【Vol.4/5】なんでもありの90年代とフリー・ソウル ~ ディアンジェロの登場と90sサウンド ー 橋本徹×柳樂光隆×山本勇樹『Ultimate Free Soul 90s』座談会@HMV & BOOKS
◆なんでもありの90年代とフリー・ソウル
橋本:渋谷と「Free Soul 90s」というところではいろんな切り口が考えられるんですけど、ハウスに関してはなかなかメジャー・レーベルの音源がないんで、あまりたくさん入っていないんですが、象徴的だった曲として「The Whistle Song」というフランキー・ナックルズの曲があります。これは、ハウスをそれまで聴いてなかった人がハウスに入りやすくなったきっかけの曲だったというのをすごく鮮明に覚えていて。ヒップホップにおける「Can I Kick It?」と同じような役割を果たしていましたね。ジャンルを超えてアピールする何かが当時の空気とシンクロしているものがあったと思います。で、気づいたのは、最初の頃の「Suburbia Suite」のニュー・パースペクティヴな切り口によるイージー・リスニングの聴き方にすごくフィットしていたんですよね。映画のサントラであったり、“スキャット〜ハミング〜ウィッスル”なんてテーマで紹介していたものなんですけど。「口笛の歌」というタイトルだったりするんでね。90年代の始まり感を象徴するようなハウスとして、今回はディスク1に入れてますね(フランキー・ナックルズ「The Whistle Song」が流れる)。
山本:これは「Quiet Corner」読者にもお薦めできるハウスですね。
橋本:うん、今聴いてもたまらなく気持ちいい曲なんですけども。あとはまあ、特に東京ならでは、渋谷ならではと思ったのが、カーディガンズの「Carnival」って曲です。海外のブラック・ミュージックに根ざしたDJだったらまずかけないだろうけど、フリー・ソウルだとすごくハマる、みたいなことはありましたね。なんかそういう、現在進行形の日本のアーティストの動きともリンクするような形でクラブ・ヒットが生まれていった。その後はカジヒデキくんがタンバリン・スタジオでレコーディングしたりとか、原田知世さんが録りに行ったりとか、そういうことがすごく90年代っぽいなと思うんですよね。
山本:スウェーデン・コーナー、充実してましたよね。スウェディッシュ・ポップみたいなのがたくさん出てきて。
橋本:90年代のなんでもあり感とフリー・ソウルのなんでもあり感を、カーディガンズやこの曲の前に入ってるシンプリー・レッドの「Fairground」っていう、ピークタイムにかけるとすごく盛り上がる曲が代表していますね。フリー・ソウルのパーティーではセルジオ・メンデスの「Tristeza」とか、そういう感じの熱い盛り上がりをする曲なんです。すごくストイックなDJの方だったら、なかなかかけないような曲なのかもしれないんだけど、オーディエンスが最高に盛り上がってくれるので、結果的に定番曲になっていったというのがけっこうあって、この曲もまさにそうですね。「Fairground」って、イギリスでヒットしたよね?
山本:そうですね。
橋本:だから別にマニアックなことをやっていたわけでは全然ない、っていう一つの例がシンプリー・レッドやカーディガンズかな、というところで入れさせてもらったという感じですね。
山本:いわゆるソウル・ミュージックではないエッセンスが織り込まれてるところがフレンドリーですよね。
橋本:うん。でも、ミック・ハックネルの声はブルー・アイド・ソウルとしてホント素晴らしいし。なんか、ジャンル分けで聴いてるとブラック・ミュージック・ファンはシンプリー・レッド聴かないかもしれないけど、耳で感覚的に聴けばすごく好きになるんじゃないかと思っていて。「Holding Back The Years」とか象徴的だけれど、彼らの曲は、グレッチェン・パーラトを筆頭に、今の「JTNC」で取り上げてるようなアーティストもカヴァーしてるよね。
柳樂:こういうのって日本で受けそうっていうのも強く感じますね。
橋本:だから、これもこみあげ系なんだよね。
山本:フリー・ソウルの影響か、当時12インチがなかなか見つからなくて(笑)。
