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〈おとなの読書感想文〉ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集

のりくんがあの頃書いていた文章は、天才的だった。

クラスの文集が出来上がると、わたしと家族はのりくんの作文を読むのが楽しみでした。
今でも印象的で覚えているのが、おおよそ以下のようなものです。


マグロとサーモンと穴子といかとネギトロと納豆巻きとシメサバといくらと玉子とかっぱ巻きと茶碗蒸しと数の子とヒラメと甘エビと赤貝と鯛とあら汁を食べました。

それからウニとカニとしらすとトロとラーメンとプリンとカリフォルニアロールとガリを食べました。

バニラアイスと抹茶アイスとお茶を飲みました。


原稿用紙のかなりの部分を占める、食物の羅列。
その妙な真剣さと全体構成のアンバランスが、彼の旺盛な食欲を引き立てています。


日曜日の昼にお父さんと回転寿司に行きました。サーモンがとてもおいしかったです。


国語の授業で求められる「よい作文」とは、だいたいこのようなものだったと思います。
のりくんの作文は、「よい作文」からはいつもかなり逸脱していたけれど、読む人の心を温かくしてくれる何かがありました。

「ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集」(斉藤倫 高野文子画 福音館書店、2019年)

文章を書くひとであるらしいぼくと、この部屋を訪ねて来る小学生のきみ。
彼らの関係はのちに明らかになるけれど、大人だからと言ってぼくがきみにえらぶってお説教するようなことはありません。
ぼくはただ、いつも積み上がった本のなかからその時にぴったりの詩を探しだし、きみと一緒に読むのです。
単調な繰返しのようでいて決して同じではない毎日を、たった一度きりのこととして認識すること。
そのために詩があり、言葉があるということ。
正しく言葉を使うこととは、辞書の意味をなぞることだけではありません。


日曜日の思い出は、きっとサーモンがおいしいなんてひとことでは済ませられない。
カリフォルニアロールだっておいしいし、アイスだって嬉しかった。だからその全てを書ききらなければ、のりくんの日曜日を表現したことにはならないのです。
のりくんの書く文章は詩であったなあとあらためて思います。

のりくんは、現在どこで何をしているのでしょう。
今でも回転寿司のはなしができるとは思いません。何しろ大人になったのです。


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