【青春小説➂】空を見上げて、あの人を想う
〈前回のお話〉
◇◇◇
僕はこの春、父の転勤でこの街に引っ越してきた。そして、そのままこの街の高校に入学した。
入学式の時から、僕は完全にアウェイ状態だった。
新入生はみんな、この街の地元の子ばかりだから、みんなそれぞれに自分の顔見知りを見つけて、サクサクと友達になっていく。しかし、僕には無理だった。縁もゆかりも全くない、新しいこの土地に来たばかりの僕には、友達になってくれそうな人など誰一人いなかった。
そのうちに教室にポツンと一人でいるのがつらくなり、僕は休み時間のたびに廊下に出て、もてあました時間を適当につぶすようになった。
◇
あの日もそうだった。
僕は、廊下の窓枠に寄りかかり、移動教室の生徒たちでごった返している廊下を背にして、窓の外をぼんやり眺めていた。
その時だ…。
ドンと背中に何かが当たった。
「痛っ!」と思わず声が出て振り返ると、教科書とノートを抱えた女子生徒が僕の横を通り抜けようとしているところだった。
「あっ、ごめん」
その女子生徒が立ち止まって僕を見る。
身長は僕と同じくらい。スレンダーな身体、サラサラと流れる髪。制服の着こなしから、彼女は自分より上級生だと分かった。小さな顔からのぞく眼差しに力がある。僕はドキッとした。
「肘が当たっちゃったみたい。大丈夫だった?」
彼女は立ち止まり、僕をまっすぐに見つめた。
隙のない凛とした姿。心の奥まで射貫くような瞳。
僕は、「だっ大丈夫です!」と慌てて答えた。
すると、彼女は「あっそう。それならいいけど…。ホントにごめんね」と言い、制服のスカートをひるがえして、休み時間中の雑踏へ消えていった。
その間、ほんの10秒ほどだったかもしれない。
でも、この時、僕は初めて恋に落ちた。
◇
あの日以降、廊下で会ったあの人のことを、僕は一生懸命に探した。
休み時間になると、僕は廊下に出て彼女の姿を見つけようと必死になり、自分が校舎内を移動するときも、彼女の姿を探した。
しかしなかなか見つからない。
でも、彼女が同じ校舎の中にいるのだと思うと、僕は心強さを感じた。学校にいれば、彼女に会える可能性がある。彼女のことを想っている間は、僕は一人じゃない。彼女の存在が、僕の心の支えになっていた。
それにしても…。
彼女とは一瞬の出会いで、ほんの少し言葉を交わしただけなのに、どうして僕はあの人のことが心から離れず、ずっと忘れられないのだろう…。
知り合いでもなく、触れたわけでもなく、名前すら知らないのに、僕の心はあの人でいっぱいだった。
またあの人に会いたい。
あの人と言葉を交わしたい。
そう思うけど、なかなか叶わない。どうして会えないんだろう。
彼女のことを思うと、心臓の辺りがカッと熱くなる。ドクドクと脈打つのがわかる。でも、どうしようもできない。気持ちは溢れてくるのに、その気持ちの行き場がないのだ。
そのたびに、僕は空を見上げる。
あの人も、僕と同じ空を見ていると信じて。
そのたびに、僕は風を感じる。
この風があの人の髪に触れていると想いつつ。
◇
こんな僕だけど、時間の経過とともに、少しずつクラスに馴染んでいき、夏休みを迎える頃には友達が何人かできた。思い切って入部したクラブも、良い先輩や仲間に恵まれて、今はとても楽しい。
ちなみに僕が部活の先輩の中で憧れているのは、藤巻先輩だ。
女子に人気があるという噂だけど、僕は、藤巻先輩には「見た目」だけではない人間的な魅力があると思っている。明るくて元気で、ちょっと雑っぽく見えるけど、人にはいつも細かな配慮をしてくれる。僕たち1年生にもよく声をかけてくれて、みんなをチームの輪に引っ張り込んでくれる。
そんな藤巻先輩に、夏休みの合宿中、僕は彼女のことをこっそり相談してみた。
好きな人がいるんですけど、名前も分からなくて、あれ以来、一度もあっていないんです…と。
すると藤巻先輩は、茶化すことなく「うんうん…」と真剣に聞いてくれて、
「そうか…。もしも次に会った時は、思い切って声をかけてみたらどうだ?恥ずかしがっていないで、勇気を出してぶつからないと、何も始まらないぞ。」
と言ってくれた。
「何もしないで後悔するより、勇気を出して当たって砕けた方がいい。」
これは藤巻先輩が試合中にもよく言っていた言葉だ。それを僕の恋の相談でも持ち出して、僕を精一杯励ましてくれた。先輩の優しさに触れて、僕は少し泣きそうになった。
「大野、頑張れよ!応援してるからさ!」
藤巻先輩は、僕の背中をポンと叩いてくれた。
◇
夏休みが終わり、相変わらず彼女の姿を見ることなく、僕はぼんやりと過ごしていた。
ところが、昼休みに売店へパンを買いに行ったら、そこで偶然、彼女に会ったのだ。僕が棚のカレーパンに向かって手を伸ばした時、彼女も同じパンに手を伸ばし、タイミングよく僕たちの手が触れ合った。
えっ?まっまさか…。
僕の手の上に乗っかっているのが、彼女の手だと分かったとき、僕はまるで雷に打たれたかのように全身に緊張が走り、胸がドキンドキンと波打った。
しかし、僕が固まっている間に、彼女はサッと違うパンを掴んでレジへ行ってしまった。
あっ…!ちょっと待って…。
と言いたかったけど、言葉がうまく出てこない。
でも、ここで逃したら、もう二度と会えないかもいれない…。
勇気を出してぶつからないと、何も始まらない。
何もしないで後悔するより、勇気を出して当たって砕けた方がいい。
藤巻先輩のあの言葉を思い出し、僕は急いでレジに並び、買ったばかりのカレーパンを掴み、あの人を追いかけた。
階段を上っていく彼女を見つけて、僕はありったけの勇気を振りしぼった。
「せっ…先輩!」
あの人が足を止めて振り返った瞬間、今までの僕は消えて、新しい僕に生まれ変わった気がした。
◇◇◇
〈次回のお話〉
◇
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