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28.螺旋(1) - i

螺旋・渦巻きの話です。

1.螺旋・渦巻き

まず、前回「 27. 上昇感(1) - iii (螺旋)」の繰り返しになりますが、


螺旋形渦巻き形というのは、放射状線同様、視線を中心へ引き込む力があります。奥へ奥へ、あるいは上へ上へ、向こうへ向こうへ。

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漫画やアニメでも、このような螺旋や渦巻きの「効果線」を見たことがあると思います。この効果線には「中心点へ向かって視線・意識・物体を一気に引きずり込んでいく」効果があります。
何かが引っ張り込まれてゆく、気やエネルギーの波動が伝わっていく、あるいは螺旋形に巻き込まれながらすべてのものが運ばれていく、などの表現で多く見かけます。

放射状線(note記事「9.中心と放射状線(1) - i 」~「12.中心と放射状線(2)- ii 」を参照)は中心に向かって一気に視線を集めていましたが、螺旋・渦巻き形は「動性(ダイナミズム)」「動感」の表現、つまり「(何かが)動いている最中である」ことを強調します。


2.見る(全体)

今回は、巨大な螺旋の例を見ます。

パルマ大聖堂のクーポラに描かれる天井画<聖母被昇天>です。
16世紀前半、コレッジョ晩年の大作です。

まずは作品を眺めます。20秒ほど眺めます。

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螺旋・渦巻きの大スペクタクルです。
巨大な上昇気流を感じ取ることができたでしょうか。

ひとつだけ下降モチーフがあります。どれでしょう。


少しディテールを見てみます。


3.見る(部分)

(1)どこ?

これはどこでしょう。

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ここです。

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絵全体の主役は、このお方です。

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この大聖堂は、被昇天のマリアに捧げられています。
したがってこの天井画の主題はこれまでに何度も出てきた「聖母被昇天」で、主題上は、このマリアが主役です。このマリアは、他の人たちよりも少し大きめに描かれています。


両腕を左右に伸ばして天空を仰ぐ聖母マリアが、觔斗雲的な可動式の雲に乗って、密集する天使の一団によって、上へ上へと運ばれています。
マリアはダイナミックなポーズをしていて、上空をしっかりとした目線で仰ぎ見ています。マリア本人に「上昇感」の工夫が加えてあります。
と同時に、雲と光と無数の天使たちの織りなす巨大な渦巻きの中にいるので、彼女を取り巻く状況そのものが上昇気流のダイナミズムに満ちています。まるでドロシーが竜巻に巻き込まれて家ごと吹き飛ばされていった『オズの魔法使い』冒頭シーンのようです。


聖母マリアは巨大な上昇気流の中にいて、周囲と共に上昇しています。

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マリア(黄色円)は、アダム(青色点線円)とエヴァ(赤色点線円)に囲まれています。

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エヴァは黄金の林檎をマリアの方へ差し出しています。彼女の犯した罪をマリアに償ってもらうためです。

その反対側には憂い顔のアダムがおり、彼は自分の胸に手を当てて、反省を示すようなポーズをしています。

アダムの周囲には男性陣が、エヴァの周囲には女性陣がいます。


(2)どこ?

これはどこでしょう。

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もうどれが誰の足だか判らないし、どの足がセットなのかも判らないし、そもそも何人いるかもわかりません。ぶつかり、もつれて絡み、飛んでいる足が、不規則にぶら下がっています。




実は、活気に満ちた賑やかな奏楽天使たちの足でした。タンバリンや縦笛などの楽器が見えます。この一団、どこにいるかというと・・・。
(ヒント:マリアの手が写り込んでいます。)

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ここです。

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文字通りの「鳴り物入り」で、上昇気流に乗りながら、マリアの被昇天を祝福するために近付いています。


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觔斗雲集団鳴り物集団
この二つは、明らかに「集団」として描かれており、とりわけ「密です!」なエリアを作っています。
それらは三角形を形成しながら、全体の上昇感にも貢献しています。

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(3)どこ?

