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【cinema】「あのこと」

ものすごく良かった。良かったというか、齧り付いて観た。
アニー・エルノーの自身の体験に基づく小説「事件」の映画化。1960年代のフランスにおける妊娠と中絶と選択と未来の話。
大学生の主人公アンヌの知性、理性、美貌、若さを撒き散らす乱暴さ、彼らの垢抜けなさとも折り重なる大学都市の空は懐かしい。欲望の発露の仕方がぎこちない若者が集う夜の踊り場の空回りっぷりにはある意味健全さすら漂い、ふわふわした空気の中で確実に数え上げられる「○週目」。
意図しない妊娠に関して、当時のフランスがこんなに理不尽な八方塞がりな境遇だったとは知らなかった。タブー故だからとはいえ、妊娠した途端アンヌは文字通り限られた時間の中で孤立奮闘しなければならないことがものすごく悔しかった。一方で宿った命の強さ(迷信のような荒療治に抗い続ける)にも圧倒された。種としての生命体を貫かんとする熱量が観る我々に問いかけてくるのだ。人生の歩み方は性別で差があってはならない、はずなのに、命を宿すことのできる権利もあり、翻弄もされるのは女にのみある残酷な構造。ワタクシはその女性である。
まるで現代の女性のように(ちょっと語弊があるけど)、自分の学びたいという選択のために迷いなく果敢に選び取っていくのだが、これは迷ったり悩んだりする猶予がないから。突き動かされるような、生まれようとしている命に試されているような、複雑な疾走感である。
バカンス灼けではない日焼けした母親の腕に抱かれる真っ白な彼女の肌。優等生である彼女の向学心は、学問への純粋な関心と、労働者階級の出自を超える架け橋を担う家族にとっての期待の象徴でもある。妊娠は相手との愛情というか興味が高じてゆえの「お互い」の欲望の結実である。でもその結実を請け負うのはアンヌのみ。厳しい規律の中の女子寮生活にして、ふと踊り場に繰り出す大胆さもある。

この望まぬ妊娠における物語は、女性目線で描かざるを得ないのだが、この作品でも無責任さを貫いていた訳だが、この問題に対峙した時の男性の心情を、物語にならないほど薄っぺらいのかもしれないけど、できる限り率直なところを知りたい。

で、「あのこと」はもっとみんなにみてほしい。日曜日の昼下がりのロードショウで、丸の内TOEIの比較的大きな箱で20名くらいしかいなかったの。偶然かもしれないけど。

https://gaga.ne.jp/anokoto/

「正確であれ、あとはどうにでもなる」
原作者のアニー・エルノーが、撮影の直前に監督のオードレイ・ディヴァンに贈ったチェーホフの言葉だそう。映画はこの言葉をしかと体現していて、私も何かと思い出したい言葉。


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