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夢見る花火。



「俺はね、ここから見える花火を、自分の子供と一緒に見ている未来を想像するんだよ。でも、それを一緒に眺めるのは、君じゃないってことも、もう決まってるんだ。」

 高校2年生の夏、彼の一言でわたしの初恋ははかなく散った。



 彼との初めての会話したのは、入学式。

 「ねぇ、名前は?」

 「あ、えっと、穂香(ほのか)。」

 「ほのかっていうんだ。俺の姉ちゃんとおんなじ。俺は、悠希(はるき)よろしくな。」

 同じ中学から一緒に入学した友達がおらず、学校生活を不安に思っていたわたしは、気さくに誰とでも仲良く話す彼に一瞬で好きになった。

 「穂香、部活決めた?」

 「いや、考えてない。」

 「まさか、部活はいらないのか?俺は、サッカー部に入ろうと思うんだ。マネージャー募集してたぜ。穂香、マネージャーどう?」

 「はぁ、、、」

 半ば強引ではあったが、少しでも彼の好きな物を知りたかったし、他の人よりも彼に近づけるチャンスがあるかもしれないと、下心丸出しでサッカー部のマネージャーをすることに決めた。

 そんな気持ちではじめたこともあり、スコアの書き方を覚えるのも、ドリンク一つ作るのも、非常に苦労し、小さな下心で入部したことをとにかく後悔した。夏の外練習は、ただ立っているだけなのに、わたしの方が倒れてしまいそうだった。でも、マネージャーの仕事はやりがいが大きく、部員のみんなに「マネージャー」と頼ってもらえることが、わたしにとってはとてもうれしく、いつしか部員のみんなと最後まで続けようと思うようになっていた。



 夏休みも終わった、ある初秋。練習終わり、ボール拾いをしていると、同学年の部員たちがやけにせわしなく、ちょっかいをかけてくるので、鬱陶しく感じていた。そんな日の帰りに、悠希から日曜日にある秋の花火大会に一緒に行こうと誘われた。周囲の音が遠くなり、自分の心臓の音だけが聞こえるような気がしたが、平静を装っていいよと返事を返した。
 地面から少し浮いたような感覚のまま家に帰ると、どうしても食欲がなく夕飯はいつもの半分の量しか食べられなかった。母から、具合でも悪いのかと心配されたが、今日は暑くて疲れたからと、適当に返事をして自室に籠った。
 服はどうしようか。花火大会と言えば、浴衣である。これはデートという解釈でいいのだろうか。彼が少しでもわたしのことを気にかけてくれているのであれば、一番かわいい姿で会いたかった。しかし、そのような場面に適した浴衣を持ち合わせていないことに気づき、スマホをたたく。ネットで探してみるも、あまりピンとくるものが見つからなかったので、一番気に入っているワンピースを着ていくことにした。


 海辺で行われるその花火大会を会場で見たことがなかったので、人の多さに圧倒されてしまった。花火はとてもきれいだったが、どの花火が印象的だったのかは、あまり覚えていなかった。好きな人との花火大会、花火の記憶がほとんどないというベタすぎる展開に思わず、苦笑いがこぼれる。

 「花火きれいだったね。でも、人があまりにも多くてびっくりしちゃった。」

 「そうだね。疲れてない?人混みあまり得意じゃなかったんなら、ごめん。」

 「あ、大丈夫だよ!悠希こそ、大丈夫?」

 「うん。」

 それから少し沈黙があって、悠希は静かに口を開いた。

 「来年は人の少ないところで見ようね。」

 「そうだね。そっちの方がゆっくり見られそうだし!」

 ふっと静かに漏れるような、笑い声がして、「どういう意味か分かってる?」と、数歩先を歩いていた彼が立ち止まり、振り返る。

 「来年も花火をみようってことだよね。」

 「そうなんだけどさ。つまり、来年も一緒に見てくれますかって。」

 「もちろんだよ!入学式に、初めて話しかけてくれて、素敵な部活も紹介してくれた、最高の友達だもの!」

 「違うよ。俺は友達としてじゃなくて、好きなんだ。穂香のことが。だから、付き合ってください。来年は、彼女として、一緒に花火を見てほしいんだ。」

 「あっ、ありがとう。嬉しい。わたしも好き。」

 そうして、高校1年生の秋の花火大会、わたしたちは恋人になった。



 恋人になると、彼の人懐っこい性格に磨きがかかったように感じ、わたしの彼への思いも大きくなっていった。わたしと同じ名前だというお姉さんの話もよく聞いたが、大学生で一緒には住んでいないらしい。家族の話は信頼している相手にしかしないものだと、誰かが言っていた気がするなぁと、自然と頬が緩んでしまう。

 将来の話をするにはまだまだ若すぎたが、わたしたちはよく将来の話をした。子供は何人ほしい、どんな家に住みたい、住むならどんな場所がいい、ペットは犬がいいか猫がいいか、家具はどこのお店で買おう。そうして、2人で同じ方向を見ていると実感できることがたまらなく幸せだった。



