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バザールの喧騒と入江一子さんと

集中するために、音声を流すこと。
それは焚き火だったり、雨の音だったり。
すこしざわざわした環境の方が、むしろ物事に打ち込めることもあります。

ふと、洋画家の入江一子さんの話を思い出しました。
入江さんが流していたのは、シルクロードの旅の途中で録音したバザールの音声。

日本に帰ると、現地でパステルや水彩で描いたスケッチと、その場の臨場感をアトリエに持ち込みたいため、録音機でとった街のざわめきや人々の話し声、民族音楽などのテープを流しながら、大作に挑みます。

「101歳の教科書 シルクロードに魅せられて」より抜粋

さかのぼること2017年。
テレビでNHK日曜美術館「青いケシを描く〜洋画家・入江一子 101歳のアトリエ〜」を鑑賞したとき、入江さんのアトリエの様子が映し出されていました。

アトリエには、両手を広げても足りないくらい大きなキャンパス。背後にはシルクロード連作の数々。
アトリエに流される音は、自分で録音してきたバザールの活気ある様子や人々の話し声。民族音楽の音色。臨場感あふれていて、アトリエの中はシルクロードの旅の最中そのものでした。

53歳でシルクロードの旅と取材をはじめた入江さん。
その後、半世紀近くシルクロードをテーマに創作を続け、ライフワークに没入する入江さんの姿に感銘を受けたのです。

そして、100年近く描き続けた入江さんが語る言葉。

「最近ようやく絵のことを分かり始めた気がします」

「101歳の教科書 シルクロードに魅せられて」より抜粋

入江一子さんのアトリエを思い出すたび、もっと謙虚に一歩を踏みだし、身の振り方を考えたいと思ったものです。

また、いくつになっても遅すぎることはないと学びます。
入江さんが53歳でシルクロードの取材を始め、その後30年間で30以上の国を訪れました。

彼女の挑戦は、年齢に関係なく新しいことを始めることの大切さを教えてくれました。私の想像をはるかに越える生きざま。意欲と情熱さえあれば、いつでも新しい道が開けるのです。

アトリエに流れるバザールの音声を思い出すたび、先人の経験から学ぶことは多いと心新たにしました。

入江一子さんは2021年8月に、105歳でご逝去されました。
いつか独立展を見に行く夢はかないませんでしたが、シルクロードを描き続けた姿に今も生きる勇気をもらえるのです。

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