの4段階というスケールをもつ数量データとなり、それを数百人分集めることで、統計的な分析に使えるようになります。それはたとえば、53個の回答に対して「因子分析」という手法を適用することで、ストレス反応の分類を行うことができますが、これは心理学ではよくあるやり方です。

(2) 新名 理恵・坂田 成輝・矢冨 直美・本間 昭(1990)「心理的ストレス反応尺度の開発」, 『心身医学』, 30(1): 29-38.

このように自己報告によって「心」を捉えようとする試みは、心理学が大学の学問として成立したと考えられている19世紀から発展してきた独特の伝統的な方法論となっています。そしてこのように「心」を測定するためのいわば「心のものさし」を、心理学では「心理測定尺度」と呼んでいます。心理測定尺度は対象者本人が自分の「心」について答えるので、欲しいデータを引き出すために研究者が調査の場で質問の仕方を曲げてしまうということは防げているように思えます。実際に研究者はこうしたバイアスを防ぐために、新しく心理測定尺度を作成する過程でどんな文章ならば中立的で誘導にならない質問ができるかを考え、工夫します。試作版を何度か作り、テストデータを取ってみて改善するということを繰り返してからやっと心理測定尺度として本物の質問紙に載せることができますし、一度決定した尺度も時間が経てば見直されることもあります。

データを自分の主張の正しさを裏付けるように解釈してしまうという面接法や観察法の懸念点についてはどうでしょうか。一度集めてきた量的なデータは、改ざんさえしなければ変えようがないし、統計的分析はソフトが行うので、解釈の偏りを防いでいるように思えるかもしれません。しかし実際は、質問紙法と統計的分析によって成り立つ心理学研究の一部では、統計的に意味のある結果にするためにサンプルを増やす、異常値を除去するといったことが日常的に行われています。

こういったことのすべてが直ちに悪いというわけではないですし、研究者は恣意的なデータ収集を防がなければならないということは心理学だけではなく科学全体の課題でもあります。そのうえで心理学は特に、「心」という直接目で見たり触ったりできないものをデータとして収集するだけではなく、それを解釈するという作業を踏まなければならないがゆえに、データの扱いには慎重さが必要だと言えるでしょう(3)。


4つの研究方法 まとめ


さて、ここまで心理学の代表的な研究方法を紹介してきましたが、これら心理学と、遊びでやる「心理テスト」とは、何が違うのでしょうか? 心理学の「学問らしさ」とは、どういった点に見出すことができるのでしょうか?

何が科学で何が科学ではないのか、学問とは何かといったことは、いわゆる「理系」学生として大学で研究している方や経済学や政治学などの社会科学を学んでいる方も、あまり考えたことのない問いかもしれません。そしてこう述べると意外に思われるかもしれませんが、科学であるか科学でないか、学問であるか学問でないかとはかならずしもきれいに1か0かで答えられるわけではなく、程度の問題になっていきます。心理学について言うならば、心理学で行われている実験や調査はたしかにゲームとしてやるような心理テストとは違うものではあるけれど、その区別は絶対的なものというよりも、妥当で信頼できる程度が高いか低いかという違いに依拠しているのです。

しかし、このことを残念に思う必要はありません。心理学者はその妥当で信頼できる程度をできるだけ高めようと、自分たちが主題としている「心」の認識の仕方や扱い方についての議論を深めてきました。次からは、この議論の一部を紹介します。

(3)2010年代には、心理学のデータ分析や解釈における問題が顕になった「事件」がいくつか重なりました。既存の仮説を支持する結果を出せた論文ばかりが採択されてしまう発表バイアスや、統計的に有意な結果を出すためにデータのサンプル数を追加、削除できてしまうp値ハッキングなど、心理学、ひいては科学という営みが抱える問題を指摘した著作としては、Chris Chambers(2017=2019)『心理学の7つの大罪―真の科学であるために私たちがすべきこと』みすず書房 で詳しく述べられています。

次回は▼
「心」という構成概念
いよいよ心理学紹介のまとめです。


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