    しかし、未来を誓いあうには、わたしたちはまだ若すぎた。



    「去年一緒に行った花火大会、今年も一緒に行こうよ。今年は彼女として、一緒に見て欲しいって言ってたよね。」

    「うん。じゃあ、約束通り人気の少ないところでゆっくりと。」

   花火大会当日は、快晴。約束通り、人気の少ない小さな丘の上の公園で、わたしたちは並んで座っていた。去年着られなかった浴衣を着て。

    「わたし、去年も浴衣で花火が見たかったんだ。」

    「うん。」

    「こういう服ってさ、特別なときにしか着られないでしょ?」

    「うん。」

    「どうかな?可愛いと思わない?花火の日に、花火の浴衣。」

    大人っぽい、落ち着いた藍色に色とりどりの花火が散りばめられた浴衣を着ていた。

    「そうだね。」

    「わたしはね、この」

    「あのさ。恋人でいるのはやめよう。」

    あぁ、やっぱり、と思った。

    そこで、最初の花火が打ち上がり、わたしたちは静かに遠くに見える花火を眺めた。同じ景色を見ているようで、わたしたちはいつも違うことを考えて、少しずつすれ違ってしまったんだなと思った。前しか見ることができていなかったから、足元に落ちていた、石ころに気づかなかったんだ。いつも、彼はそれに躓きながらも、知らないふりをしてわたしの隣を一緒に歩いてくれていたんだな。
    最後の花火を見届けると、彼は静かに口を開く。

    「俺はね、ここから見える花火を、自分の子供と一緒に見ている未来を想像するんだよ。でも、それを一緒に眺めるのは、君じゃないってことも、もう決まってるんだ。」

    「そっか。」

    一言返して、横を見ると彼の目が潤んでいることに気づいた。少しは寂しく思ってくれているんだ。

    「ねぇ、わたしたち、どうして別れるんだっけ?」

    「ごめん、俺さ、来週引っ越すんだ。転校することも決まった。」

    「ねぇ、それが理由ならさどうして別れなきゃいけないの?わたしは悠希のことが好きだし、悠希も好きでいてくれるならさ、距離なんて関係ないじゃない。」

    「あるんだよ。俺、実はすごくやきもちやきだし、独占欲が強くて。見えないって不安なんだ。簡単に会える距離でもないし。穂香のこと、きっと信じられなくなって、たくさん傷つけると思う。」

    「でも、」

    「だめ。縁があったら、いつかまた巡り会えるから。いまは恋人でいるべきではないんだよ。穂香の周りで起こる、俺の知らない出来事を笑って許せるほど、大人じゃないんだよ。お互いさ、これから、大学に行ったり、就職したりして、そのなかで新しい恋したり、別れがあったり、色んなことが起こると思うんだ。そうして、もっともっといい大人になっていかなきゃいけないんだよ。」

    言い終わると、小声で「すぐに、新しい恋人ができたら、ちょっとダメージでかいけど」と、鼻声で軽く笑った。
    同じ歳なのに、彼がものすごく大人に見えた。こんなに素敵な人と離れるのは惜しい、離れたってうまくやっていけるような気がしてしまうわたしはまだまだ子供なのだろう。

 「じゃあさ、いつかいい大人になって、わたしがとってもとっても素敵になったら、わたしたちまた一緒に花火見られるかな。」

 「いま、そう思うだけだよ。きっと、大人になったら、こんな会話も忘れてるよ。」

 「さっきの言葉、撤回してよ。ちゃんといい大人になったら、一緒になろうよ。また、会おうよ。花火、見に来ようよ。まだ、2人で話して、叶えられてない約束ばっかりでしょ。」

 はぁ、と小さくため息が聞こえた。

 「そういうところが、俺にはきつかったんだよ。やっぱり、いまはいまの青春っぽさを大切にしたいんだ。遠い未来の生活のことなんて、想像もできない。穂香が楽しそうだったから、それがうれしくて、いつも合わせてたけど、それも難しいみたいなんだ。そんな風に考えてたときに、ちょうど引っ越すことになったからさ。それを都合よく使っちまった。卑怯だよな。」

 「うん、ずるい。悠希はずるいよ。」

 そんなことないよ、とでも返すと思っていたのだろう。きょとんとした顔でこちらを見る。

 「本当に卑怯者。わたし、いま聞いたこと、知らなかったら永遠にあなたのことを待っているところだった。あなたが、わたしの知らないところで青春してるのも知らずに。健気ね。いつか、相手がいなくなったときに都合よく使われるところだった。わたしは、あなたの保険になんかならない。覚えておいてね。いつか、いい大人になる頃にきっとあなたはわたしを思い出すの。それじゃあ。」

 一気にまくしたて、2人で歩いてきた道を1人でたどる。彼は追いかけてこない。それが、彼の答えだった。言い返しても来ない、追いかけて来てもくれない。悔しい。涙が出る。



 その花火大会の1週間後、彼は引っ越した。



 ”この失恋が彼にも色濃く残っていたらいいのに。”
 ”花火を見るたびに、わたしを思い出したらいい。”
 そんなことを考えて、全国の花火大会を調べる。場所によっては冬に花火大会を開催する場所もあるらしい。どこに行っても、花火を見ることができるということは、わたしを思い出す機会がいくつもあるということだ。つまり、わたしが彼を思い出す機会も山とあるわけだ。そんなことを考えると、一気にわたしの心は曇っていった。
 いつか、花火を見ても胸がチクリとしなくなったころに、あなたがいなくてもいい大人になれたこと見せつけに行ってやろう。


 彼への復讐心がなくなり、思い出さなくなることが本当の復讐なのだと、気づけなかった昔の話。
 出逢いと別れの先に成長があると信じて、きょうもわたしは出逢い、そして、別れていく。



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