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【Vol.2/5】サンプリング・ソースをめぐる冒険~世界同時渋谷化 ~ 引用と再構築の90年代~小沢健二とSMAP ー 橋本徹×柳樂光隆×山本勇樹『Ultimate Free Soul 90s』座談会@HMV & BOOKS

◆サンプリング・ソースをめぐる冒険~世界同時渋谷化

柳樂:ちょっと曲聴きますか。僕、持ってきたものがあるんで。

山本:今の話にちょうどつながるようなやつを。

橋本:今『Ultimate Free Soul 90s』から流れている、ウィリアム・ディヴォーンのカヴァーをマッシヴ・アタックが演るのなんかは、まさにそういうことだったんですけどね。もう一つ、代表的な例を柳樂くんが選んでくれました。

山本ノマド・ソウル「Candy Mountain」です(曲をかける)。

橋本:ディスク1の1曲目に入っている曲です。「Suburbia Suite」の「Suburban Classics: For Mid-90s Modern D.J.」の号の「Ground Beat, Acid Jazz」というところに載ってますが、これも本当に短いコメントしかつけてないんですが、柳樂くんが今回これを選んでくれたのも、この観点からだと思います。

柳樂スティーヴ・パークス「Movin’ In The Right Direction」。冒頭のグルーヴィーなギターのカッティングですが、サンプリング・ネタとして使ってる人が当時多かったんですよね。

橋本:そうそう。ヤング・ディサイプルズとかも。いわゆるレア・グルーヴとして発見されて間もない頃で、もちろん僕もノマド・ソウルで知ったんですが、その後でヤング・ディサイプルズを聴いて、「ああ、同じ曲のサンプルだな」と思ったのを覚えてます。

柳樂:あとアリーヤ

橋本:ああ、アリーヤもそうだね。

柳樂:いろんなとこで同時進行でシェアされてるというか、その感じがすごく面白くて。

橋本:今ならクリス・デイヴっぽいドラムみたいなものだね(笑)。

柳樂:で、同じものをサンプルしてる人が日本でもいたので。birdなんですけど(bird「REALIZE」がかかる)。

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橋本:これ、DEV LARGEだよね? SUIKENもフィーチャーしてるんですけど、birdもラップしてるという珍しい曲で、birdの『Free Soul Collection』にも入れました。

柳樂:これ、初めてラップさせられてすげえ大変だった、って言ってましたけどね(笑)。

橋本:それ、僕も聞いたな(笑)。こういうふうに、スティーヴ・パークスの「Movin’ In The Right Direction」という曲をめぐっていろんなヴァージョンが生まれたりして、時代の空気が形成されてったのが90年代なのかなと思っていて、今日はそういう例をひたすらかけながらやっていくのが楽しいなと思ってます。

柳樂:スティーヴ・パークスの曲のサンプリングで昔の曲と新しい曲がつながってる、ってのがやっぱりいいし。アリーヤやイギリスのノマド・ソウル、それから日本のヒップホップ、しかもこう、birdは基本的にはJ-Popのメインストリームでやってるような人ですよね。最近だとこうムーヴメントって分かれるじゃないですか、でも……。

橋本:あの頃は世界同時進行でしたね。川勝正幸さんの「世界同時渋谷化」って言葉もあったくらいで(笑)。

柳樂:そうそう。世界同時進行で、しかもその中に過去も入っているというのが、すごく面白い現象で。今なかなかそんな状況ないじゃないですか。だからその感じが上手くパックされてますよね。しかも90年代の音楽って、基本的に業界が景気いいから、そのへんが音に反映してますね(笑)。

橋本:まあ、毎回リリースのたびにフライヤーを作らせてくれたり、CDが出たらPVがずらっと並んだものがモニターで流れてたりという。どういうわけかSHIPSと組んでこの坊や(「Free Soul 90s」のジャケット・キャラクター)のバンダナを作ったりとか(笑)、いろんなことがやれた時代だったんですよね。

柳樂:基本的にこれに入ってる曲って、世界同時進行で同じネタ使ってるっていう、すげえマニアックな話なんだけど、メインストリームでめちゃくちゃ売れた曲ばかりっていう。

橋本:まさに、今流れてるR.ケリーアリーヤをフィーチャーして作った「Summer Bunnies (Summer Bunnies Contest Extended Remix)」なんかはその典型で、フリー・ソウルでもイントロが流れると当時「ワーッ」てなっていたような、スピナーズ「It’s A Shame」の印象的なギター・フレーズをループしてるんですけども、これもいろんなアーティストが世界同時進行で、たぶんその頃の僕らの心をつかむ何かがあったからこそ、いろんな人がそれを素材にして自分たちの音楽を作っていった、ってことだと思うんですよね。


