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こんなときどうする?「進路先や就職先を選択していく過程で陥りがちな穴から学生を救う」

<こんなときどうする?シリーズ>

 第3回目のテーマは「進路先や就職先を選択していく過程で陥りがちな穴から、学生(や転職希望者)を上手に回避させて、前に進むこと」を支援するための AREYA KOREYA を書いてみます。

この記事は、実践の現場でこんな視点も大事にしてね!こんなことも使えるかもよ! といった実務上何かちょっと役立つかもしれないと私が思うことや、知っていることを散発的に書いていく「こんなときどうする?」シリーズの3回目です。

前回の記事はこちら

 今回、「こんなときどうする?」を書きながら思っているのは、 

  1. 支援にあたっての理論的な根拠を示すこと

  2. 現場レベルでの具体例やknow how をわかりやすく、伝えること

  3. キャリアコンサルタント同士でワークを試行してみる場を創ること

このような段階を経て、キャリアコンサルタントの仲間が、現場で実践できるような橋渡しをしていくことが必要だな、ということです。
私はキャリア支援の専門家であるということは、アカウンタビリティが伴うので、ある程度の根拠を示すことは大事なことだと考えています。

 しかしながら、1回のNoteで①②を同時に書くことに対して、少し難しさを感じています。①で書く必要があることが多いので、当面は比較的①に絞った形で書いていこうと思います。①に相当するものを、ある程度書き溜めた段階で、②③の方に進んでいきます。しばらくは、アカデミックな理論的根拠を中心に書き進むので、学びのテキストとして活用していただけますと幸いです。

■非機能的信念(dysfunctional beliefs)って知っていますか?

職業心理学には、非機能的信念(dysfunctional beliefs)と呼ばれる概念があります。

 非機能的信念とは、個人が自らのキャリア(進路・職業など)選択に際して抱く非合理的な予想などを指す。

Gati et al., 1996

 「ん?!臨床心理学者のアルバート・エリスが提唱した論理療法にでてくるイラショナル・ビリーフ(irrational belief)(A.Ellis, 1955)と、なんか似ているな。」と思われた方もいらっしゃることでしょう。臨床心理の領域では、心理的な問題や不適応な生理的反応は、起きたこと、受けた刺激が引き起こしているのではなく、「それをどう捉えたか」という認知によって生じる…つまり、思考が心理に影響を及ぼすことを重視しています。そのため、イラショナル・ビリーフの影響で生きづらくなっている人に対して、「ABCDE理論」を使って介入し、少しでも生きやすくなるように支援をします。

 これを、もっとキャリアコンサルタントの活動領域に寄せた概念が、非機能的信念です。クライエントが、非機能的信念を持っていると、次のようなことが起こり得ます。

意思決定プロセスにおけるクライアントのコミットメント(関与)や進行を妨げ、さらにはキャリア・カウンセリングのアウトカム(成果や結果)に対する失望感を生むと考えられる。

Hechtlinger et al., 2019

このような非機能的信念は、5つのカテゴリーに分類することができます。

(1) 選択をする、ということの重要性
(2) 運や縁が意思決定プロセスに与える影響
(3) キャリアの専門家による支援の質や内容
(4)意思決定において家族が果たす役割
(5)職業上のジェンダー・ステレオタイプ

Gati et al.,1996, Hechtlinger et al.,2019など

非機能的信念を持っている人は、非常に多く(Gati & Amir, 2010)、しかも頑なで厄介なことになっていて(Gati et al., 2010)、対処しにくいキャリアの意思決定プロセス上の障害の1つと考えられてきました。その理由としては、このようなビリーフ(信念)を持っている当事者は、大抵の場合、自分自身が非機能的信念を持っていることに気づいていないことが多い(Amir & Amir, 2006)からなのです。

 こんな時、クライエントと対峙したり、それが間違っているとか、誤解しているのではないかということをストレートに指摘したり、あるいはクライエントにもっと現実的な視点を教えようとしたりすることによって、そうしたビリーフを崩そうとするキャリアコンサルタントを見かけます。

 しかし…この方法は、たいていの場合はうまくいきません。何よりも当事者であるクライエントにとって有益とは言えないやり方です。

このような働きかけは、本人が持っている世界観を改め見直すことを促すどころか、むしろ正当化することを促すことになるので、キャリアの意思決定プロセスを妨害する可能性がある。

