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善き羊飼いの教会 -Epilogue-


 落ち着かない。
 絶対におかしい。
 犯人が逮捕されたというのならわからなくもないけれども、扉を開けて部屋に入ってきた西田さんは、ずっと微笑み続けている。
 そもそもなぜマネージャーではなく、西田さんが訪ねてきたのだろう。
 白川駅の東口側にある白川オリエンタルホテルの七〇二号室にこもってから、四十八時間が経過しようとしている。家族三名向けのファミリーツインルームという部屋をひとりで使わせてもらっているので広さには充分満足しているけど、乖離(かいり)した生活による神経の疲弊(ひへい)は否めなくて、できればこのタイミングでお腹が痛くなるような話は聞きたくない。
「岩崎さんはどうしたんですか」
「ほら、あれよ、あれ。岩崎ちゃんは最近休み返上で動き回ってたから、ね?」
 ね? といわれても。
「犯人が捕まるまでは、毎日岩崎さんがくることになっていましたよね」
「予定どおりにいかないときもあるのよ。それよりも帽子はどこ? 地下駐車場で待ってもらっているから、急いでもって行きたいのよね」
「……駐車場で? 駐車場で誰が待っているんです?」
「あ、あれかな。ライティングデスクの上に載ってる、あの帽子?」
「そうですが、誰が待っているんですか」
 西田さんは窓際へ早足で移動して、わたしの帽子を手に取った。ここ数ヶ月間、毎日のようにかぶっていた、お気に入りのキャスケットを。
「借りて行くねアカリちゃん。じゃあわたしは急ぐから――」
「待ってください!」どうしてわたしの帽子が必要なのか、どうしてわざわざホテルにまで取りにくる必要があったのか知りたいのに、西田さんは呼びかけを無視して部屋をでていこうとする。諦めずに再度呼びかけて背中を追った。「どういうことですか。どうしてわたしの帽子が必要なんですか?」伸ばした手が肘のあたりに触れて、ようやく立ちどまって振り返ってもらえた。
「詳しいことはあとで話すから。ごめんね、待たせてるから急がなきゃいけないの」
「だから、誰を待たせているんです?」
 西田さんは不自然なまでに口角をあげて、焦点をずらしながらわたしを見る。
 しかし、
「あとでね」突き放すようにいって背を向け、出入り口の扉を目指して早足で移動する。
 ドアノブに触れる音。
 扉が開く。
「西田さんッ?」
 空気が移動して髪が揺れる。直後に扉の向こう側――淡く暖かい色のライトで照らされた通路に立っていた女性と目があった。名前は憶えていないけれども知った顔だった。わたしを狙ったストーカーの男性を見つけだしてくれた、樫緒科学捜査研究所で働く所員の女性だ。
 どうして通路に? わたしの部屋の前に?
 この女性が待たせていた相手なのだろうか。西田さんは地下駐車場に待たせているといっていたので可能性は低いように思えるけれども、無関係ではないだろう。もしや駐車場で待っているのは、樫緒科学捜査研究所の所長さんなのでは? 追加調査のために、ストーカーの男性を捕らえるために、所長さんは駆けつけてくれたのかもしれない――と考えてみたけれども、帽子を必要としている理由が見つけだせなくて、西田さんのあとを追うべきかどうか躊躇(ちゅうちょ)している間に、扉は閉まってしまった。
「…………」
 わたしは部屋にひとり取り残される。
 どうしよう。西田さんに問いたいことがいっぱいあったのに、どうしようどうしようと頭の中で復唱している間も時間は無慈悲に経過していて、やはり訊かずにはいられない。追いかけよう。追いかけて尋ねようと決意してドアノブに触れて扉を開けたものの、すでにふたりの姿は通路にはなかった。
 扉を閉じる。短く息を吐きだす。部屋の奥に置かれているグレーのリラックスチェアまで移動して、倒れこむように腰をおろす。
 西田さんが部屋に留まった時間は一分にも満たなかったように思う。
 廊下に立っていた女性とは言葉を交わすことはおろか、目礼することすらできなかった。
 丸テーブルの上に置いていたスマホを手にとって考える。岩崎さんに電話してみようか。それとも……と、いけない! タッチスクリーン上を彷徨っていた指がブラウザアプリのアイコンに触れたらしく、画面にニュースサイトが表示されたので慌ててブラウザを閉じる。怖い。怖くて仕様がない。ストーカーの男性のことが載っていたらどうしようとつい考えてしまって、ここ数日、怖くてブラウザを起動することすらできていない。
 二ヶ月ほど前から、わたしと、わたしの所属する事務所とその周辺に脅威をもたらしてきたストーカーの男性は、事務所社長の知りあいだった樫緒科学捜査研究所の所長さんによって正体が突きとめられたけれども、嘆かわしいことに警察が取り逃がしてしまって、現在行方がわからなくなっている。
 男性の名前は小池といい、歳は二〇代の後半。職には就いていないとの話だ。
 小池は警察官の手を振り払って逃走してから、一度も家には戻っていないらしい。以後、小池によるものとみられる殺害予告文がネット上に絶えず書きこまれているので、わたしは事務所の指示に従って白川オリエンタルホテルの一室に身を潜めているのだが――
 殺す。
 殺す。殺す。殺す。
 必ず、殺す――と、迂闊にも目にしてしまった〝あの書きこみ〟のせいで、安全圏にいながらもこの二日間、まったく心が休まらずに疲弊している。
 しばし目を閉じて、深呼吸を繰り返したのちに、岩崎さんへ電話をかけてみる。
 繋がらない。
 再度かけてみたが、やはり繋がらなかった。
〝岩崎さん、いま、どこにいますか〟
 SNSアプリを起動させてメッセージを送信したのちに、ツイッターのアプリを起動して〈フレグランス〉メンバーとスタッフで使用しているアカウントのツイートをチェックしてみる。そこに岩崎さんのツイートがあるのではないかと考えて――
「……え?」
 最新のツイートになぜか(アカリ)の三文字が添えられていて、
「…………?」
 わたしのツイートであることを示す(アカリ)の添えられた文面にはまったく身に覚えがなくて、
「誰が……どうして?」
 胸に痛みを覚えるほど鼓動が早まったが、混乱に陥って我を忘れてしまう前に気づいた。理解できた。どうして西田さんが部屋を訪ねてきたのか、どうしてわたしの帽子を借りていったのか。
「……!」
 急げ。
 急げ、急げ。急いで出入り口の扉へ。
 間にあうだろうか。
 西田さんはまだ近くにいるだろうか。
 扉を開けて通路に飛びだし、エレベーターを目指して全力で駆けた。

