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モンクレールの服売り場とマレコン通りの潮風 【表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 感想文】

僕は小学生くらいの男の子が、モンクレールのキッズ服売り場で冬物を物色しているのを見て初めて経済的な格差を感じた。

高級な”家庭用品”が並ぶショッピングモールの中、グレーのダウンジャケットに落ち着いた色味のパーカーを着て、ブラウンのチノパンを履いている5歳くらいの男の子を見て、その子の家庭の裕福さを感じた。

僕はそれまで本当に視野の狭い人間だった。

同年代の間でのマウンティングやら、陽キャ、陰キャみたいなことばかり考えていた。

経済的に困窮していて、社会のなかでのし上がる機会さえ与えられていない人を知らなかった。

中流の社会しか知らなかった僕は、友達の親が金持ちだと知っても珍しいという感想しか抱かなかった。

だから自分が格差の中に入れ込まれていることに気がついていなかった。経済的格差とは遠い星の話で自分とは関係のないものだと思っていた。

でも、新自由主義の社会に生きるということは、競争によってお金をかなり稼ぐ者とあまり稼がない者と全く稼げない者が分けられることであり、僕も競争の中で、格差と隣り合わせで生きていることに気づいた。

そしてその競争の中で、僕は今、誰かに勝ち越されているのかもしれないと、モンクレールにいた小学生を見て思った。

そして同時に僕も誰かを負かしているんじゃないかとも思った。

YouTubeで、あるアフリカ系アメリカ人が「俺らはクスリを売ってでも家族を養わないといけない」と言っている動画を見て、僕は直感的に「勉強して職につけばいいのに」と思ってしまうことがあった。

その時は格差によってまともな教育を受けることができなかったり、雇用がないせいで、まともな職につけないという事実に気づいていなかった。

外側に興味を抱くと、悲惨な現実が見えてきて、どんどんと苦しくなっていく。

自分は誰かに負けていて、誰かを負かしている。

***

僕は若林さんのお父さんの話が大好きだ。

若林さんのお父さんが死ぬ直前にコンビニのパフェが食べたいと言い、それを聞いて若林さんが死ぬ間際に食べたいものがコンビニにあるんだと気づかされた話に救われたこともあった。

親父が言うなら良いものなのかもしれないと思って若林さんが結婚を意識し出したという話を聞いて僕までも影響されたりした。

「傷つくものが同じ」「友達に近い感覚だった」とお父さんのことを語る若林さんに感動することもあった。

頑固で、まっすぐな若林さんのお父さん。そして、そのお父さんの頑固さや「強くあれ」という教育方針に気押されながらも友達みたいな感覚を持っていて、お父さんのことが大好きな若林さん。

そんな二人が大好きな僕からしたらこの二人の旅行記は最高に感動的だ。まるで『LOGAN』を見ているような気持ちになる。

新自由主義への疑問、学生時代から今まで晒され続けてきた競争、サラトガの屋上、革命博物館、表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬、配給場での機会の不平等、エダジマのはちゃめちゃさ、綺麗な海、そして隅田川とマレコン通り。

全てが僕の心にスッと入って来る。そして僕の心は揺さぶられる。

若林さんのエッセイを読む時は大体、世間と向き合いたい時だ。

なぜこんなに苦しむんだろうという一種の不公平感を抱えながら、その気持ちに優しく寄り添ってくれる若林さんの文章を読む。

でもこの本を読んでいる間は世間を、現実を忘れることができる。一緒にキューバに行くことができる。キューバの空気を味わい、日本の湿度を忘れることができる。

それでも最後は僕もこの日本で生きていこうと思える。

僕にとってこの本は教科書であり、ファンタジーであり、ロードムービーだ。

経営者が自己プロデュースのためだけに書いたような強い理論が並んだビジネス書や自己啓発書では救われなかった僕が、どうやって生きれば良いのかを学ぶ教科書であり、キューバという日本にいては想像もできないような街に、非現実に行くことができる物語であり、僕の大好きな若林父・息子のロードムービー。主題歌は「Take it easy」。

本当にこの本が好きだ。

***

若林さんの頭の中とキューバの景色を見て大切なことを学んだ気がする。

没頭と血の通った関係。この二つが僕たちを救ってくれる。

そしてそれはキューバにある。

カラフルな建物、クラシックカー、音楽そしてマレコン通り。

キューバには競争を勝つためのクリエイティビティや人脈ではではなくて、純粋な好奇心、熱意やamistedがある。

若林さんのせいなのか、マレコン通りを思い浮かべると、その風景は常に夕暮れだ。そしてそこには顔を突き合わせて会話をしている人々がいる。

没頭と血の通った関係は競争を超えていくと思う。

経済システムによって作りあげられた幸せの定義やマウンティングに僕たちは踊らされすぎだ。

その結果、僕は高等教育を受けることができるありがたさや死ぬ間際に食べたいものがコンビニで手に入る世の中に生きている事実を忘れてしまっていた。近くにあるのに、周りを見渡せばあるのに、上を向いてしまう。他人に勝とうとしてしまう。

僕は本当に大切なものは競争に勝つことではなく、没頭や好きや血の通った関係だと思う。

だからこそ僕たちは競争や格差による分断を放っておいてはいけない。”マレコン通りに集まり、夕日を眺めながら話す人々”を守らないといけない。誰かに勝つことに目を奪われて、形だけの幸せに夢中になってしまってはいけない。競争や資本主義は僕たちの生活が良くなるための手段であり目的ではないから。

***

僕はこの日本で競争と格差に晒されながら生きていかなければならない。

でも心の中にマレコン通りの潮風が吹き抜ける限り、キューバが悲惨な現実から僕を守ってくれるのではないかと思う。

ピンク、ターコイズブルー、エメラルドグリーン。

ピンク、ターコイズブルー、エメラルドグリーン。





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