interview Dayna Stephens - デイナ・スティーヴンス:自分の楽曲は、様々なアーティストによって語られ、歌われる「ストーリー」のようなもの
Jazz The New Chapterでは現代のジャズをより深く知るためにサックス奏者を取材し続けていて、5ではサックス特集をしっかりやりました。その中でもデイナ・スティーブンスにはいつか取材したいとずっと思っていました。
その理由は彼のサックスや作品が素晴らしいこともあるけど、理由はそれだけではなく、例えば、EWI(ウインドシンセサイザー:管楽器のように息を吹き込んで演奏するシンセサイザー)を吹いている現代ジャズ・シーンのサックス奏者としてEWIについて聞いてみたかったこともそのひとつ。
それにデイナは作曲家としても素晴らしいことももう一つの理由。例えば、JTNC読者はみんな大好きであろうグレッチェン・パーラトの『The Lost & Found』のタイトル曲はデイナが2007年に発表したデビュー作『The Timeless Now』に収録されているデイナのオリジナル曲のカヴァーでした。
ただ、彼は難病のFSCGと呼ばれる腎臓の病気を患っていて、JTNCを始めて以降は来日機会がほとんどなかったこともあり、なかなかチャンスが巡ってこず。いつかタイミングが合ったらなどと思っていたら、CORE PORTから国内盤を発売するとの情報が。それならばとオファーして、取材させてもらったのでした。
デイナは1978年生まれで、ロバート・グラスパーやマーク・ジュリアナ、ベッカ・スティーブンスらと同世代。セロニアス・モンク・インスティテュートでグレッチェン・パーラトやリオネル・ルエケらとともに学んで彼らから影響を与え合った仲でもあって、シーンのキーマンの一人。JTNCのような本では紹介しないわけにはいかない人でもありました。
2019年に発表された『Right Now』は内容が素晴らしかったことだけでなく、EWIもがっつり演奏していて、僕の関心ともぴったりだったのも、タイミング的にばっちりでした。(※CORE PORTからの国内盤もあり)
ここではJazz The New Chapter 6にも掲載したデイナ・スティーブンスのインタビューの文字起こしからのほぼノーカットのバージョンを再編集して公開します。サックス特集が掲載されているJTNC5、JTNC6と併せてどうぞ。ここで重要人物として名前が出るマーク・ターナーのインタビューはJTNC5に収録されています。
( 取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 取材協力:CORE PORT )
■EWIについて
――エフェクターを使って音色を変えているサックス奏者も少なくないですが、あなたがエレクトリックなサウンドを出す際にEWIを使っているのはなぜでしょう?
マニュアル車とオートマチック車の違いに例えるとわかりやすいと思います。マニュアル車の方がより多くを自分でコントロールできますよね。サックスの場合、楽器自体の音色が根本にあるけれど、EWIは正弦波、鋸波、三角波の波形を組み合わせることによって音色そのものを自分で作り出すことができます。僕はどちらのアプローチも好きなんですが、個人的にサックスにエフェクターをかけるやり方に関してはやや限界を感じているっていうところで、EWIを使っています。
――あなた以外でよく知られているEWI奏者だとSeamus Blake、Mark Shim、Michael Brecker、Bob Mintzerらがいて、最近だとChase Bairdもいます。あなた自身ののEWI奏者としての特徴について説明してもらうことはできますか?
まず言っておきたいのは、Mark Shimが吹いているのはヤマハのウインドコントローラー「WX7」であり、アカイのEWIとは別物だということですね。WX7は実際に可動するキーがついているんですが、EWIはタッチセンサーがキーになっているので、演奏者としてはWX7はかなり感覚が違う楽器です。でも、演奏で一番重要なのはアーティキュレーション、リズムの感覚、その演奏がおかれた音楽的状況への対応だと私は思っています。
※Justin BrownのプロジェクトでWX7を演奏するMark Shim。
自分のEWI演奏に関していえば、ビブラートを全く使わないところが特徴だと思います。ペダルを使って変化をつけるのが好きなんですよ。僕は自宅でハモンドB3オルガンをもう何年も弾いているんですけど、ハモンドのペダルを使う時のような感覚で演奏しています。あと、僕の場合、アコースティックな編成のバンドの中で唯一の電子楽器としてEWIを自分が使うことが多いですね。EWIもウインドコントローラーも、非常に専門度が高い楽器であり、演奏する人の個性とか、演奏する人の好みが強く出てくると思いますよ。
――EWIに関してはAKAIもYAMAHAも日本の企業で日本人のEWI奏者は少なくありません。日本人で誰か知っている人はいますか?
