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「仕事は自分で見つけるもの」には納得できない

世の中にコロナ禍のせいで仕事を失った人、仕事が減った人はたくさんいる。他人ごとのように言っているが、まさに私もその一人だ。そして感染の影響がひどかった国ほど、人々の収入減の状況もひどくなるのは明らかだ。そういう意味ではイタリアは世界のなかでも最悪の国の一つである。


もちろんイタリアでも、こういう状況をチャンスとして大儲けしている人もたくさんいるし、このご時世に影響されない沢山の企業で重職についていた会社員は依然として高給をもらっているはずだ。イタリアのようにロックダウンに次ぐロックダウンで身動きが取れない国ではそもそも会社員かフリーランスかの違いが、大きく勝敗を左右する。会社員なら、現状ではとりあえず6月まではどんな窓ぎわ社員でもクビにされないことになっていて、コロナの前と変わりなく給料をもらっている。企業が社員を解雇することが解禁になった時は、それは恐ろしいことになるだろうが、とりあえず現状では、恐ろしいことになっているのはフリーランスだけである。

そんな恐ろしい状態にいるフリーランスの私は、とある有名人の「仕事は作るものである」という内容のコラムを読んで、固まった。「仕事がないということはありえず、仕事はつくればある。それには人のためになることがマーケットになる」というような内容だった。で、私は思った。まずはそもそもあなたのような有名な人、そして、コロナの影響なんてイタリアに比べればゼロに等しいくらいの日本に住んでいたら、それは仕事をなにか作ってやることもできるでしょう。でも2日前まで外出証明がなければ外にも出られなかったミラノで、一部のリッチを除いた平民はみんな出費を控えて何とか生き延びているミラノで、報酬を得られる新ビジネスを簡単に始められるものでしょうか? そして、今、収入が激減している私に、人のために無報酬で何かやる余裕は全くないのです、と。

( atsukamakun01さんの画像を使わせていただきました。ありがとうございます)


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