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怪しいバイト

20代前半の頃、さる組織から依頼を受けて資料の収集を任されていたことがありました。

依頼主(ボス)の名前は、出してはいけないことになっています。
ひょんなことから携わることになり、足掛け4年ほどやっていたでしょうか。
秘密裏の進行というところが、なかなかスリリングなミッションでした。

なんのスパイかと期待が膨らんだところに申し訳ないのですが、ミッションは要するに例のブツ。。。すなわち大学院入試の過去問題と募集要項を入手することです。
通常の手続きを踏めば誰でも入手できるものであり、機密文書でもなんでもありません。
映画のような華々しい展開は当然望めず、わたしは素顔のまま「偽受験生」になって、地味に書類を集めていました。

その時期になると、依頼主(ボス)に渡された大学院のリストを見ながら、収集の計画を練ります。
資料の請求のしかたは学校によって異なるため、まずは学校のHPなどを見て手続きの方法をひとつずつ調べなければなりません。
webのフォームを使って取り寄せられればいちばんスムーズですが、そのほかには電話やメール、FAX、郵便を利用することもあり、場合によっては直接キャンパスまで足を運ぶ必要がありました。

こういう時の大学側の対応には本当に個性があって、つっけんどんな言い方で複雑な手続きを要求してくる大学があれば、一本電話をかけただけで大量の資料をタダで送ってくるところもありました。
つっけんどん型には、受験生に優しくない!と(代理で)憤りを覚えたものの、かといってあんまりお客様対応すぎる学校も大丈夫なんだろうか、と余計な心配をしたりして、色々と考えさせられるのでした。

大学院は秋に入試が行われることが多く、資料の収集は盛夏を挟んでの数ヶ月に集中します。
時間や労力を使うのは、なんと言っても直接訪問型の学校でした。
郊外まで電車やバスを乗り継ぐこと二時間弱。教務部のカウンターで借りた過去問の原本のファイルを抱えながら、広いキャンパスの対岸にあるコピー機を求めて炎天下をさまよい、蜃気楼を見たことがあります。
こんなとき、サークル活動に勤しみ売店で友達とアイスを食べる学生の、なんときらきらまぶしく見えたことか。
ひとり汗だくになって何やってるんだろう、とがっくり肩を落とすのでした。

印象深かったのは「過去問コピー不可」の学校で、わたしはたしかそこに二週間くらい通って過去3年分の試験問題を手で書き写しました。
しまいにはスタッフに顔を覚えられて「熱心ですね」などと声をかけられ、変な笑みを浮かべながらなんとも居心地の悪い思いをしたこともあります。

リストに次第に色がつき、苦労して集めた資料が揃ってくると、やはりうれしくなります。
そんなアルバイトも回数を重ねるうちに、さすがに学校側から氏名を覚えられてしまったようです。
ある女子大のスタッフに問い合わせの電話口でどこの業者かと詰問され、なんとかやり過ごしたもののそれが潮時となりました。
わたしはもう、この学校に出願できないなと思いました(出願するつもりもまったくないけれど)。
その頃からweb出願や過去問のインターネット上での公開を行うところがどんどん増えて、もう紙資料を入手する必要もなくなってきたのでした。

真夏のキャンパスで感じた「何やってるんだろう」の気分が、今でもふとよみがえることがあります。
当時の学びが今現在に活かされているかどうかはかなり疑問ですが、少なくとも誰かに話してみたい思い出としては残っているのでした。

「仕事」とは何か。わたしにとって考えるほどに深く、未だ結論の出ないテーマなのです。

画材費、展示運営費、また様々な企画に役立てられたらと思っています。ご協力いただける方、ぜひサポートをお願いいたします。