柳樂:それが一部のマニアだけのものではなかった、ってのはすごく面白い現象で、でもそれをまとめるのって大変じゃないですか。ぶっちゃけ売れた枚数とかで考えると、『NOW』とかのヒット・コンピレイションと変わらないくらい売れた曲が入ってるんだけど、ちゃんとその時代の音楽的なものを切り取ってるっていうのが、すごく面白いと思います。

山本:それまでになかったですよね。

橋本:リミックスっていう考え方が90年代に急速に浸透して。これもオリジナルはスピナーズのリフは使われてないんだけど。当時だったらメアリー・J. ブライジ「Real Love」なんかは、リミックスはベティ・ライト「Clean Up Woman」を使っていて。あの曲は小沢(健二)くんの「ラブリー」にも引用されているし、ベティ・ライトのイントロをループする人間が日本にもアメリカにもいたっていう時代だったんですよね。



ここからは『Ultimate Free Soul 90s』収録曲と、それに関連する音源を聴いていくことに。柳樂さんが今回用意してきたのは、birdとこの後に話題に出てくる小沢健二の音源だったが、それぞれリリースされた時代の空気がパッケージされていると感じた。birdの「REALIZE」は、1999年の彼女のデビュー盤に収録されていた楽曲で、制作は自身のユニット、モンド・グロッソの作品や、マンデイ満ちるらのプロデューサーとして知られていた大沢伸一が手がけている。当時はアシッド・ジャズUKソウルとの近似性が高いと思われていた彼が、「Movin’ In The Right Direction」を、ノマド・ソウルヤング・ディサイプルズから10年近く経過してサンプリング。そして、フィーチャーされているDEV LEAGESUIKENは、日本語ラップの第一人者。UK感とUS感のバランスが絶妙だった。一方、スティーヴィー・ワンダー「Don’t You Worry ‘Bout A Thing」をアダプトした小沢健二「天気読み」は1993年のリリース。前年にはジャミロクワイが衝撃的なデビューを飾り、スティーヴィー再評価が進んでいた頃。翌年の『LIFE』収録曲にはジャクソン・ファイヴジョーン・アーマトレイデイングベティ・ライトなどにインスパイアされた曲が並んでいたと書くと、フリー・ソウル華やかなりし時代のムードが伝わるだろうか。この当時のオザケン・ブームは凄まじく、若い世代の女子から熱狂的に支持されたり、その人気を受けて紅白歌合戦に出場したりするような状況だった。そのような中、小沢健二の曲作りは、「天気読み」や「ラブリー」のように、自分や仲間の周りにあったカッコいい音楽=ヒップホップやR&B、そしてフリー・ソウル的なものをミックスし、彼のフィルターを通じて提示したところに新しさとインパクトがあったのではないだろうか。(waltzanova)

◆引用と再構築の90年代~小沢健二とSMAP

山本:「Suburbia Suite」の掲載盤はジャケットとかもカッコいいんですよね。コーク・エスコヴェードのボクシングのやつとかオデッセイとか。過去の作品なのにフリー・ソウルを通じて新譜として触れて、ギター・カッティングだとか、「Tighten Up」のベース・ラインとかも含めてフリー・ソウルだと思いましたけどね。

柳樂:このへんのやつとか、まんまジャケをパクってフライヤーにしてるのとかも多かった(笑)。

橋本:90年代はデザインもサンプリング・カルチャーの時代で。Macが登場して、フライヤー・デザイナーみたいな若い人たちも現れて。今は例えばデジタル・フライヤーやYouTubeトレイラーを作ったり、FacebookやTwitterでクラブ・イヴェントを宣伝するのが早いのかもしれないけど、当時はフライヤーがクラブやレコード・ショップ、CDショップに置かれてることが重要で、例えばHMVの太田(浩)さんのコーナーなんかはそういう情報が集まる場所になっていた。

山本:そう、僕も「Suburban Classics」は、HMVがセンター街の奥の方にあったときにそこで手にしたんですけど。入り口から入ってすぐ右の太田さんのコーナーで。

橋本:渋谷系のメッカと言われてた場所があったんですよね。

柳樂:じゃあ渋谷系っぽいやつ聴きますか。

橋本:さっきのデザインのサンプリングの話で言うと、トーキング・ラウドとかもブルーノートのジャケットを元に作ったりしてましたよね。音楽もそうだしデザインもそうだし、引用と再構築とか編集とかということが当時言われたんですけど、そういう部分を共有することで活気が出ていたのがあの時代の特徴なんじゃないかと思います(インコグニート「Don’t You Worry ’Bout A Thing」がかかる)。

