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君たちはどう生きるか をイギリスで観て

映画にのめり込んでしまい、終わって映画館の席を立ったとき初めて自分がイギリスにいることを思い出した。そう、私は、主人公まひとと共に日本にいた。

「君たちはどう生きるか」。ドキュメンタリーを観てから、Facebookをみるとたまたまイギリスでの上映の情報が出てきた。(たまたま、ではないのかもしれないが。。。Youtubeはそこまでわかるのか。。。?)
さておき、ドキュメンタリーを観た後映画の上映情報が出てきたので、すぐに予約をした。(ちなみに、千と千尋のドキュメンタリーを観た後もFacebookでロンドンでの公演情報が出てきて、こちらは5月のものだが、早々と予約した。YouTubeの視聴履歴までしっかりデータとられているのか?さておき。)

ちなみに、この映画はロンドンの地下鉄の中でも広告が大きく出ている。イギリスでも多くの人が注目しているのではないかと予想する。

映画を見ながら、宮崎駿さんを想った。ドキュメンタリーを観た後だからこそ、こんな想いを込めてこのシーンを作られたのかな、とか想いを過らせた。そして、涙した。私は母を亡くし、父は再婚した。自分と重ねざるを得ない場面に涙が溢れた。

本日は午後1時からFriends Internationalのアクティビティとして、イギリスで一番小さな村に学生とウォーキングにいってきた。そこで入った教会は、1400年前の教会。13世紀からあるもので、足元には当時亡くなった方々のお墓があった。すっかり何千年前のイギリスにタイムスリップした気持ちになった。イギリスは、(中国もそうであったが)少し気を抜くと平気で何百年前、また何千年前というものがゴロゴロあるので、驚く。やっぱり、歴史がある。

夕方帰ってきてから、ちょっと高級スーパーM&Sで安売りになった惣菜のパスタとサラダを買って、一旦家に帰り、シネマへ向かった。私は、17:50からCanterbury Westgate のシネマで見た。ちなみに、早々と5時に「着いた」と思ったら、チェーン店で別な方のシネマに行っていることに気づき、もう一つの映画館へ自転車を走らせた。へーへーしながら席に着くと、誰もいない。「なんだ、誰もいないのか」と思って待っていると、私が思っていた17:30になっても始まらない。定員さんに聞いてみると、50分からだよ、と言われる。いろいろと、勘違いしていた。。。そうこうしているうちに、続々と人が入ってきた。

私はB列に座っていたのだが、前すぎるな、と思い、誰もいなかったのでD列に座っていると、人がたくさんきて、B列に退散。

いろいろあったが、映画を観に行ってよかった。


12月30日は母の命日(2014年)。12月29日は兄の誕生日。本日観た映画の中で、なぜか、私の母とまひとの母を重ねてしまった。まひとの母の言葉が、なぜか母が私に話しているように心にスッと入ってきた。死んじゃだめだ、と泣き叫ぶ子に、「私はあなたを産む」そのことがもっと大事なんだ、と笑顔で去っていった母の姿があった。母が病気だったとき、私は母がいなくなる現実をずっと受け入れられなかった。だからずっと母の前では笑顔でいたし、母もそうだった。でも、亡くなってからじわじわと押し寄せてくる悲しみに、私の心は割れた。「(私は死んでいくけれど)私はあなたを産むのよ」その言葉に、子である私は心救われる。母は、わかっていたのかもしれない。全てを知って、それで死をも受け入れて、私から離れていったのかもしれない。「えみちゃん、私は大丈夫よ。あなたを産んで幸せだよ。」そう言ってくれていたのかもしれない。母が亡くなって9年経った今日、イギリスの映画館で、母の愛を感じた。

最後にお祈りします。
愛する天のお父様。私が一人で泣いていたとき、あなたは私に現れてくださいました。そして、「もう大丈夫だよ」と言ってくださいました。母の隣にいたあなたを、あなたの愛を信じ、私はあなたを信じました。イエスを救い主として受け入れました。それは、私の人生にまたとない喜びとなりました。その喜びは、今もなお、続いています。救われた喜びをずっと感謝します。イエス様、私を救ってくれてありがとう。これからも、もっと多くの人の上に働いて、どうかもっと多くの人を救ってください。信じる、ただそれだけで、でもそれでイエス様は私たちを天国に引き上げてくださるのです。イエス様、悲しみのない平和で穏やかな天国に連れていってくださると約束してくれてありがとう。私は、その日まで、あなたの愛をより多くの人たちに伝え、証していきたいと思います。どうか、私の上に働いてください。愛するイエス様の御名によってお祈りします。アーメン。


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