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社会変革の芽を生みだす"ストラテジックデザイン"とは

ソーシャルセクター(政府、都市開発、社会事業等)の領域で力を発揮するストラテジックデザインについて書こうと思います。

私が留学先として選んだフィンランドでは、ビジネスの領域におけるデザイン(新規事業構想など)だけでなく、社会変革(ソーシャル・イノベーション)を支援するデザインを重視している特徴がありました。

例えば、フィンランドの政府系イノベーション・ファンドのSitra(シトラ)や、社会課題を様々な領域のプロフェッショナルの結集による解決する政府系シンクタンクのDemos Helsinki(デモス)などは、社会変革を通じて、自国の競争力を高めるというミッションを掲げています。

なかでも特筆すべきが、シトラの取り組みとして、2009年から2013年まで行われた「デザインの力でソーシャル・イノベーションを推進する」ためのプロジェクトです。その組織はヘルシンキ・デザイン・ラボ(HDL)と呼ばれ、CO2削減や教育・高齢化、ヘルスケア、途上国の貧困などの社会的課題に対して複合的に検討し、解決策を探索する「ストラテジックデザインファーム」です。

HDLは約5年間の活動の結果として、ウェブサイトを残しており、大変有用な情報源だと思っています。この記事では、こちら既に解散済みのHDLのウェブサイトを参考にしながら、社会変革のための"ストラテジックデザイン"について、概要をご紹介したいと思います。

なぜ、社会変革にデザインが必要なのか?

そもそも、形あるモノ(プロダクト)の見ためをよくするというイメージがあるデザインが、どうして、社会変革に必要なのか考えてみます。

1番大きいのは、社会の抱える課題は"複雑に絡み合っている"という点です。例えば、少子高齢化という課題を考えてみると、子供を産みたいと思う人が少ないというテーマが思い浮かびますが、その裏には、男女間での所得格差や家事分担、若者の低賃金、結婚制度の柔軟性、子育て世代の負担、インターネット発展などによる結婚に対する価値観の変化など、様々な要素が絡み合っていることが想像できます。

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Baila Goldenthal, Cat’s Cradle/String Theory, 2008.

このように、複雑な要素がお互いに糸を引き合う課題のことを"Wicked-Problem"と呼びます(写真はそのイメージを表しています)。社会的な課題のほぼ全ては、Wicked-Problemだと考えられています。

特徴をいくつか挙げると「答えがない」、「前例がない」、「数字で判断が難しい」、「無限の方法で説明がつく」といった"厄介"な特徴があります。社会がこれほどまでに複雑になる前には、解決策の選択肢をよく吟味して、どの「最適な選択肢」を選ぶのかを分析して導くことが良い意思決定だと、考えられましたが、現在では、先例から導かれた選択肢のなかには、最適なソリューションが考えられず、枠の外にベターなソリューションを求めるより他ない場面が多く見られれると言います。(Wicked Problemについては、過去のnoteで原著をたどってまとめましたので、宜しければご一読下さい)

この"Wicked Problem"を解決するためのアプローチとして"デザイン"は、重要な役割を担うと考えられており、HDLはストラテジックデザインとして様々なツールを開発し政府などの公共機関の意思決定を支える役割をになっていました。

社会のためのストラテジックデザインとは?

従来のデザインの対象は、形あるモノ(プロダクト)でしたが、年々、サービスやビジネスといった無形な対象物へと領域が広がっています。HDLのストラテジックデザインは「社会システム」をデザインの対象として捉えています。

特に、社会システムを構成する重要な要素の関係性を表したBig Picture(社会システムに対する大局観)をデザインします。これにより、問題に対する取り組み方が再定義されたり、介入すべき機会を特定したり、より持続可能で効果的なソリューションを届けることに繋がります。

このビデオはHDLのストラテジックデザインについての紹介動画です。

このなかで、ストラテジックデザインには大きく3つの核となる提供価値があると語られています。

インテグレーション(統合)
1つめは、デザインのインテグレーション(統合)という強みについてです。インテグレーションとは、システムの一部でなく、その全体像とその関係性を統合的に捉える活動です。抽象的ですが、社会システムは、国民、組織、モノ、サービス、法律など、様々な要素の関係性で成り立っていると考えられます。

このような複雑なシステムに対して、意思決定者はしばしば問題の全体像ではなく、ごく一部しか見えていない事があります。そのため、自ら下す結果が思いもよらない結果を生み出すことに対して、"盲目"になりやすいという性質があります。例えば、今回の新型コロナウィルスに関する意思決定を想像すると、打ち出す施策が思いもよらない結果を生み出す"盲目"的になりやすい事がイメージできてしまうのではないでしょうか。

ビジュアライゼーション(視覚化)
インテグレーションでとらえ直した社会システムの全体像を、一目で理解できるよう、視覚化を行います。複雑なシステムでは、言語よりもビジュアルにってより精度良く、速くコミュニケーションする事が可能です。

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COVID-19:ビジネスへの意味合い(Mckinsey & Company)

例えば、COVID-19によるビジネスへのインパクトという複雑な社会的な課題を捉える際に、写真のような全体像が一目でわかるものがあると、意思決定者の議論は盲目を回避し、効率的に専門家間でのコミュニケーションを行う事ができると考えられます。

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HDLのビジュアライゼーションの事例

デザインの場合、より直感的に理解できるような形で表現されます。個別のプロジェクトの活動事例について、次回ご紹介したいと思います。

スチュワードシップ(執事)
ストラテジックデザイナーの役割は、ただグッドなアイデアを生み出すだけでなく、最適なものについての実行まで担います。

デザイン"思考"という言葉が普及しつつありますが、クリエイティビティの価値というのは、実際に行動に移して、現実世界でのフィードバックを得て再デザインすることにより、成果を生み出します。その点で、単なる思考にとどまらず、行動を伴うデザインを重視しているとHDLは伝えています。

社会のためのストラテジックデザインにおける実行とは、公務員の事務作業を処理するプロセスの変革、デジタルサービスの導入、社会実証実験などが想像できるかと思います。こういった新しい社会施策・サービスなどについて、アイデアを作ってから、受容性や持続性のテストをし、サービスの利用者や国民などからのフィードバックを拾い、デザインの改善までの幅広い実行を含んでいます。

このようにストラテジックデザインでは、社会システム(あるいは社会課題)の全体像を統合的に捉え、それを誰でもコミュニケーションができるような形でビジュアル化し、そこから生まれるアイデアの実行まで行なっていくことで、社会変革や政府の重要な意思決定を支援する役割を担います。

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日本国内でも、先進的取り組みとして、神戸市がデザインの視点でくらしの豊かさを創造する都市戦略「デザイン都市・神戸」を推進しています。北欧やイギリスなど、先進的な事例を見ていくと、今後、日本でも、社会性の強い分野でより一層デザイナーが活躍する未来が来るだろうと感じています。

Cover Photo: http://helsinkidesignlab.org/index.html

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