「西田さんっ!」
 煌々と灯る蛍光灯の列が規則正しい地下駐車場の最奥に、西田さんの姿はあった。西田さんのそばには黒のミニバンがとまっていて、スライドドアが少しだけ開いていた。乗車する直前だったのかもしれない。
「西田さん!」間にあってよかった。「見たんです! フレグランスのアカウントに書かれているわたしのツイートを見ました!」
 呼びかけに反応して西田さんが顔を向け、西田さんの陰になっていたもうひとりの人物の姿が露わになる。その人物は通路に立っていた樫緒科学捜査研究所所員の女性で、女性の手にはタブレットが握られていた。
「駄目じゃない。どうして勝手に部屋を――」
 西田さんが喋りながら近づいてくるが、その発言を遮って、所員の女性が前に歩みでる。「戻りましょう」女性は鋭い目をわたしへ向けていった。「部屋に戻りましょう。わたしもご一緒します」
「ま、待ってください! 訊きたいんです。聞かせてもらいたいことがあるんです。これから事務所に行って、そのあと、わたしの家に向かうつもりなんでしょう? 見たんです。読んだんですよ、わたしの名前を使って書かれたツイートを!」

〝今日は大変な一日でした。事務所に荷物を取りに戻ったら、すぐ帰宅して、ネコさんと戯れたいっ(アカリ)〟

「あのツイートを書いたのは西田さんですか。それとも――」距離が半分ほどに縮まった所員の女性と目があう。「あなた……ですか」
 女性は手を伸ばせば届く距離にまで近づいてようやく足をとめた。威圧的な表情に思わず怯んでしまうけれども、退くわけにはいかない。「勝手にわたしの名前を使ってツイートしたのは、特定の人物に見てもらうためですよね? その人物って、行方がわからなくなっているストーカー犯でしょう? わたしの〝これからの行動〟をツイートすれば、ストーカー犯が誘き寄せられて姿を現わすかもしれない。上手くいけば姿を現したところで捕らえることができるかもしれないと考えて、わたしの名前をツイートに用いたのではありませんか。だから帽子を借りていったのでしょう? 帽子をかぶって、わたしに似せて、囮捜査を行うつもりなのでしょう?」
 大半が勝手な推測だが、間違ってはいないと思う。その証拠として、西田さんはバツが悪そうに視線をそらしたし、目の前の女性は唇を横に結んで、必死に頭を働かせているようにうかがえた。
「そうでしょう? そうですよね? 樫緒科学捜査研究所の方々には感謝していますけど、誘き寄せるようなまねはやめてください。危険極まりないし、もしもなにかあったらどうするんですか。お願いです、お願いですからやめてください!」
「……アカリちゃん」西田さんがかぶりを振りながら近づいてくる。
「待ってください」そんな西田さんを片手で制して、所員の女性がわたしを睨みつけるようにまっすぐ見つめた。「たしかにあなたのいうとおりよ。だけど大丈夫。あなたが心配することは絶対に起こらないから」
 起こらない?
 絶対に?
「どうしていいきれるんですか。そもそも、誰がこんなアイデアを思いついたんです? 警察は? 警察の人はいないんです? まさか警察には内緒で実行しようとしているんじゃありませんよね」
 視線を感じて目だけを動かした。
 ミニバンのほう。わずかに開いたミニバンのドアの隙間からわたしは見られている。
 見つめられていた。  
 わたし――
 わたしから。
「……え?」
 わたし?
 わたしがそこに。ミニバンの中に。
 わたしは、わたし自身から見つめられていた。
「…………?」
 後部座席のシートに座っているのはわたしだった。キャスケットをかぶったわたしが、ミニバンの後部座席に座ってこちらを見つめていた。
「…………」
 違う。あり得ない。
 わたしはここにいて、ミニバンを見つめているわたしこそが、本物のわたしなのに。後部座席のシートに座っているのは、わたしを見つめているもうひとりのわたしは――
「アカリちゃん?」西田さんが心配そうに問い、
「戻りましょう」所員の女性の手が肩に触れる。
