網代鶲屋

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夢を正確に文章に起こすことは不可能

目を開けたら、男の子が僕の顔を覗き込んでいた。 その男の子は小学生くらいで、 バケツの水でもかぶったのか ぽたりぽたりと、髪から滴が落ちている。 状況がよく分からなかったので、無言でその男の子と視線を合わせていた。 「靴を片方なくしてしまったの」 ややあって、男の子が言った。 酷く小さい声だ。 ぽたりぽたりと滴る水滴の音のほうが鮮明に聞こえる。 「……靴?」 目があっているはずなのに、男の子の視線はどこか虚ろで、僕は少し寒気を覚えた。 男の子は、とても弱

    • 僕は見たことしか書けないし、これは恋愛でもなんでもない。

      ねこ‐ぜ【猫背】 首をやや前に出し、背を丸めた姿勢。また、そのようなからだつき。ーー「デジタル大辞泉」 *** 僕は猫背だ。 もちろん立っているときに限らず座っている時もだ。 だから、御多分に漏れず電車内で座っている時も背中を丸めている。 猫背の人はわかると思うが、 猫背の人は胸を張って生きている人よりも視界が若干低い。 立っている時は相手の胸から腹に視線がいき、 そして、座っている時は相手の膝から脛に視線がいく。 誤解がないように言っておくが、決して意識的

      • 田舎に現れる渋滞は、まやかし。

        乗り慣れた車に、飲み慣れた飲み物を乗せる。 通い慣れた道に、見慣れた風景を横目に走る。 ただ、走る。 車の渋滞に巻き込まれて、このまま息が出来なくなればいいのに。 なんて気味の悪いことを考えているが、田舎に渋滞は存在しない。 ただただ、灰や黒や青が行儀よく流れていく。 ふと、視界の端にあるものをとらえた。 この間までなかったそれは、まだ真新しさを残している。 田舎の国道の脇に、花が添えられている。 2Lペットボトルの半分から上が切り取られた簡易な花瓶に、様々

        • たまに見る。こんな夢。

          「ばさばさ」という音がする。 鳥が飛び立つように、と使い古された喩えを使えばわかりやすいだろうか。 「ばさばさ」という音がする。 僕はひとり。 木箱の前で立っている。 それは白木の箱で、「なんだか棺桶みたいだな。」とぼんやりした視界が判断する。 「ばさばさ」という音がする。 手元から何かが落ちていく。 何か。ではなく、それは僕自身だ。 僕の手が、腕が、肩が、胸が、ばらばらに崩れ落ちていく。 視界が残っているということは、頭はかろうじて崩れ落ちていないという

        夢を正確に文章に起こすことは不可能

          誰にでも訪れること。だけど、誰にも当てはまらないこと。

          僕の祖父が亡くなったのは、歴史的豪雪の予報が出された日の朝でした。 カメラが好きな祖父は、娘である母や祖母の写真を撮るのが好きだったと、幼い頃に聞いたことがありました。 葬式は呆気ないもので、胡散臭い坊主が祖父の顔を見て手を合わせ、それらしい読経をして、それらしい慰めを言い、祖母から金を取ってゆきました。 ――ああそうか。こうして世界は廻っていくのだな。 彼にも生活があります。家に帰れば奥さんがいて、子供がいて……。当たり前ですが、彼も家では父親なわけで、父親の役目を果たす

          誰にでも訪れること。だけど、誰にも当てはまらないこと。