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世界の終わり #3-11 ハンター


          *

 さらに二日経過。
 おれとウディは相変わらず扉の前に並んで座って、店舗の監視を続けとる。天候は曇り。おそらく雨は降らんやろうけど、降られたらなにかと仕事が増えてまうから勘弁して欲しい。最悪なんは四日かけて掘った穴が崩れて埋まってまうことや。
 店舗内の不法入国者どもは、もう完全にグロッキー状態で床の上へ横になってウーウー呻いとる。体温を測ったら四〇度近くあるやろう。今日が峠や。峠いうか、苦痛のピークや。明日には熱もさがり、痛みも治まって――やのうて、痛みも感じんくなって頭ん中、ぼーっとしとるうちにグール化完了。そしたら連中を敷地内へ解き放って、おれらは外へ退避する。ツアーの仕込み終了までもう二、三日ってところやと思う。
 ところでカンバヤシは不法入国者どもを監禁した直後からホテル内に籠って、夕食時の一時間程度しか顔を見せんようになった。ツアーで使用する道具のメンテナンスやっとるから、忙しいんやて。絶対嘘やわ。信じられへん思うけど、時折、周辺の空気を揺さぶるかわいた音を鳴らしておれらへアピールするんで文句はいえへん。まぁええわ、ってぼやきつつ、椅子に腰掛けてビーフジャーキー齧りながら横たわる不法入国者どもとにらめっこしとったら、午後四時になっとった。もう一日が終わろうとしとる。なんやろ。全然やる気がおきへんかった、いうか、めっちゃ気が重い。いままでこんなことなかったんやけど、どうにも気が重い。や、どうにもやのうて、原因はわかっとる。気にしとるいうか、引き摺っとるんや――この間、ウディと話した内容を。
 おれはいままで、グールに感染させる不法入国者どもを、どこか人間やない別の種族的な目で見てたところがあるように思う。見た目が違うし、言葉もつうじへんのやから当然や、と思うとった。だけどいま、アレや。どうしても人間、いうか、や、たしかに人間ではあるんやけど、前と同じように別の種族的な見方ができんくなっとる。大体、おれの隣には人種が異なり、それでいて言葉の通じる男が、同じように椅子に腰掛けて、同じように店舗の中を監視して、同じように手にしたビーフジャーキーを齧っとるんやから、なんやこれって考えてまうのも当然や。店舗の中に閉じこめた連中と、並んで座っとる男とが共通点をもっとるんから、混乱もするわ。するよな、普通。そんなウディは国籍を求めて日本にきたいうとったが――なんや国籍って。国籍のためなら、似たような境遇の奴らも犠牲にできるんやろか。犠牲いうか、よう直視できるなって、思う。おかしいよな。絶対おかしいよな。似た境遇のもんが使い捨て玩具同然に扱われとるのに、腰を据えてじっくり観察できるか、普通。
「なぁ……ウディ」
「はい」
「お前、知っとるんよな?」
「知っ、とる? なにを、ですか」
「おれらの仕事や。なにをしとるんか、これからどうなるんか。おれらがいま、なんのためにこうして、こいつらの監視を行っとるのか、わかっとるんよな?」
「わかって、います」
「わかっとるなら、なんで」そんなまじまじ見とんねん。見てどうするんや。グール化していく様を。おれらが監視するのはこいつらの変化やのうて態度や。行動や。極端な話、店舗の扉が破られんように、ガラスが割られんように注意して見とればええねん。薄暗い店舗の中、目を凝らして悶え苦しんどる連中のことなんか気にかける必要なんてあらへんやん。おれはそうやった。そうしてきた。これまでそうやってきた。それにおかしいやん、この場所、ここの連中。ここのシステム。常人であろうと考えたり、努力したりすることが、そもそもありえへん場所やないか、ここは。

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