「待ってください!」ここで、「アカリさんと話をさせてください」ミニバンの運転席側の扉が開き、二〇代後半と思しき男性が車からおりてきた。男性はスライドドアの前で足をとめて車内へ顔を入れると、もうひとりのわたしへ二、三声をかけて、勢いよく扉を閉めた。
「スルガくん?」所員の女性が不安げな声で呼びかける。
 スルガと呼ばれた男性は樫緒科学捜査研究所の所員のようだが、顔をあわせるのは今日がはじめてだ。
「アカリさんの推測したとおり、ぼくたちは囮を用いてストーカー犯を誘きだそうと考えています」スルガという男性はそういって、所員の女性へ目配せした。所員の女性は顔をそむけて、かぶりを振りつつ、わたしから離れて行く。五秒ほどの間をあけたのちに、スルガという男性は優しい口調で言葉を継いだ。「警察の介入に関しては、イエスであり、ノーともいえます。この計画に協力してくれる警察官がいるにはいるのですが、勤務時間外できていただくことになっていましてね。そもそもツイートされてから一時間ほどしか経っていないので、ストーカー犯がツイートを見たのかどうか不明ですし、見たところでどのように動くか判断つきませんから、人集めが難しかったんですよ。とはいえ、協力していただけることになった人は優秀なかたばかりですし、事情を説明すればイチイさんも……イチイさんとは面識があるのですよね? まだイチイさんにこの計画のことは伝わっていないのですが、三十分後にあう約束をしていますので、大丈夫です。イチイさんが計画に加われば絶対に上手くいきます。いかないはずはないんです。ですので――どうぞ、お姉さんのことは心配なさらないでください」
「……え?」お姉さん?「お姉さんって……」
 お姉ちゃん? わたしの、お姉ちゃんのこと?
 どうしてお姉ちゃんの話がここででてきて、その心配をわたしが――
「先ほど、お姉さん本人も『心配しないで』といっていました」
「本人?」……え? まさか。「先ほど、本人……って……!」あぁあ、
 そうか。
 そういうことか。
 お姉ちゃんだ。お姉ちゃんだったんだ!
 ミニバンに乗っていたもうひとりのわたしは、「お姉ちゃんですか? お姉ちゃんなんですか? 帽子をかぶらせて、ウィッグもつけて、わたしに似せ……お姉ちゃんを、お姉ちゃんを囮に使おうとしてるんですか?」
 だとしたら、冗談じゃない!
 駄目だ! 駄目だ、駄目だ、駄目だ、絶対にそんなことは、「させませんよ! お姉ちゃんを囮になんて絶対にさせませんからね! おろしてください、お姉ちゃんをいますぐ車からおろしてください!」
「アカリさん?」
「なにを……なんてことを」考えるのだ、スルガという人は。お姉ちゃんを囮に使うなんて絶対に許さないし認めない。お姉ちゃんは誰よりも苦しんでいるのに。大変なときなのに。それなのに勝手に家から連れだしてわたしの身代わりにするなんて!
「アカリさん」
「どいてください!」
 お姉ちゃんがいたから、いまのわたしがいる。
 小さかったころに、幼かったころに、周囲に馴染めなくていじめの標的になっていたわたしはお姉ちゃんに助けられて、手を引かれて、背中を押してもらって、いまのわたしになれたのだ。お姉ちゃんのおかげだ。お姉ちゃんだけが頼りで、お姉ちゃんは特別だった。唯一無二の誇れる存在だった。
 そんなお姉ちゃんは、ある日を境に変わってしまった。耳を塞いで他者を否定し、思い悩んで苦しんで家からほとんどでなくなってしまった。わたしは以前のようなお姉ちゃんに戻ってほしくて、苦しみから救いだしてあげたくて、お姉ちゃんの力になれることがないか、なにかないか、日々考えに考えて、思いつくなりすぐに実行して、煙たがられても嫌がられても諦めずに挑み続けて、そしてようやく少し――少しだけではあったけれども、お姉ちゃんとの距離が縮まってきていると感じはじめた――その矢先だったのに、
「どいて! どいてくださいッ。お姉ちゃん、お姉ちゃんを」
 車からおろすんだ!
 家に連れて帰るんだ!
 囮になんてさせない。しかも、わたしの身代わりだなんて。
「アカリさん、待って、落ち着いて」
「放してください! いや、やだ!」
「アカリさん!」
「放し……放せ、放してッ!」
「大丈夫です。お姉さんが危険な目にあわないことを約束します。だから――」
