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世界の終わり #4-6 メタフィクション

「荒木くんの問うた〝企(たくら)み〟についてだが、説明する前に、僕の体験を知ってもらう必要があるから、まずはその話をさせてもらうよ。僕は今回が三度目の九州入りでね。最初は半年ほど前――福岡の東区にある、とある建築物の写真撮影で上陸したんだ。建物のデザインを行った人物が有名なデザイナーだったということもあるが、まぁ、廃墟マニアである自身の欲求を満たすためだけの観光旅行だ。仕事ではなく、趣味。その建物は薬物の研究を行っていた特殊な施設で、屋内外の撮影許可はもらえたものの、研究員が同行しなければならないという条件がつけられてね。いま、荷台で横になっている天王寺くんと、研究員である蒼井、石垣という四人で九州に入ったのだが――運悪く不法入国者と自衛軍との衝突が起こったせいで足どめをくらい、当日中に到着できなかったんだ」
「それって、ひょっとして、古賀の銃撃戦じゃないですか」
「そうだよ。よく知っているね」
「ニュースで見ました。そうか。柏樹さんはあのとき銃撃戦の現場にいたんですね」白石は唇を歪ませ、遠くを見るような目で何度も頷いた。
「いいや、僕らは古賀に行き着くどころか、北九州市内での検問に捕まって――ほら、さっき会った広域捜査官の二宮さん。二宮捜査官から、騒ぎが収まるまでの三日間、小倉駅近くの施設に閉じこめられたんだ。施設には僕らのほかにもう一組、不動産関連の仕事をしている磯山という男性を中心としたグループがいてね、困ったことに彼らと出会ったことで大きな問題が発生してしまった」
「問題?」
「磯山は、撮影に同行していた蒼井と顔見知りで、しかも、蒼井の弱みを握っていたらしく、施設内でしきりと声をかけていた――というか、絡んでいたんだ。最終的には、弱みにつけこんで蒼井を強請っていた。早い段階から様子がおかしいことに気づいてはいたが、まさか殺人事件にまで発展するとは思っていなかったよ」
「え? 誰が、誰を殺したんですか?」
「蒼井が、磯山を殺害したんだ。蒼井は相当追い詰められていたらしく、足どめ三日目の正午に、施設二階にある個室へ磯山を呼びだして毒殺した」
「毒殺……って、広域捜査官のいる施設に閉じこめられていたのなら、毒の入手は難しいでしょうし、九州へのもちこみはまず不可能でしょう? 関門海峡を渡る際に、荷物検査があるって聞きました」
「そうではあるが、蒼井は同行に際し、僕らを監視するのはもちろんのこと、東区の施設に残してきた幾つかの薬物をチェックする業務も兼ねていたらしくて、手荷物の中に数種類の試験薬を入れていたそうだ。単体では害の少ない試験薬も、組みあわせかたによっては強力な毒に変化する。つまり、蒼井は自ら作りだしたんだよ。閉じこめられていた施設内で、磯山の殺害を可能とする毒物を」
「あ、そうか……研究員ですもんね、蒼井って人」
 白石は口元に手を添えて呟くと、まるで事件の関係者であるかのように、悲痛な表情を浮かべて俯いた。
「蒼井は人知れず磯山の殺害を目論んでいたようだが、磯山へ毒を注入したまさに、そのとき、僕や二宮捜査官をはじめとする多くの者が、状況を知らずに現場へ足を踏み入れたんだ。蒼井は慌てていたよ。慌てて知らぬフリをした。なぜ磯山が苦しんでいるのかわからない。なにが起こったのかすらわからないと逃げの言葉を口にしたけれども、その場でなにが行われたのかは、火を見るよりも明らかだった。なにしろ、磯山は蒼井を指差しながら『蒼井が、毒を注入した』と告げて、絶命してしまったんだからね。すぐさま蒼井の身体検査が行われた。しかし、いくら調べても毒物の類いは発見できなかった。室内のどこかに隠したのではないかと考えて隅々まで探し回ったが、やはり見つからない。磯山の遺体を調べてみたところ、針のようなもので刺されて体内に毒を注入されたことはわかったんだが、だったら現場に針が残っていなければおかしいだろう? 蒼井は磯山を殺害し、僕らが身体検査を行うまでの僅かな間に、凶器の隠匿を行ったんだ」
