リスキリングと教育・人材育成

9月23日日本経済新聞一面トップ
「私大再編へ撤退後押し」

文部科学省は経営が困難な私立大学の撤退支援策を拡充するとのこと。少子化の進展によって入学者数の減少というのは避け難いようにみえるが、その撤退支援までをも国が行わなければならないのだろうか。

焦点としての私学助成

焦点の一つとして、年間3千億円に及ぶ私学助成の配分方法の変更があるという。その額をどうするのか、という議論ではなく、その枠を学生数などに応じて決めるやり方から自主的に規模を縮小した大学への助成を厚くして教育の質向上に充てさせるという案が出ているとのこと。規模が下がるのならば助成額も下げて然るべきなのに、縮小に報酬を当てるなどというのは論外であろう。

二つの論点

論点は大きく二つあると言える。一つは地理的不均等の再編、もう一つは教育から人材育成へのシフトだ。

地理的不均等の再編

地理的不均等の再編については、現状私大は約620校あるとのことだが、その多くは大都市圏にあると言えるのだろう。教育機会の均等を考えれば、できる限り地理的に満遍なく広がっていた方が望ましいと言えるので、下限として、自治体人口15万について1校、それ以上についても追加の20万につき1校ずつの私大設置を義務付けるとすれば、一応の数は維持できる計算となる。一方で、大学の数は全部で約800ということなので、上限として例えば隣接自治体を含めて人口10万人につき1校以上の大学は認めないということもできるのではないだろうか。それによって、地理的な不均等が是正されれば、家から通える範囲にある大学ならば行っても良い、ということで、学生数も増えるかもしれない。高等教育の地理的制約がなくなるということは、知識水準の均等化、そして若年層の地元への定着という点でも非常に大きな意味がある。教育のフロンティアはまだまだあるのだ、という認識がなければ、一体90年代以降の規制緩和とはなんだったのか、何を意図してのものだったのかということが強く問われなければならないだろう。

教育から人材育成へのシフト

教育から人材育成については、前回も見たように経済政策の軸としてリスキリングということを考えているのならば、リスキリングの場として、実務から少し距離を置いた大学で中期的なキャリア再建を含めてスキルの再構築を図るという観点が必要なのではないかと感じる。
2日前の9月21日付日本経済新聞一面トップには、「中高年 デジタル人材に」という記事が出ている。厚生労働省の担当で、デジタル分野の職業訓練を受ける中高年層向けに、最長6ヶ月のインターンシップのような形で、企業への派遣制度を新設する、とのこと。そもそも流れの早いデジタル分野で6ヶ月のインターンシップ的な派遣で得られたスキルがどれだけ持つものなのかというのは甚だ疑問。仮に最先端の技術に触れたとしても、最先端技術ほどに変化は早く、例えば今話題のAI技術が1年後にそのまま役立つと考えるような人はまずいないだろう。人材派遣会社に委託するとなれば、事実上転職含みの肩たたき支援スキームだとも言えそうで、リスキリングなどと呼べたものではないだろう。そんなことに2千億も注ぎ込むくらいならば、大学に実務の風を流し込むと同時に、人生の転機を迎えた中高年層にも少し時間をかけて人生後半のキャリアについて考える機会があるというのも重要なことではないだろうか。

シュンペーター的新結合を促す人材育成のために

大学で人材育成を担うということについては、シュンペーター的5つの新結合から説明がつきそう。新製品、あるいは新製造方法については、なんらかのテーマを持って大学での学びに臨むことでそこから新製品につながる可能性はあるだろう。新原料・供給元については、大学は幅広い研究分野を持っているので、その中でこれまでに担当していた商品に関わるなんらかの気づきが生まれ、新たな供給源となりうる。新販路については、大学での新たな人脈形成から販路が広がることもあろう。このように、人材派遣会社経由よりも、大学経由の方がはるかに革新につながる可能性が高く、リスキリングによる生産性向上を目指すならば、ずっと有効であろう。
また、大学において世代間交流の可能性が増すということ自体にも大きな意味がありそう。中高年にとって、若い世代の感覚に触れること、若い世代にとって様々な背景を持つ中高年の経験に接すること、双方にとって得難い経験となることだろう。

労働とは何か

2年間で2,400人のために2,000億、ひとり頭8,000万程度を注ぎ込めるのならば、620校への私学助成3,000億、1校あたり単純で5億弱にとってどれだけの救いになるだろうか。人をネタにして企業の利益を上げさせたいのか、それとも人材育成のために教育機関をより重視するのか、政策立案者の人間観が如実に現れそうで、かつ労働を司る担当者の労働観をも明らかにするようなテーマだと言える。労働は組織の利益のためにあるのか、個々人の人間開発を目指すものなのか。憲法で義務として定められている労働とはなんなのか、リスキリングと称して転職含みの半年間の給与付き研修でひとり頭8,000万。そしてそのうち労働者に渡る額がどれだけかはわからないが、労働政策担当者にとって労働とは、そして労働分配率とはそんなものだ、ということで良いのだろうか。

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