「だからなんですか。なにが大丈夫なんですか。わたしの名前を勝手に使ってツイートして、お姉ちゃんまで事件に巻きこんで……やめてください、もうやめてください! どうしてこんなことをするんですかッ」
「そうではなく――」
「放して!」
「違うんです、そうではないんです」
「放してください!」
「違うんです、ぼくらではないんです。アカリさんの名を騙ってツイートしたのは、お姉さんなんですよ! アカリさんのパソコンを使ってログインし、囮を用いてストーカー犯を誘きだすことを計画したのはお姉さんなんです!」
「……?」
 なに?
 なにをいってるの。
 一体、なにを? 
「ぼくらが計画に気づかなければ、お姉さんはひとりで計画を実行するつもりだったんです。アカリさんに成り代わって、ストーカー犯を誘き寄せる計画を着々と進めていたんですよ。もちろん、ぼくらが計画に気がついた時点でツイートを削除し、中止させることはできました。だけれども頑としてお姉さんが聞き入れてくれなかったこともあって、こういったかたちをとることに決めたんです。危険極まりないと思うでしょうし、やめるべきだと主張されるのも当然です。ですが、信じてください。ぼくらを信用してください。お姉さんへ協力する有志らは最善を尽くし、最良の結果をだしてみせることをお約束します。それに、イチイさんが加わってくれたら、絶対に上手くいきます。いかないはずはないんです」
「…………」
 わからない。
 わからなくなった。
 どう答えればいいのか、どう考えればいいのか、なにがなんだかわからなくなってきた。
 スルガという人の話は本当であるのか。本当であるならば、どうしてお姉ちゃんはそのような行動にでようと考えたのか。愚策としか思えぬ計画に賛同した者がいるということも不可解だが、それよりもいま目の前で喋るスルガという人が、なぜこれほどまでに自信をもって断言できるのかも理解し難い。
「どうして……どうしてお姉さんがこのような計画を立てて、実行しようとしていたのか不思議にお思いですか?」スルガという人は、声のトーンを落として顎を引き、まっすぐわたしを見つめて断じるように続ける。「ぼくらが計画への協力を申しでたとき、お姉さんは一番にこういいました。『妹を守ってください』と。その後はずっとアカリさんのことばかり話し続けて、ただひたすらアカリさんのことを心配していたんです。お姉さんは自らが囮になることの危険性に気づいていない――というよりもアカリさんが救えるのであれば、自身のことなど二の次といった考えのようです。ここまで話せばもうおわかりですよね? アカリさんは、お姉さんを連れ戻して、危険な計画から脱させたいとお思いでしょうが、違うんです。逆なんです。お姉さんにとっては、逆なんです」
 わずかな間があく。
 わたしは言葉を失ってしまっていて、
 息をすることすら忘れてしまっていた始末で、
 慌てて瞬きしながら唾を飲みこみ、静かに息を吸いこんで――
「どうかアカリさん、ご理解ください。受け入れてください。他方から見た真実を容認し、ぼくたちのことを信用してください」
 強く噛みあわせた奥歯が鳴る。
 続く言葉が否応なく耳に届く。
お姉さんはアカリさんを守ると決意しています
 ミニバンへ目を向ける。
 ドアは閉じられ、窓にスモークが貼られているので中の様子を窺うことはできないけれども、そこにはお姉ちゃんがいる。シートに座っている。わたしを模して、わたしの帽子をかぶって、わたしに成り代わってツイートどおりに行動しようとしているお姉ちゃんが。
「アカリちゃん……?」西田さんが近づいてきて声をかけてくる。
「部屋に戻りましょう」それまで離れたところにいた所員の女性も近づいてきて、わたしへ呼びかけて、腕に手を添える。
 代わりにスルガという人が距離を取って、ミニバンのほうへ向けて歩きはじめた。
 わたしはかぶりを振る。
 決して縦には振れない。
 嫌だ。
 絶対に。
 だけれどもお姉ちゃんの思いを無に帰すことはできない。
 腕を引っ張られて、後ずさりしてしまう。
 地下駐車場にわたしの足音が響く。
 ミニバンが遠ざかる。
 離れていく。