柳樂:『Ultimate Free Soul 90s』は3枚とも1曲目はカヴァーかサンプリングなんですね。

橋本:そうですね。というか、ほとんどの曲がそうだと言ってもいいんだけれど(笑)。

山本:さっき柳樂さんが言ってた教科書みたいな役割というか、ここからどんどん紐づいていって。

橋本:そういう形で音楽ファンの一般教養が形作られるというか、そういう時代だったんですよね。

山本「People Tree」(「bounce」の連載記事。あるアーティストを取り上げ、そこから連想される音盤が紹介されていた)みたいなの、ありましたよね。

柳樂:これ、スティーヴィー・ワンダーのカヴァーじゃないですか。で、これを使ったのが小沢健二っていう。

橋本スティーヴィー・ワンダーって、今でこそ不思議に思われると思うんですけど、ホントに80年代後半くらいまでは日本でブラック・ミュージックのマニアや評論家から冷遇されてたんですよね。で、ジャミロクワイオマーが出てきたときにやっぱりスティーヴィー・ワンダーを連想させるってなったときに、日本では高い評価を受けてないけどスティーヴィー・ワンダーっていいよなっていうふうに思っていた時代があって、それが2〜3年のうちに逆転するんですよね。そのきっかけになったのがカヴァー・ヒットで、「Don’t You Worry ‘Bout A Thing」インコグニートの90年代初頭を象徴する曲だなと思って、今回もディスク3の先頭にしたんですけど。そしたら同時期にフリッパーズ・ギターを解散したばかりの小沢健二が出した曲がね、ということですよね(小沢健二「天気読み」がかかる)。

柳樂:サビのところがもう、もろにそうですよね。

橋本:今思い出したんだけど、93年にHMVの太田さんのところに「Suburbia Suite」の納品に行ったら、A.K.I.っていうラッパー、わかります? 当時ピチカート・ファイヴ「万事快調」とかをカヴァーしてたような巨漢ラッパーがいたんですけど。

柳樂:デス声でラップする人ですよね(笑)。

橋本:そうそう。彼がたまたまいて、「小沢くんの新しいのどう思いましたか?」みたいに聞かれて、「Don’t You Worry ‘Bout A Thing」だったよね、って応えた風景が今フラッシュバックしました(笑)。A.K.I.が「……! そうですね」ってそれで気づいたみたいで。彼はこの曲をすごく気に入ってましたけどね。

山本:オザケンって結構ソウルのネタ多いですよね。

橋本:っていうか、全ての曲にネタがあるよね(笑)。

柳樂:まあそうですね。

橋本:それはすごく90年代的な作り方でもあったんだよね。

柳樂:これだとディスク2の16曲目、アン・ヴォーグ「Give It Up, Turn It Loose」とかもそうですね。

橋本:なんで今その話をしたかって言うと、この後にスチャダラパーと組んで「今夜はブギーバック」って曲が大ヒットするんですけど、まあそれも今回の「Free Soul 90s」に入っている2曲、アン・ヴォーグ「Give It Up, Turn It Loose」っていう曲とナイス&スムース「Cake & Eat It Too」っていう曲に多くを負ってる曲なんですね。実際、二つのヴァージョンがEMIとキューンから出て、片方が“Nice Vocal”でもう一方が“Smooth Rap”だったよね。そういうネーミングの部分もそうなんですけど、当時はラップの部分がナイス&スムースで、サビの部分が「Give It Up, Turn It Loose」みたいな曲っていうのが本当に多くて、AメロBメロがラップっぽく来て、サビで哀愁のあるフレーズがこみあげるっていう。まあそういう意味では本当にあのアン・ヴォーグの曲っていうのは、当時僕らの琴線にいちばん触れる感じだったんだよね。……じゃあちょっと、アン・ヴォーグ聴こうか(アン・ヴォーグの「Give It Up, Turn It Loose」がかかる)。


柳樂:このコンピレイション聴いてると、「あのネタだ」とか「あいつがネタにしてるやつだ」とかばっかり浮かんで集中できない(笑)。

橋本:そこをわりとポジティヴに楽しんでたのがあの時代だったんだよね。実際、当時の僕らも音楽の楽しみ方が連想ゲームというかね、何かと何かがつながっていくのが楽しくてレコードやCDを買っていたなっていうのが90年代の印象ですね。

