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旅にまつわる共感を得られにくい本音

島への旅行で泳ぎに来ていた人は、皆一人旅だったとみられる。お昼休憩中、私が四阿で三角座りをしていると、ふと目に入った隣の女性の脚先に、赤色が光った。私と同じ色のフットネイルをしていた。全体的に私と似たような空気を醸し出していて、何とも不思議な気持ちにさせられたのである。特にどちらとも、旅行の経緯については突っ込んでは話さない。一人の時間を邪魔をしてはいけない気がするから。一人旅同士になることは初めてだった。彼女は体育会系とは真逆な雰囲気を纏っていながら、相当チャレンジングなコースに臨んでいた。しかし、帰りは颯爽とレンタカーを自分で運転して去っていったのが勇ましく思えた。

私は子どもの頃、実はほとんどの宿泊行事をポシャった。参加すると途中から具合が悪くなってしまうのである。それでも、旅行自体は好きであったから、行かないという選択はなかった。楽しみではあるのに、集団で大部屋の中で生活することが苦手だったのだ。起床から就寝まで、決められたスケジュールに従い、20〜50人単位の人間が屋根の下をうごめいている。目を双眼鏡のようにして監視している。パジャマださくないかな、トイレ行くの恥ずかしいな・・・。悪口言われないかな・・・。どこまでも見られている気がして。過度に神経が緊張し、フラフラして、先生の部屋にたどり着いた途端に嘔吐してしまうことがかなりあった。結構畳を汚したことがある。2日目から保健室で過ごし、3日目の帰りにしれっとクラスの皆に着いていくことがあった。大丈夫、ばれてない。

「もうすぐ〇〇移動教室なので、体調を整えておきましょう」

プリントが配布される頃、日が近づくにつれてカウントダウンのように心臓がばくばくした。具合悪くならないかな?ずっと心配で仕方がなかった。布団で踊るような気分で眠れないのではなく、不安だから睡眠不足になるのである。身体はどこも悪くないのに…。

なぜ、自分は具合が悪くなるのだろう?苦しくて仕方なかった。宿泊行事はどこの学校に行っても毎年のようにあるのだ。その憤りから、クラスの皆を具に観察していた。殆どの子は、到着してから体調不良による離脱をしていないことがわかった。一人の和室で、天井の木の板が夕暮れに染まっていった。保健室に出入りする大人は「何で具合悪くなっちゃったんだろうね?」などと無知の極みのような発言を子供に浴びせた。ショックを表現する言葉を持たない子どもは、ほぞを噛む気持ちで黙るしかないのであった。

今は、20人〜50人単位でなければ具合は悪くなることはなくなったが、先述の一人旅をする彼女を見た時に、気疲れしてきたのかなあ…と身勝手な妄想をしてしまう。自分のペースで周遊できること、自分だけの双眼鏡や虫眼鏡で、ゆっくり風景や生き物を観察できること、そんなところが一人旅の魅力だと思う。旅のかたちは一つではないことを、子どもの時に教えてほしかった。滲んだページを鮮やかな風景に描きかえる気持ちで、飛行機で発つ。

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