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5.斜水性(1)- i

1.見る

まずは作品を眺めます。

30秒ほど眺めます。

5, aa, original, Jean-François_Millet_-_The_Sower_-_Google_Art_Project, ボストン美術館

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有名なミレーの<種まく人>です。これはボストン美術館所蔵の作品です。山梨県立美術館にもよく似たミレーの<種まく人>が所蔵されています。


2.考える

(1)斜水性

今回のテーマは「斜水性(しゃすいせい)」です。

斜水性とは、斜線の要素と、垂直・水平線の要素の、バランスや度合いのことです。

(ネットで検索すると、この言葉は
「斜線の要素」のことのみを指して用いられる場合もあるようです。
例えば、斜めの線が多い絵に対して
「斜水性が高い」などと書いてある場合があります。)

ここでは、「斜水性」とは、斜めか/水平・垂直か、その度合いのこととします。そして斜線の要素や性質のことを「斜めっぽさ」、垂直線・水平線の要素や性質のことを「縦横っぽさ」、と便宜上、呼ぶことにします。

「斜めっぽさ」は躍動感や動きを、「縦横っぽさ」は安定や静止を表すのに向いています。

(2)「斜め」

さて。
以下の写真は、構図を考えるにあたって見やすくするために、オリジナル写真に明度と彩度に加工を施したものです。

これを見ながら、ひとつ、考えてみたいと思います。

「斜め」はどこにあるでしょうか?

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(★、筆者による色の改変あり)



目立つ「斜め」に印をつけてみました。
きっと誰の目にも明らかなのは、このあたりでしょうか。

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(★、筆者による改変あり)

農夫が、種を蒔きながら、大股で歩いています。
大振りのポーズをすることで「斜めっぽさ」がたくさん生まれているのが判ります。

彼は右足を大きく踏み出しています。種の入った袋を下げた左肩とそれを押さえる左腕が、その右足に平行になるように描かれています(黄緑色の線)。
一方、種を蒔いている右手は大きく横に突き出されています。その右手は右肩を通り頭部へとつながる大きな斜線を作っており、画面左下方に置かれた左足と平行になるように描かれています(白色の線)。

四肢がすべて体幹からかなり離れて「斜めっぽさ」が強いので、躍動感が生まれています。精力的に仕事をしている印象です。
特にこの黄緑色の線と白色の線の二種類の「斜め」は、重なり合って、上向きの矢印のような形を二度作り出しており、画面全体に勢いや活力、溌剌さを与えるのに貢献しています。

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実は、右上から左下へ向かう斜めの二つの平行線(白色の線)は、右上角と左下角を結んだ対角線と平行です。
また、はるか後方の地平線には、右側に干し藁を積む農夫が見えますが、彼の体の傾きも、この対角線と平行に作られています。

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(★、筆者による改変あり)


実は、「斜め」の部分は、他にもあります。
どこでしょうか。


3.「構図」の工夫を知る

(1)斜めの「平行線」

斜めの部分は・・・

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(★、筆者による改変あり)

上図をごらん下さい。
「地平線」(A)と「人物の視線(顔の向き)」(B)を指摘された方は、素晴らしい観察眼をお持ちだと思います。

背景の「地平線」(A)はなぜ、斜めになっているのでしょうか。
きっと画家にとって、この場所が実際に坂だったかどうかはあまり関係なかったと思います。
画家は、中心人物の躍動感を背後から補強するため、画面構成上、意図的に、地平線を斜めにしたに違いないのです。

人物の視線(顔の向き)」(B)というのも、たとえ実際に描かれた目に見える線ではないにせよ、画面構成上では一つの「線」を作り出し、時に非常に重要な働きを持つことがあります。

ここでは「地平線」(A)と「人物の視線(顔の向き)」(B)は平行になっており、それらはさらに、人物の足の周囲の土のなかに描かれた目立たない平行線(C)と呼応しています。


(2)直角

かなり「斜めっぽさ」が画面を満たしているにもかかわらず、モニュメンタルな重厚さが保たれているのは、渋く濃い色調、粗く筆致を残した重々しい描法に因るばかりではありません。

上に見てきた通り、「斜め」のなかに「平行線」が多用されているので、幾何学的な端正さが保たれているから、なのです。
さらに、その幾何学的な端正さは、中心人物のポーズの中に隠されたいくつもの「直角」からも生まれています。

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(★、筆者による改変あり)

(3)奥行へ

観者の視線は、いくつもの「斜め」「対角線」「平行」「直角」に導かれつつ、画面のなかをジグザグに動きまわり、画面全体を経巡り、楽しんできました。

最後に、オリジナルの色調で、もう一度作品を見たいと思います。

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思いがけず、背景奥の右側で干し藁を積む農夫の付近が明るくて、人目を惹くことに気付かされます。

種を蒔く主役の農夫の横に突き出された右手は、画面左端にあり、画面内空間の中では最も手前にあり、私たちに最も近いモチーフになります。
一方、背景の干し藁を積む農夫は、画面右端にいて、画面内空間の中では最も遠いモチーフになります。

この二つのモチーフは、左端と右端、手前と奥と、実に対照的でありながら、画面上同じ高さにあり、斜めの平行線を共有しています。

観者の目線は、画面を左右に文字通り右往左往させられるのみならず、このような工夫において、画面内の「奥行方向」へも、導かれることになるのです。
それは、あたかも「種蒔きから収穫へ」という時間軸の流れすら、暗示しているかのように思えます。


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(★、筆者による改変あり)


最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。



このミレー<種まく人>は、「斜水性」や「対角線構図」を説明するのによく使われる絵です。以下の文献などでも同様の説明が行われています。

(文献)
秋田麻早子、「名画レントゲン7:対角線構図が生み出す躍動感、ミレー、種をまく人(山梨県立美術館所蔵)」、『週刊文春』、2020年11月12日号、110頁。

内田広由紀、『巨匠に学ぶ構図の基本』、視覚デザイン研究所、2014年(初版2009年)、58-59頁(「斜水性Ⅰ:線を傾けると生き生きする」)。



(ただしこれらの文献には「重なり合う上向きの矢印」「人物の視線(顔の向き)」「直角」「干し藁を積む農夫」などへの言及はなく、この記事の内容や文脈は、筆者のオリジナルとなっています。)

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