柳樂:これってジャンルを超えてるってのがすごく面白くて、オザケンはJ-Popじゃないですか。アン・ヴォーグはR&Bというか。フリー・ソウルはもともと70年代ソウルに根ざしてるじゃないですか。やっぱこうやって見てても(「Suburbia Suite」の裏面を見る)、ラ・クレイヴはラテンですし、コーク・エスコヴェードはラテンっていうかロックっていうかソウルですよね。で、エレン・マキルウェインは……。

橋本:フォークっていうか、ファンキー・フォークですね。

柳樂:フォークなんだけど、ちょっとファンキーっていうかグルーヴィーみたいな。

橋本グロリア・スコットはメロウ・グルーヴで、みたいなね。バリー・ホワイトがらみの。

柳樂:ホントにジャンルの隙間の過去の曲を集めてやってんだけど、それと同じ状況がリアルタイムで起きてたって感じですよね。

橋本:ホントそうですね。

柳樂:フリー・ソウルとかサバービアとか見てると、同じ曲をカヴァーしている人がいっぱいいるじゃないですか。レオン・ウェアの書いた……。

橋本「If I Ever Lose This Heaven」。こみあげ系とか言ってましたね。

柳樂:例えばそれをカヴァーしている人を集めて、自分はどれがいちばん好きなヴァージョンかっていうのをやっていたわけですよね。

橋本:まさにそうですね。

柳樂:それを同じ状況で楽しめるってのが90年代にはあったっていうか、それ以前の「音楽の歴史を学ぶ」とか「音楽の知識をつける」みたいなことじゃなくて、すごく自然に学習してったっていうか。

橋本:それが学習であり楽しいゲームだったんだよね。これなんかも本当に「ブギーバック」のサビが歌えるなって今思ったと思うんですけど(笑)。次は、わかりやすいかなと思って『Free Soul Avenue』を山本くんに持ってきてもらいました。これも95年に出たコンピレイションです。これは何の話からしようかと思ったんですが、やはりSMAPの話をしようと思います。このアルバムの1曲目がナイトフライト「You Are」なんですね。当時人気がどんどん出てきていたSMAPのブレイク・シングルになった「がんばりましょう」っていう曲で、この曲がアダプトされているんですけど、まあちょっと聴きますか(ナイトフライト「You Are」がかかる)。

山本:サビのところ、まんまですよね(笑)。

橋本:今日はSMAPの方は持ってきてないので、自分の耳で再生していただいて(笑)。こういうことが僕たちの周りのいわゆる“渋谷系”と言われていたようなサークルの中だけでなく、J-Popのメインストリームでも起こっていたのが90年代半ばだったんですね。

話は90年代の音楽からカルチャー事情へ。このあたりは、同時代を経験した人間としてはいちばん面白い部分でもある反面、ヤング・ジェネレイションにとっては伝わりづらいところがあるのも事実だ。フリー・ソウルがスタートした1994年はWindows 95前夜。iPodもスマートフォンもSNSもない時代だが、そんな中でも確実に時代は動いていた。Macがクリエイターを中心に大きな支持を受け、コンピューター上で版下が作れるようになってDTP革命が起き、それまでアマチュアには手を出しづらかったデザインの敷居が一気に下がったのもこの頃。それを反映するかのように、イギリスのトーキング・ラウドや、日本だと信藤三雄コンテムポラリー・プロダクション(CTPP)のデザインに代表されるスタイリッシュなデザインが一気に加速し、リスナーもお洒落でカッコいいジャケットのレコードを好んで探していた。デザインや音楽の世界では、引用や再構築、編集という行為が最もヒップだと思われていた時代だった。最初の「Suburbia Suite」の掲載盤はジャケットで選んでいた、と橋本さんは以前語っていたが、それも時代の空気を敏感に感じていた当時の彼ならではのディレクションだったのかもしれない。さて、90年代SMAPについて言えば、バックを務めるのはオマー・ハキム、チャック・レイニー、ウィル・リー、ワー・ワー・ワトソン、マイケル・ブレッカーといったNYの超一流ミュージシャン。アイドルの枠を大きく飛び越えたサウンドがクリエイトされていた。さらに95年の『007』はCTPP、96年の『008』はグラフィッカーズがアートワークを担当、いわゆる最先端のデザイナーと組むことでサブカルチャー的な部分との接点も有しながら、SMAP自身がカッコいいものとして演出されるようなパッケージ。この戦略は今見ても本当にクールだと思うし、それ以前はもちろん、その後のどのアイドルも、当時のSMAP並みの音楽性とファッション性を持ち合わせていない、と僕は思う。(waltzanova)

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