カーディガンズやシンプリー・レッドの話に代表されるように、フリー・ソウル・ムーヴメントというのはやはり東京、さらに言えば90年代ならではのものだと思う。マニアックな方向に向かうのではなく、自由に開放的にジャンルの垣根を越える。『Ultimate Free Soul 90s』には当時のFMヒットもたくさん入っている、という話もあったが、ジャンルの細分化ということが言われながらも、現在ほどムラ社会化していなかったのが当時の状況で、多くの人が共有できるヒット曲の中に、今回の話で出てきたようなフリー・ソウル的な要素を持つものがあった(SMAPなどはまさにその代表格だろうか)。それは、トライブ・コールド・クエストがルー・リードをサンプリングしたときの自由な感覚がフリー・ソウルの根底にある、という話とも接続すると思った。既成概念やジャンルの壁に捉われずに選び、紹介するという橋本さんの姿勢は、やはりヒップホップに大きな刺激を受け、クラブ・カルチャーを通過したものだということを改めて感じた。(waltzanova)
◆ディアンジェロの登場と90sサウンド
橋本:あとは今日の話の「Free Soul 90s」を象徴するようなコンセプチュアルな曲についても少しずつ触れていこうかと思ってるんですけど。渋谷系とフリー・ソウル、という意味ではウィリアム・ディヴォーンをカヴァーしたマッシヴ・アタックであったり、バーバラ・アクリンをカヴァーしたスウィング・アウト・シスターであったり、というのがあるんですが、ヒップホップやR&Bの世界でも象徴的なものはあるなと思って、一番はやっぱりマイケル・ジャクソン「Human Nature」を使ったSWV「Right Here」のテディー・ライリーによるリミックスですね。あとは個人的な好みを言うと、カラー・ミー・バッドという、一般的にはニュー・ジャック・スウィング寄りのアイドル・グループというイメージだったんですけど、彼らがプリンスの「Crazy You」を琴線に触れる感じ、グッとくる感じで使っていて、そういう曲なんかも今回の『Ultimate Free Soul 90s』に入れたりしてます。流れてきましたね(カラー・ミー・バッド「How Deep」)。
山本:アーバンですねえ(笑)。
橋本:僕らは当時、渋谷を舞台にしてる部分が大きくて、どっちかというとカラー・ミー・バッドとかは六本木にいる人が聴くイメージだったんですよね。僕らはグラウンド・ビートやUKソウルやアシッド・ジャズが好きだとすると、いわゆるボビー・ブラウン的な世界というかニュー・ジャック・スウィングとかは六本木の人たち、みたいな。今の人たちにはなかなか伝わらないかもしれないですが、そういう違いがあって。でも、「Free Soul 90s」ってそういうところも超えてきたいな、って気持ちがあって、当時『Free Soul 90s~Green Edit』に入れたんですけど。
柳樂:そういうのが混ざってた時代っていうのもありますよね。ホイットニーが「I’m Every Woman」をカヴァーしたり、マライア・キャリーが「Got To Be Real」や「Best Of My Love」みたいな曲を演ってるじゃないですか(「Emotions」)。そういう、昔のテイストを持った曲をめちゃくちゃアッパーなポジションの人もやってたっていう、時代の空気はありますよね。
橋本:じゃあ、その流れで90年代R&Bやヒップホップのどこらへんが僕ら的には好きだったか、っていう話をしてこうと思うんですけど。「How Deep」の前にはシャンテ・ムーアの「Free」っていう、デニース・ウィリアムスの『Free Soul Lovers』ってコンピレイションにも入っていた曲のカヴァーが入ってるんですけど。90年代前半はね、ヒップホップ・ソウルって言われるループ感の強い、コード感のあんまりないトラックの上で歌われる、アン・ヴォーグだったりメアリー・J. ブライジだったりが象徴的だと思うんだけれど、そういうのが流行っていて。それがだんだん90年代半ばになってくると、70年代前半のニュー・ソウルを90年代に蘇らせたような、いわゆるニュー・クラシック・ソウルっていうのが出てきて。これはその後のネオ・ソウルって言われる音楽だったり、「JTNC」のメインのトピックになっているロバート・グラスパー周辺にも直接的につながってくる音楽の始まりだと思っているんですが、象徴的なのはディアンジェロの「Brown Sugar」の登場だったんですよね。もちろん、今回は「Brown Sugar」も入ってます(笑)。『Ultimate Free Soul 90s』に関しては、選曲の際に迷ったときは、知る人ぞ知るというような曲よりも、最終的には有名な曲を取りました。で、ニュー・クラシック・ソウル的なものの象徴がディアンジェロの「Brown Sugar」とエリカ・バドゥの「On & On」かなと思います。
山本:ディアンジェロは『Voodoo』収録曲だと他の橋本さんのコンピにも入ってますよね。
