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夢を正確に文章に起こすことは不可能

目を開けたら、男の子が僕の顔を覗き込んでいた。

その男の子は小学生くらいで、

バケツの水でもかぶったのか

ぽたりぽたりと、髪から滴が落ちている。

状況がよく分からなかったので、無言でその男の子と視線を合わせていた。

「靴を片方なくしてしまったの」

ややあって、男の子が言った。

酷く小さい声だ。

ぽたりぽたりと滴る水滴の音のほうが鮮明に聞こえる。

「……靴?」

目があっているはずなのに、男の子の視線はどこか虚ろで、僕は少し寒気を覚えた。

男の子は、とても弱い力で寝ている僕の肩をゆする。

「靴を片方なくしてしまったの」

探せ、と言うことなのか。

仰向けの状態から上半身だけ起こし、彼の全身を確認する。

夕立にでもあったのか、全身がびしょ濡れだ。

足元に目をやると、男の子の言う通り、片足だけ靴を履いていない。

「お父さんやお母さんは?」

と聞いてから、

僕は、この子が両親と一緒にいないことを思い出した。

「いないの」

と男の子も首を振った。

ーーー

僕は男の子と手を繋いで、だだっ広い空間を歩き始めた。

相変わらず男の子の髪からはぽたりぽたりと水滴が落ちているが、

拭いても意味がない、となぜか理解していた。

この子とは以前どこかで会っているはずなのだが、大事なことは思い出せない。

「あ」

と男の子が呟き、何かを見つけたように走っていく。

靴が見つかったのかな、と思いあとを追いかける。

男の子は少し小高い丘を登って行き、その頂上で空を眺めていた。

僕も頂上まで登り、空を見上げる。

ああ。

これは、おかしい。

現実的ではないな。

靴が、

靴が、浮いている。

ゆらゆらと漂うように。

その光景を見て、僕は唐突に理解した。

男の子が靴をなくしたことも。

男の子の全身が濡れていることも。

そして、濡れた男の子を拭いても意味のないことも。

「君は銀河鉄道の……」

そうだ。

ここは水中なんだ。

彼が眺めていたのは空じゃない。

ここは、海底だ。

僕らは沈んでいる。

彼は、

彼は、真っ二つに折れて沈んだ船の乗客だ。

「ここに居たんですね」

声が聞こえたのでそちらに顔を向ける。

「勝手に歩き回ってはいけませんよ」

声の主は、優しい顔つきの男性だった。

この人が家庭教師か、と僕は理解した。

彼は僕に気付き軽く会釈をする。

「ああ、靴を見つけたんですね」と言って、彼は浮いている靴を手に取り、男の子に履かせてあげていた。

「いえ、氷山にぶっつかって、船が沈みましてね」

彼らの声が、どんどん遠くなる。

「月の明かりはどこかぼんやりでしたが、霧が非常に深かったのです」

ああ。僕は、

僕は、ボートに乗れてしまう。

「ボートの左舷は方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。」

男の子が、こっちに来ようとしている。

でも、それはできないはずなんだ。

「僕らはこれから眠るのです。あの人と一緒に行くことはできないのですよ」

家庭教師が男の子に説明する声が、聞こえた。

※※※

夢を見てしまいました。

覚えているような。いないような。

でも、夢に出てきた君たちは、

「銀河鉄道の夜」に出てくる彼らにとてもそっくりだったよ。

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