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白昼、夢の話


どちらかというと猫にはなってみたいがそこまで熱望するほどではないので、一緒に散歩をしていた後輩の「猫になってそのまま退職したい」という寝言には特に何も答えなかった。

暖かくなってきた新宿のはずれのこの場所では耳がギザリと欠けた地域猫の姿をちらほら見かけるようになった。少し足を伸ばせば人々が常に賑わっている喧騒の繁華街だというのに、猫達はゆったりとくつろいでいる。ここに住む彼らの足は本当に短い。

例えば今ここで私達が猫になってそのまま退職を試みたとして、今ゾンビのように腹を空かせてフラフラと向かっている500円の中華弁当を食べれないまま店の前でただウロウロとしなくてはいけない。絶対に今ではないし、そもそも飯は好きな時に食べたいし、風呂は好きな時に入りたい。人間はなんて自由なんでしょう。


そんなこんなで平和な昼下がりを終えた終業後の電車の中で「まぁ一日だけなら猫になってもよいけどね」と思いながらSNSを見ているとこんなアカウントを見つけた。

猫に…なったんだよな…?
海外のInstagramのアカウントだが、猫の首に小型のマイクをつけてその様子を投稿しているようだ。
ひとりきりでニャゴニャゴと言っている声や、他のネコと邂逅して警戒している様子がたまらなく愛おしい。
見事にハマってしまい、その日は深夜1時までずっと投稿を遡っていた。

こうして擬似的に猫になることに成功すると、彼らの生態が気になって仕方なくなってしまった。
毎日の昼休み、夕方5時に積極的に散歩をすることにした。最近は縞柄の彼とばったり会うのだが、何を隠そう彼は私のことが大嫌いである。


また今日もいた。彼には尻尾をくるりと巻く癖がある。


私を視認。ここまでは良い。


私だと確認。その間わずか1秒ほど。


この顔である


私が何をしたって言うのだろうか。なんで?露骨すぎない?猫ってこんな顔するの?明日また改めます。


〜次の日〜

なんでそんな顔ばっかすんの?



あまりにも理不尽すぎて熟年夫婦の些細な喧嘩のキッカケみたいなことを考えてしまう。今までの人生、こんなに猫に睨まれたことはなかった。というかこんなに猫に睨まれてる人、どこ探しても自分だけだと思う。

そして今日はというと

チッ




こうして休憩時間が日を追うごとに伸びていく。
猫を追って1時間以上休憩してしまったこともある。


四月生まれの私を春の暖かさが奮い立たせる。最近どう?と聞かれた時に「体調が良いです」と迷いなく人を選ぶことなく答えることができていて、本当に絶好調なのだと自分でも引く時がある。
とにかく体調が良過ぎるので最近はどんなに遅く寝ても早く起きれる。絶好の散歩日和なのにどうしてオフィスにいるのだろう。このまま眠ってしまいそうなほど暖かい昼下がり。周りには猫がいる。はにゃ…このまま…猫になって…退しょ…く…




数ヶ月後、私を知る後輩は言う
「あーあのあと、猫になったんですよね…」


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