Miller & Rollnick, 2013

という指摘があります。

 したがって、「真っ向から対決をする」やり方はしないでおきましょう。その代わりに、状況に応じて新しい視点を創ったり、袋小路にはまってしまっているクライエント自身に抜け穴や新しい道を見つけてもらったりできるような特徴を持っている方策を使っていくことにしましょう。

 目標は、クライエント自身が持っているビリーフの限界や制約に気づくことを支援することです。

■意思決定や決断をすることが重要であるからこそ、立ちすくんでしまう

キャリア上の意思決定をすることの重要性に関わる非機能的信念として、それを一度限りの選択であり、それゆえに極めて重要なものであると認識することが含まれる。

Hechtlinger et al., 2019

私たちの人生において、何かしらキャリア上の意思決定をすることは重要なことですし、それに異論はありません。しかし、これを極端なものとして捉えてしまうと、それは非機能的信念となり、キャリア上の意思決定プロセスを阻害するような不安や恐れを生み出す可能性があります。その一方で、この非機能的信念は、動機づけにもなります。

キャリアの選択が重要であると認識することは、キャリア探求のプロセスに真摯に取り組む必要があることの動機となる。

Gadassi et al., 2012

よって、以下のようなことが言えるかと思います。


キャリア選択の意思決定が重要であるということに関して、不安や恐れを生み出してしまうような非機能的信念を抱いてしまっているクライエントに関わる際には、クライエントがキャリア開発プロセスに自ら関与する動機を損なうことなく、この意思決定がもたらす重要性を相対化する(軽減する)ことを支援する…というバランスが必要。


■「キャリア選択は、一生モノの選択ではない」

特に、大学生の新卒就職活動に関わるキャリア支援をする際に遭遇するのが「新卒で就職する先を絞って決めることは、今後の人生を1つに決める一大事だ」と、極端なビリーフを抱えて身動きがとれなくなってしまう傾向がある学生です。

 転職回数に関するデータは多々ありますが、例えば、労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査(労働政策研究報告書 No.195)によると、分析対象者の平均年齢は 37.99 歳(最年少 19 歳、最年長 77 歳)で、転職回数は平均 2.37 回(最小 1 回、最大 15 回)とあります。転職の頻度が高まっている現在、転職の実例に触れることで、「キャリア選択は、一生モノの選択ではない」という意識を高めることができます。

 そこで、非機能的信念を見直すための典型的なエクササイズとして、クライエントに実際の反例を探し出してもらうことがあります。しかし、特に大学生にとっては、他人のキャリア・チェンジを見て、それが自分のキャリアパスにも当てはまると考えることは、現実的にギャップがあります。そもそも社会人という存在と縁遠い、ということが挙げられます。社会人との接点として、大学のキャリアセンターなどが就職準備セミナーに招聘するOBOGが、「新卒時から、ずっとその企業に働き続けている人」だったり、企業説明会で登壇する在籍社員が「生え抜き」の人に偏っている場合には、学生に対して「就職は、一つの会社に一生勤め続けることである」という潜在的なメッセージを発信している可能性があります。

また、最近はだいぶ変わってきましたが、大学のキャリアセンターに勤務している大学職員の方が、学生のキャリア相談を対応している場合、その方が、そもそも転職経験が無かったり、自らが卒業した大学にそのまま就職を「他の世界」を知らないケースも少なくありません。そのような場合、「新卒時から同じ会社に長期的に勤め続けるのが善」というような価値観を無意識のうちに発信してしまっていることもあります。特に、キャリアコンサルタントの資格を持っていなかったり、キャリアについての学びをしていない場合、そのようなことが起こり得る可能性が少なくないかもしれません。

 多様な社会人との接点が少ない学生の場合、この種の非機能的信念は広く浸透しており、学生に実際の反例を探し出してもらうことエクササイズだけでは、不十分なことが多いのです。

そこで大事になってくることは、


キャリアコンサルタントが「キャリア選択は、一生モノの選択ではない」という反例を探し出すことを支援することだけでなく、折々に反例となる事例を意識的に提供していくことです。


たとえば、就活セミナーや、企業説明会における登壇者の人選に関わることが可能な立場であれば、

  1. その時々で何度となく行なってきたキャリア選択の意思決定が、今のその人を創っている人を抜擢すること。

  2. 「キャリア選択は、一生モノの選択ではない」ということを直接的な表現で言ってもらう必要はないまでも、そのことがしっかり伝わるような要素を入れていただけるように依頼すること。