これはどこでしょう。

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衣が翻り、太もも露わな両足です。足裏も見えます。




中央のキリストです。

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下半身の後ろ姿を下から見るような方向性で描かれています。

クーポラの中心付近で、光の輪の中に単独でいるので、とりわけ人目を引くモチーフです。キリストが、天にのぼってくる母マリアを受け止める役割を果たすため、降りてきているのです。


クーポラの中心を染め上げる金色の強烈な光の中で、飛び降りるようなポーズで、一人、宙を舞っています。大きく翻る衣や大胆に開いた脚が「飛翔している最中である」ことを強調します。

振り上げた両腕の間に見えるキリストの若々しい顔は、下を向いてマリアを見据えています。親子の再会です。

冒頭の問いについて言えば、
唯一の下降モチーフは、この中央のキリストです。


4.想像する(巨大・天井・凹型)


(1)「カエルのシチュー」

この天井画のことを、かつて「カエルのシチュー( guazzetto di rane )」と書いた文学者がいました(注1)。「足ばっかりがたくさん見えて、ぐるぐるごちゃごちゃしていて、なんだかちょっとな~」なんて、思ったのでしょうか。しかし、彼も、このシチューっぽさ(お鍋の中のごちゃごちゃぐるぐる感)にこそ目を奪われたのだという意味で捉えるならば、まったく正しい感想であるに違いありません。

この天井画の最大の特徴は、ごちゃごちゃぐるぐる感、彼の言葉で言えばこの「シチュー」感です。

ここまで、細部に何が描かれているのかを確認してまいりましたが、ここから先は、この巨大な渦巻きの感覚について想像力を働かせてみたいと思います。

ひとつ、重要な事実があります。
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これは、曲面に描かれた巨大な天井画だ、ということです。

ここから先、かなりの想像力が必要です。

巨大です。天井です。お椀状に凹んでいます。


(2)巨大


巨大です。

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人が写り込んでいるので、建物の天井の高さが想像できますでしょうか。
中央の日光が強く差し込んでいるところに、コレッジョの天井画があります
(ここは、手前の天井よりさらにずっと高いです)。

光が差し込んでいるのはこの窓です。

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写真で見ているだけだと方向性を見失いがちなのですが、この窓のある方が建物の奥にあたります。

パソコン画面、ましてやスマートフォン画面のような小さな画面で眺めるときには、方向はおろか、この巨大な迫力を想像することも、なかなか難しいことです。


(3)天井画

天井画です。頭上に広がる光景になります。

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この写真では、先ほど見た窓は、どれにあたるでしょうか。



これです。

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この窓がある側が、建物の奥側になります。マリアのすぐ下辺りです。

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下の図をご覧ください。

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窓の下は八角形(図の赤色点線)になっていて、その一辺ごとに丸窓が配置されています。

八角形(図の赤色点線)のには、四角形(図の赤線)があります。
ここは、現実の建物の垂直要素、つまり壁や柱やアーチと接する部分です。

八角形(図の赤色点線)のには、フィクションの世界、螺旋の天上界の世界が広がっています。フィクションの世界に、現実の窓だけが入り込んでいる形です。
フィクションの世界は、このように、円ではなく実は八角形から始まっています。八角形の上にできた角の部分は各々漆喰で埋めてあり、天井全体がなるべくなめらかな球体のような形状になるようにしたうえで、絵が描かれています。

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聖堂の天井建造と一体化した作品ですから、美術館に掛かる一枚の絵とは異なり、一歩近付いたり、顔を寄せたりすることは、一切出来ません。すべての人が同じように、遠く、床に立ったときの高さから見ることになります。