「なに、なに? それってもしかして推理クイズ?」それまで口を噤んでいた板野が身を乗りだし、会話に割って入ってくる。「ねぇ、答えはいわないでよ。わたし、そういうの得意なの。犯人当てとか、凶器あてとか」
「犯人は蒼井さんで、凶器は毒針です」と白石。
「うるさいッ。ねぇ、ねぇ柏樹さん、結局毒針は見つかったわけでしょ? それも、意外なところから」
「そうだね」
「誰が見つけたの?」
「僕だよ」
「すごい!」板野は埃が舞うほど強くシートを叩いて、歓喜の声をあげた。隣にいた荒木が舌打ちしたが、その音も掻き消すはしゃぎようだった。「ねぇ、毒針ってどのくらいの大きさ? 誰にも見つからないように隠せたんだから、そんなに大きくなかったのよね」
 目を細めながら柏樹はバックミラーへ視線を向けた。
 ミラーの隅っこで、荒木が不機嫌そうな顔をしている。
「針そのものは、太めの注射針といったところかな。ただし、もち歩くには危険な凶器だからね。蒼井はその点も考慮し、ある〝もの〟の中に針を忍ばせていたんだ」
「あ、わかった!」市川崑監督作品に登場する加藤武のように手を鳴らすと、板野は口角をあげて、誇らしげに言葉を継いだ。「ボールペンだ。ボールペンの中に針を仕込んでおいたんだ。ボールペンなら安全に持ち運べるし。ね、そうでしょう。蒼井って人はボールペンの中に隠していたの。だからみんなすぐには気づけなかった。違う?」
「すごいね。ほぼ正解だよ」
「やるねぇ、板野さん」と白石。
 しかし間髪入れずに柏樹は言葉を挟んだ。「ただし、肝心な謎部分はまだ残されているよ。蒼井は毒針の仕込まれた道具を、どこに隠したのか」
「えー? なに? まだ続きがあるの?」
「隠し場所をいい当てなければ正解とはいえないね」
針を隠したものを隠した場所、ってわけ? なにかヒントは? その部屋の間取りとか、隠すまでにかかった時間とか」
「時間はわずかだったね。二宮捜査官はすぐ身体検査をはじめたように憶えているよ。現場となった部屋は十二畳ほどの広さで、会議室として使用されていたらしく、部屋の中央に、折りたたみテーブルが二つ、壁際には回転黒板が置かれていた。出入り口は一カ所のみで、窓には鍵がかけられていたし、開かれた形跡はなかったね。それから窓の側には折りたたみ椅子が六脚ほど立てかけられていた。まぁ、これは事件とは関係がないけど」
「テーブルに回転黒板、それに折りたたみの椅子、ね」
「それと――あの日は強い寒気が流れこんでいたせいで、気温がかなり低かったな」
「暖房は?」
「食堂以外の部屋では使っていなかった」
「わかった。待って、ちょっと考える。考えるからその間、絶対に答えをいわないで」
「あぁ。いいよ。謎解きは板野さんに任せて……話が少々脱線してしまったね。本来話すべきだった内容に戻ろう」ミラー越しに荒木の様子を窺った柏樹は、一旦腰を浮かせて姿勢を正した。
 荒れた路面の影響で車体が二度ほど縦に大きく揺れ、白石が裏返った声をもらす。
 続けざま荷台からひときわ大きな呻き声が聞こえた。
 身体の自由を奪われていた天王寺は、かなり回復している様子である。
「大丈夫か?」と、荒木。
 バックミラーに映る荒木は後頭部を向けて荷台へ身体を乗りだしていた。
 隣に座る板野は下唇を指でつまんで、ひとりブツブツと小声で呟いている。

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