T-SQUAREにいた本田雅人。彼は素晴らしいと思います。
■SAXについて
――あなたの影響源のSonny Rollins、Grover Washington Jrについて教えてください。
この二人の奏法については研究したことはないんですが、大きな影響を受けています。Sonny Rollinsのサウンド、リズム・アプローチ、自由なタイム感が好きだし、時々見せるユーモラス又はシリアスな部分は稀にみるクオリティです。Grover Washington Jr.は、彼が持っている情熱的なまでのダイナミックさと誠実さ、これが本当に好きなんです。
――他に特に研究したサックス奏者がいますか?
John Coltraneのことはかなりコピーしたんですが、彼だけにしか伝えることのできないストーリーがあるので、それを僕が伝えようとすることはやめようと思いました。そこからは、他のプレイヤーのソロをコピーする場合には、それぞれのプレイヤーが使っている音楽的な言語が何なのかを理解することを意識してコピーするようになりました。その演奏者にしか語れない本物のストーリーをマネすることはしたくないと思うようになったからですね。ジャズのすばらしい点は、自分自身の感情や観点を表現できるところだと思っています。その人の感情や観点は必ずその人固有の独特なものなんです。
――1978年生まれ(※ロバート・グラスパーやグレッチェン・パーラト、マーク・ジュリアナと同世代)のあなたの世代だと大学にいた頃、Mark Turnerの奏法を研究していた同級生も多かったんじゃないでしょうか?
そうですね。マークはぼくにとっての最大の影響をもたらした人の1人です。彼のサウンドや思慮深いアプローチは素晴らしいと思いますし、ハーモニーを通じて絵画を描くような独特のアプローチは本当にすごいと思います。あと、彼の曲作り、メロディーのすごさ、和声面の自由度は、それぞれの楽曲ごとに独自の世界を生み出している点で素晴らしく、そうしたところにもぼくは大きな影響を受けています。マーク・ターナーは最高のアーティストのひとりですね。
――あなたは滑らかでエアリーで柔らかい音色はどのようにして身につけたのでしょうか?
大きな影響を受けたアーティストとしては、Charlie Rouse、Lester Young、Gene Ammons、Ben Webster、Stan Getz、Warne Marsh、Gerry Mulligan、Lee Konitz、Sonny Rollins、Hank Mobley、Joe Lovanoあたりですね。これらアーティストにはいずれも温かみやふんわり感のあるサウンドがあって、僕は彼らのリッチで豊かなトーンに惹かれてしまうんです。明るくてエッジのあるサウンドに惹かれることはもちろんあるし、昔はそうした方向にもチャレンジしたことがありましたが、最終的には温かいふんわり感が好きなんです。ちなみにぼくが最初に身近に個人的に聴いたサックスのサウンドは、ぼくの祖父のElbert Bullockの演奏です。それがぼくに言えることでしょうか。ちなみにLester Youngのことが凄いとわかって敬愛の念を抱くことができたのは大学在学中の時で遅かったんです。卒業してからようやくすごさに気付いたのはDon Byasですね。
――では、影響を受けたサックス奏者の中で意外だと思われそうな人がいますか?
僕がMichael Breckerが好きだというと、意外に思っている目で見られることがあるんです。サウンドについては自分のそれとは違いますからね。だけど僕は彼を本当な偉大だと思っているし、さらに言えばRalph Moore、Stanley Turrentineも実はとても大きな存在なんです。
■ジャズの作曲家について
――あなたが作曲家として影響を受けたアーティストがいたら教えてください。
さっきも触れましたがまずはMark Turner。何人か挙げるとすれば、まずWayne Shorterの音楽は外せません。「Ana Maria」のような魅惑的な曲や、「Sanctuary」のような忘れられないメロディーなど、耳に残るメロディーを書く人です。あと、Brad Mehldauはメロディーとハーモニーのセンスが素晴らしい。彼の曲を聴いていると、その曲が次にどこに行くのか一聴して予想できそうなんですが、いつも予想外のところに連れて行かれる喜びがあります。ここでは深入りしませんけど、聞かれればいくらでも僕が語れるアーティストとしてはKurt Rosenwinkel、Herbie Hancock、Joe Henderson、Chick Corea、Coltrane、Pat Metheny、Charlie Haden、Aaron Parks、Eden Ladin、Julian Lage、Josh Nelsonが挙げられます。
――今、名前が出ましたが、作曲家としてのWayne Shorterのどんなところに惹かれていますか?
