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【短編エピソード①】突然の異動内示

【モスクワ(中央政府合同庁舎 調整官執務室)】


「ラザフォード…?」

  ミレア・ヴァレニウスはそれを人の名前だと思っていた。

  スクリーンの向こう側にいる人事官は『この世間知らずが』とでも言いたげな表情を隠そうともしなかった。

「次の異動先だ。役職は高等弁務官。頑張ればまた地球勤務ができるかもしれないな」

  それが意味するのは地球以外の場所で勤務せよというものであり、ミレアは自分の脳が軋みはじめるのを感じていた。何せ生まれてこのかた地球の外に出たのは片手の指で数えられる程度であり、しかもそれは太陽系内に限っての話であった。

「…火星のどこかということですか?」

  まるで見当外れの言葉に人事官はククッ…と笑い声を漏らす。「地球から83光年の星系だ。魔法の惑星といえばきみにもわかると思うがね。地球人居住都市ラザフォードの統治がきみの職務となる」

  83光年といえば地球連合の領域でいえば間違いなく「辺境」になる。まして太陽系外に一度も出たことのないミレアにとっては流刑にも等しい人事である。

「待ってください…」ミレアは自分でもそれとわかる程に顔が真っ青になっていた。「私の異動先希望が中央勤務か北欧エリアというのは経歴ファイルに記載されていたはずですが」

「きみは地球勤務が長すぎるからな。長期勤務者の解消は人事としての課題だよ。同一惑星・同一星系での勤務期間に比例して遠い場所で勤務してもらわないと」

「高等弁務官の役職には私よりも適切な人材が…」

  辺境勤務の内示にミレアは不安のあまり頭の中が真っ白となり見苦しい言葉を口にせざるえなかった。

「ヴァレニウス調整官、私としては地球で勤務する者の手は白くいけないと思うのだがね」

  人事官の意味ありげな言葉に別の意味でミレアは動揺した。

「…仰る意味がよく理解できないのですが」

「きみの噂はこちらでも有名だぞ。妻子ある男と不倫の関係になり、シベリア開発の予算獲得のために口利き役までしていたそうじゃないか」

「その噂を…信じているのですか?」

 無意識のうちにミレアの両手はグッと握られていた。

「個人的には信じたくないね。事実だとするときみを懲戒処分しなければいけないからな。そうすると人事としては余計な仕事がひとつ増えることになる。ただでさえ忙しいのだからこれ以上面倒なことは増やさないでもらいたい」人事官は馬鹿正直とまで言えるほどに本音を吐き出した。「それともきみは自分のしていることが誰も知るはずがないと思っていたのかな。恋に盲目となり何をしても許されると。こちらでも結構いろいろな情報が飛び込んでくるものだよ。こちらが事態を掌握しているとは夢にも思っていなかっただろう。これは嘘ではない。何ならきみが夢中になっている相手の名前を言おうか」

  ミレアはうなだれてスクリーンから執務机の上に視線をおとした。

  長期勤務だから辺境に異動せよというのは建前で実際は懲罰人事に他ならない。

  官僚としてまだ首がつながっているだけ感謝すべきなのだろうか。しかし自分が情熱を傾けている相手とはどうなるのか。地球を離れてしまえば会うことすら不可能になる。

  それとも…中央にいる人事官はミレアが依願退職するよう遠回しに圧力をかけているのだろうか。

「ヴァレニウス調整官がラザフォードに赴任してくれれば我々としてはこれ以上事態をむしかえすつもりはない」静かに人事官は言った。「高等弁務官の仕事の方がロシア人を相手に交渉するよりは楽だと思うのだがね」


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