橋本:そうですね。「Africa」とか「Feel Like Makin’ Love」とかは、今までのコンピレイションで使ってますけど、90年代感という意味では「Brown Sugar」かなと。当時、いろんなリミックスも出てたりしたし。
山本:ですよね。
橋本:やっぱり僕にとって馴染みやすかったのは、ジャズっぽい要素が入っていたからなんですよ。この曲はトライブ・コールド・クエストのアリが絡んでいて。エリカ・バドゥも、やっぱり「90年代のビリー・ホリデイ」なんて言われて。アルバムもリムショットで始まる感じとかがジャズの意匠みたいなものを感じさせて、当時の僕たちの気持ちに本当に合っていたなと思います。
柳樂:それ以降、オーガニックなR&Bとか増えましたもんね。
山本:僕は『Brown Sugar』よりも、リアルタイムで聴いたのは『Voodoo』と『Baduizm』、この2枚が大きくて。当時のオーガニック・ソウルとかネオ・ソウルとかですね。
橋本:マックスウェルあたりからその流れがあってね。
山本:そうですよね、マックスウェル、ディアンジェロの存在は大きいですよね。
橋本:そう。今だったらアンダーソン・パックの感じとかが「Brown Sugar」が出てきたときっぽいんだよね。21年経って思うのは、「Brown Sugar」初めて聴いたときのことを、この前アンダーソン・パックのニュー・アルバム聴いたときに感じましたね、うん。
柳樂:『Voodoo』とか聴くと完全に90年代以降ていうか、ソウルクエリアンズ〜J・ディラ以降の感じになってるんだけど、『Brown Sugar』はそれ以前のキラキラした感じが残ってるというか。
橋本:歌モノ感というかね。マーヴィン・ゲイとかアル・グリーンとか、スティーヴィー・ワンダーもダニー・ハサウェイもそうなんだけど、90年代のソウル・ミュージックっていうのは、70年代の偉人たちへのリスペクトをストレートに表現するのが多かったと思いますね。『Ultimate Free Soul 90s』もそうだし、21年前にやった6枚のシリーズも、そういうのがすごくたくさん入っています。
柳樂:メアリー・J. ブライジがすげえわかりやすいかなって思いましたね。
橋本:彼女は90年代のソウル・ミュージックの変遷を体現している人なので。ファーストの「Real Love」は典型的なヒップホップ・ソウルのスタイルですよね。で、セカンドからは「I Love You」のスミフ・ン・ウェッスンをフィーチャーしたリミックスを今回世界初CD化っていうことで入れたんですけど、やはりニュー・ソウル的な匂いがしてくる。他の曲ではカーティス・メイフィールドを使っていたり。で、それが90年代後半になるとローリン・ヒルと組んで「All That I Can Say」をやったりっていうところも、当時ディーヴァって言葉が流行ったんですけど(笑)、メアリー・J. ブライジって90年代の流れを体現してる存在だなって気がしますね。
柳樂:ローリン・ヒルより前って感じがしますよね。
山本:うん、ローリンよりちょっと前。
柳樂:『The Miseducation Of Lauryn Hill』とかになるとちょっと空気が変わるけど、その前のもうちょっとバブリーな感じというか。
山本:そうですね。
橋本:ローリン・ヒルは98年、って感じがすごくするね。もちろん、メアリー・Jはそこともリンクしていくんだけど。
山本:ソウルも内向的な志向というか、密室的な音作りも含めて変わっていきますよね。
橋本:『Love Jones』のサントラがまさにそういう90年代的な音楽がたくさん詰まっていて、ローリンの「Sweetset Thing」が入っていたり、カサンドラ・ウィルソンやアメール・ラリューの曲が入っていたり、あとはディオンヌ・ファリスの曲がとても良かったりするんだけど、あの感じに僕は90年代後半を感じていて。99年になるとティンバランドとかが出てくるんで、2000年代を準備する感じに個人的には聴こえてしまって、今回は97年くらいまでをメインに入れてるのは、僕なりの90年代に対するイメージっていうのがあるかもしれないですね。
柳樂:オーガニックな、まあマックスウェルとかもそうかもしれないけど、ミュージック・ソウルチャイルドだったり、ああいうものになってくるとほぼ生演奏じゃないですか。けど、このくらいだと、まだ打ち込みというか。
橋本:R&Bという感じが残ってるよね。
柳樂:そう、まだ完全にそっちに行っていない中間という感じがして。だから、フランキー・ナックルズとかニューヨリカン・ソウルとかと一緒に入っていても違和感がない。