Wayneについてはもちろん研究しました。ぼくは2001年から2003年にかけてロサンゼルスのセロニアス・モンク・インスティテュート・オブ・ジャズにいたんですが、そこではWayne本人が講師として来たので、直接学んだり、一緒にレコーディングする機会があって、彼がその場でアレンジや作曲をするのを目の当たりにしたこともあるんですよね。彼は誰も耳にしたことがないけれど、一度聞けば忘れられない新しいメロディーを探し求めている人なんです。
そして、彼の曲は、どの曲もその表現する対象を想起させるようなサウンドになっているところが素晴らしいと思います。たとえば「Witch Hunt」(悪魔狩り)、「Neffertiti」(紀元前14世紀のエジプト新王国時代の第18王朝のファラオの正妃。胸像が残っていて、古代エジプトの美女の1人と言われている。)、「Sanctuary」(聖なる場所)、「Fee Fi Fo Fum」(吸血鬼)、「Over Shadow Hill Way」(UFO目撃について)はまさにそういう曲ですね。
■ジャズ以外の作曲家について
――ジャズ以外の作曲家ではどうですか?
以前、気が付いたことなんですけど、ぼくが聴いて育った好きな曲の多くは数人の作曲者が書いたものだったんですよ。例えば、Burt BacharachやStevie Wonderといった作曲家です。彼らの曲は、型破りな構成になっていることもあるけれど、メロディーがあまりに強力なのでそうした型破りさな部分がまったく気にならない。
その後はRadioheadなどのバンドを聴くようになりました。彼らが作り出すサウンドや世界が好きだし、常に変化し続ける姿勢も素晴らしい。最近になると、アンビエント系やエレクトロニックミュージック系を聴くようになったんですが、そのつながりでArve HenriksenやJan Bangのようなアーティスト、さらにはKiefer、Flying Lotus、Kneebody、Louis Coleみたいなアーティストも聴きますね。それらに共通するものがあるとしたら、どのジャンルにも分類されにくいものに惹かれるところがあることでしょうか。
――クラシックの作曲家についてはどうですか?
カルロ・ジェズアルド(Carlo Gesualdo)は、後期の作品におけるハーモニーの使い方興味深い作曲家です。彼の作品を聴くと、たった三声だけでどれだけ多くの事ができるかを思い知らされます。バッハは、あらゆる角度からメロディーをコントロールできるところがすごいですね。彼の作品はひたすら美しい。ベートーベンは、少ない音符だけで作曲して何千年も称賛されるに値するマスターピースを生み出すことができた驚異的な能力の持ち主ですよね。シェーンベルクに関してもずいぶん聴いてきましたが、彼に関しては作曲技法について研究することはしませんでした。僕は背景をわざと知らないままにして、分析的な聴き方から解放されることも好きなんです。
――あなたの自身のサックスの奏法やフレーズとあなたが書く楽曲の間に特に強い結びつきを感じるあなたのオリジナル曲を教えてください。
ライヴ盤『Right Now』からだと「Contagious」「Lesson One」。
あとは『That Nepenthetic Place』の「Common Occurrences」。
『I’ll Take My Chances』の「Field Of Landmines」。
『The Timeless Now』の「The Lost and Found」ですね。
――あなたは作品ごとにバンドのメンバーを変えていますよね。完全に同じメンバーで録音したのは『Peace』『Gratitude』だけ。作曲や編曲と演奏者との関係はどう考えていますか?
『Peace』と『Gratitude』は同じ2日間のレコーディングセッションで録音されたものなので、リリースは2年間離れているけれど、その繋がりがリスナーにも伝わっていますね。もともと1枚のアルバムを作ろうとしていたんですが、録音を終えたあとで2枚分の材料があることに気付いたから、2枚に分けたってことですね。両アルバムの中でオリジナル曲は、実は「The Timbre of Gratitude」1曲だけです。ただ、どの曲も、ぼくがバンドを念頭に置いてアレンジしています。
自分の楽曲は、様々なアーティストによって語られ、歌われる「ストーリー」のようなものだと考えています。そして、同じストーリーを様々なミュージシャンがその人なりの解釈を加えて演奏してくれるのを聴くのが好きなんです。将来的には共通のテーマで結びつけられた組曲のような一群の楽曲を書いてみたいとも思ってます。
※デイナは2020年に『Liberty』をリリース。インタビューと併せてこちらもどうぞ。
※Dayna Stephens『"Right Now!” LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD』はCORE PORTからの国内盤あります。
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