  3. セミナーや説明会で聞いたことを踏まえて、「キャリア選択は、一生モノの選択ではない」ということを、個別相談の中にラップアップする機会を持つこと。

などが考えられます。

私は、個別相談の際には「就職って、これから社会という大海原に漕ぎ出す最初の一掻き(最初の一歩)に過ぎない。まずは、どこからスタートしてみる?ということを決めているだけのことだよ」と何度となく話をしたことがあります。

 私が大学でキャリア系科目を担当する教員をしていた時には、「社会人交流会」というイベントを毎期に1回開催していました。このことに関しては、また別の機会に書きたいと思います。

■「9つの命のエクセサイズ (Nine Lives Exercise)」

 「猫に九生あり」あるいは「猫には9つの命がある」と言い伝えを耳にしたことがありますか?今年(2023年)に「長ぐつをはいたネコと9つの命」というタイトルの映画も公開されたようです。「9つの命」に関する正確な起源はわかりませんが、イギリスの小説家ウィリアム・ボールドウィンが1560年に出した「Beware tha Cat」(猫にご用心)という作品中の「魔女はその猫の体を9回使うことを許されるのだ」という一節や、シェイクスピアの戯曲として有名な「ロミオとジュリエット」中の、「猫王どの、9つあるというおぬしの命がたったひとつだけ所望したいが」という一節に、このような表現がでてきます。

 ここでは「9つの命のエクセサイズ (Nine Lives Exercise)」という、私が親しくしているアメリカの友人から教えてもらったものを紹介します。
 
 1つのキャリア選択だけでなく9つのキャリア選択をすることで、今後のキャリアパス中で起こる不確実性や変化について、クライエントに想定をしてもらい、非機能的信念を相対化(軽減化)することを目的としたメタファー(比喩)とナラティブを使ったエクセサイズだそうです。

 まず、「ある調査(Bureau of Labor Statistics, 2017)によると、1957年から1964年に生まれた人は、それぞれの人たちキャリアの中で約11種類の仕事をしているんですよ」ということをクライエントに伝える。このようなデータを、予めクライアントに伝えることで、最初のキャリア意思決定や決断に続いて、その後も何度もキャリア意思決定をする機会があるのだという想定ができる、とのこと。アメリカと日本の場合では、だいぶ転職の回数が違います(先ほどのデータでは、日本の転職回数は平均 2.37 回)が、いずれにしても、適当だと思われるデータを用意しておくと良いでしょう。

 次に、キャリアコンサルタントは、「猫のように9つの命がある」という言い伝えが本当にあるとしたら、どのような人生を送りたいか、クラエントさんに考えてもらいます。このエクセサイズでは、クライエントが、どのような順番で、どのような理由で、どのような "転生"を楽しむのかを想像するように促します。クライエントが社会人で、すでに転職を経験している場合、その転職を「1つの命(life)」と数え、残った「命(life)」の数だけ、どのようにしていきたいか?と尋ねていきます。もしも、すでに9つの「命(life)」を使い果たしてしまっている場合には、「これはエクセサイズで、実際にはキャリアパスが9つの命とは限らない。あなたは今、あと幾つの『命(life)』が残っていそうだと思いますか?」と尋ね、その「命(life)」の数だけ"転生"の話をしてもらいます。

 このようにして、メタファーとナラティブを活用しながら、クライエントのキャリアパスにおける多くの選択肢を想定することで、最初のキャリア選択や決断を極端に重要視してしまっている非機能的信念を相対化(軽減化)して、その後も「変化は常にある」「キャリアパスに不確実性や変化はつきもの」であるという捉え方にシフトしていくことを支援してくそうです。

 さらに、このエクセサイズによって、変化や不確実性というものは、自分のキャリアに立ちはだかる潜在的な脅威としてではなく、自分を成長させ、さらに探求するための機会にしてく、ということを提示することができるそうです。

 私自身も、このエクセサイズを実際に何度が実施してみました。クラエントが目の前の現実にがんじがらめになった状態から、想像の世界や未来に焦点をずらし、時間軸としての拡がりも持たせることで、クライエントに「余裕」が生まれる点なども、良いと思っています。

 以上のようなことを使いながら、特に「進路先や就職先を選択していく過程で陥りがちな穴や、袋小路に入ってしまいそうになっている」の学生に対して支援をしていきましょう。
このテーマに関しては、まだまだやり方が沢山ありますので、今後のNoteでも機会をみて紹介していきます。