 わたしはかぶりを振った。
 振り続けた。

 エンジンのかかる音が地下駐車場内に響き渡る。



 ――『善き羊飼いの教会』了

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— DIVE episode B 01 ―



『善き羊飼いの教会』梗概

 樫緒科学捜査研究所を訪れた鈴鹿の依頼を受け、柊シュリとスルガは、連絡が取れなくなっている筒鳥大の学生三人の行方調査をはじめる。
 スルガは早々に三人の足取りをつかみ、三人が最後に訪れた場所をつきとめるものの、何者かに尾行されていることに気がついて、一旦調査を中断する。
 翌日、スルガは改めて廃屋の調査を行い、柊はかつて廃屋に住んでいた主人が信仰していた宗教団体と、三人の学生の周辺調査を行う。
 学生の姉と思われる人物、佐倉とのコンタクトに成功した柊は、約束を取りつけて、待ちあわせ場所に向かうが、柊の名を騙った何者かに佐倉を撲殺され、さらには薬物が絡んだ事件との関連を疑われて、長時間、筒鳥警察署で聴取を受ける。
 薬物事件犯人グループからの襲撃、撲殺事件の犯人との邂逅といった難事に相次いで振り回される中、スルガが敬愛する、名探偵と謳われる人物から〝一連の事件の真相が記されている〟手紙が届く。
 手紙に書かれた内容に従って、半信半疑ながらも筒鳥大の学生がいるという場所へ向かったスルガと筒鳥署の刑事は、学生三人が移動に使用していた車を発見し、車内からは学生らの他殺体を発見する。
 一方で、かつて廃屋に住んでいた主人が信仰していた宗教団体の教会に向かった柊は、教会の敷地内で、学生らを殺害したと思しき男性と対面し、彼が犯した罪を暴きだして、ことの顛末を聞きだす。

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