橋本:完全に生ではないってことだよね。
柳樂:だから、ビーツ・インターナショナルとも同居できるっていうか。
橋本:DJが作った音楽とも接点があるってことだよね。
山本:プライマル・スクルームもそうですよね。
柳樂:ディオンヌ・ファリスもすげえわかりやすいですよね。
橋本:今ニューヨリカン・ソウルの話も出ましたが、フリー・ソウルも96年くらいに、ディスコっぽいものとかダンス・クラシック的なものがマイ・ブーム的に流行ってくるんですけど、その頃いちばんかけてたのがサルソウル・オーケストラの「Runaway」って曲だったんですね。ちょうど「bounce」の編集長やり始めた頃に、ニューヨリカン・ソウルっていうプロジェクトをルイ・ヴェガがやる、さらにサルソウル・オーケストラの「Runaway」をカヴァーするって聞いて、その音源が来たときに本当にブルッときたのを覚えてますね。当時はブレイクビーツ・ハウスが出てきて、「The Nervous Track」という象徴的な曲があったんですけど、ルイ・ヴェガやケニー・ドープを中心にハウスが変わっていく時期で、ニューヨリカン・ソウルっていうのはそれを生演奏で偉大なる先達のレジェンド・ミュージシャンと再構成するという一大絵巻で、それがジャイルス・ピーターソンのトーキング・ラウドから出たんですよね。この曲もJ-WAVEすごかったよね。
山本:ヘヴィー・プレイでしたよね。それにしても、このディスク1の選曲の流れヤバイですよね。ははは(笑)。
橋本:ジャミロクワイ〜ニューヨリカン・ソウル〜ブラン・ニュー・ヘヴィーズ〜R.ケリー〜レニー・クラヴィッツ!
山本:そしてオマー。たたみかけましたよね。
柳樂:『J-WAVEヒット』って名前変えても出せそうな。
山本:ここ最近、ずっとお店でこのコンピを流してたんですけど、上がるんですよね。自分も含めて。
橋本:仕事はかどるよね。
山本:元気が出ますね。
橋本:仕事はかどるで思い出すのは、「bounce」をやってた頃に、入稿時期になるとSMAPのベスト盤とか『007』『008』『009』あたりが、ずーっとかかり続けてるのね。あれも仕事はかどるみたいなんだよ。そういう意味で、この「Free Soul 90s」の感覚とSMAPの感覚ってすごく近いんだ(笑)。
山本:でもまあそうですよね。当時、「bounce」でもSMAPの特集とかやってましたよね。すごく面白い切り口でやってたの覚えてます。
90年代半ば、ディアンジェロやマックスウェルの登場で、R&Bシーンの潮目が変わった感じがしたのを覚えている。流行の曲のテンポがどんどん下がっていった、というのもその一つ。R&Bシーンにも先述した“フォーキー”の流れが押し寄せ、それが生音重視のサウンド・プロダクションへと変化していく。ベイビーフェイスがフォーキー化した1996年の『The Day』に続いてエリック・クラプトンの「Change The World」をプロデュース、その曲も収録した豪華ゲスト参加の『MTV Unplugged』、トニー・リッチのファースト・アルバムなどは、時代の雰囲気をよく伝える作品だろう。また、トラディションへの敬意を強く感じさせたエリック・ベネイのデビュー・アルバムや、“ソウルの申し子”トニー・トニー・トニーのサザン・ソウルの香りが色濃く漂う曲が入っていた『House Of Music』といったあたりも忘れがたい。この頃、「bounce」でニュー・クラシック・ソウル特集が組まれていたのを覚えている(というか、バックナンバーを持っています)。そこに真打ち登場という感じで現れたのがエリカ・バドゥだった。一度聴いたら忘れられない声質と気だるく中毒性のあるヴォーカル、アンクやターバンといったアフロセントリックな意匠は、時代が変わったと思わせるに十分だった。サンプリング・ソースにリロイ・ハトソンを使っているあたりも“わかっている”というか、ニュー・ソウルとの共振性を強く感じさせ、僕のような音楽ファンに現在進行形のフリー・ソウルを印象づけた。その後、ディアンジェロとエリカ・バドゥはJ・ディラやザ・ルーツのクエストラヴらとソウルクエリアンズを結成、さらなるネクスト・レヴェルへと向かうが、彼らのセカンド・アルバム『Voodoo』と『Mama’s Gun』やコモンの『Like Water For Chocolate』などは、2010年代のロバート・グラスパー・エクスペリメントなどにつながっていく要素を持った名盤だった。(waltzanova)
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