ですから、細部は、いろいろはっきり見えるものではありません。
主役のマリアですら、すぐさまはっきりと認識できるわけではありません。

下から見上げて
はっきり体感できるのは、この巨大渦巻きの圧倒的な存在感です。
渦巻きに巻き込まれるような全身感覚です。


視覚的には、この巨大な螺旋・渦巻きこそが主役であると言っても過言ではないでしょう。頭上の巨大な螺旋スペクタクルによって観者が体験することになる、全方向・全感覚で巻き込まれるような視覚体験、全身感覚こそが、主役です。現代のヴァーチャル・リアリティーの先駆けです。

時代がもう少し進むと、” ヴァーチャル・リアリティー感” を追求して大スペクタクル化を推し進めることになる「バロック天井画」が誕生します。
バロック天井画の制作で活躍した画家たちは、コレッジョのこの先例から多大な影響を受けました(この話は別の機会に)。


(4)凹型

凹んでいます。

28, frickr, 引用元必要、4633282620_44c654dba2_c、コレッジョ、パルマ

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実際の物理的建造物としては、お椀の内側のような形です。
しかしイリュージョンがあまりに巧みなので、実際の建造物としての天井壁を感じることはできません。
感じることが出来るのは、想定されている仮象空間、すなわち「ソフトクリームの裏側」のような螺旋的な段のある立体構造です。仮象空間は、騙し絵的効果で、実際よりも高く見えています。

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このフレスコ画は、採光窓の付いた、高いところにある曲面に描かれているため、日々刻刻、また、観者の立つ位置によって、見え方がかなり異なります。

人は歩きながら、時に立ち止まって、上を見ます。
見る視点は固定されていません。
場所によって、自分から見た傾き具合も、光の当たり方も、異なって見えます。方向によっては、渦巻きがはっとするほど鮮明に感じられる場合もあります。明暗のコントラストばかりが気になる場合もあります。いろいろです。

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多くの画集などでは、上の図の右上にあるような、真下から撮ったお行儀のよい写真が掲載されています。それは、端から端までなるべく均一に平等に捉えた写真の方がよいという考え方によるものです。よく見えないモチーフやエリアが出てきてしまうのは、「図鑑」的な意味合いを持つ画集には、確かに相応しくないことでしょう。
しかし一方、それでは全体があまりに平板に写ってしまい、中心が一番奥まっている曲面であるという物理的事実が伝わりにくくなってしまうという欠点も抱えています。これは、画集を見る人の方が、想像力で補わなくてはならない部分です。


5.想像する(近付く)


大聖堂入口から入って、少しずつ近づいて行ったときの見え方を想像したとき、再び、聖母マリアが主役の座を取り戻します

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①コレッジョのフレスコ天井画は、大聖堂入口からアプローチした場合、手前側のアーチ(黄色曲線)によって少しずつ見える範囲が増えていくという見え方をします。

②近付くにつれて、観者に正対する場所に少しずつ現れるのは、筋斗雲集団、つまり聖母マリアの集団です(図b→図c)。

③重要なことに、図bから図cに至る時、少しずつ歩いて下から見ている観者には、まるで聖母マリアは少しずつ上昇しているように見えています
観者が少しずつ、聖母マリアの真下に向かって入り込んでゆくように動くからです。真下に近ければ近いほど、観者の見上げる角度は大きくなります。

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私たちが上を見上げながら少しずつ近づいていくとき、同時に、聖母マリアも、少しずつ上へ動いているさなかにあるというわけです。

***

わたしたちは、
巨大な螺旋・渦巻きのダイナミズムに、
聖母マリアとともに包まれ、巻き込まれつつ、
聖母マリアがまさに「被昇天のさなかである」その瞬間の目撃証人
とも、なるのです。


画家は、意図的に、被昇天の聖母をここに描き込んでいます。

***

(注1)Girolomo Tiraboschi, Notizie de' pittori, scultori, incisori, e architetti natii degli stati del serenissimo Signor Duca di Modena, Modena, 1786, p.53.


最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。


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