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太宰の津軽、春樹のうどん


「この本が私をここまで連れてきた」と思い出す旅がある。

太宰治のふるさと

大学3年生の夏休み、「青春18きっぷ」を使って一人で東北地方をまわったことがある。
私は大学で日本文学を専攻していた。理由はさまざまあるのだが、太宰治の「人間失格」に中学時代ある種の「衝撃」を受けたことも大きい。
太宰を育んだ津軽の地を見てみたい。
国内で、仙台よりも北の地域を訪れるのは生まれて初めてだった。

まずは太宰の生まれ育った家を目指した。
最寄りは津軽鉄道の金木駅。私はホームで駅員さんから何やら話しかけられた。

金木


スニーカーの靴ひもがほどけている、と親切に教えてくれたらしい。しかし、彼の身振り手振りでなんとか推測できるレベルだ。
私が西日本出身なので、聞き慣れないということもあると思うが、強い東北弁に驚いた。なんて遠くに来てしまったのだろうか。

斜陽館

太宰の生家は太宰治記念館「斜陽館」と名付けられ、中を見学することができる。

斜陽館チケット


想像以上に大きくて立派で、「太宰は本当におぼっちゃまだったのだなあ」と彼の生育環境に思いをはせる。

足を延ばして竜飛岬へ

このあと、津軽半島の先端、竜飛岬を訪ねた。竜飛漁港の民宿を予約していたのだが、駅からのバスが1日数本しかなく、往復ともに相当待ったのを覚えている。

終点、というか折り返し地点となっている停留所で降りた。
竜飛岬に向かう。天気の良い日は海の向こうに北海道が見えるという。本州最果ての地、と言いたくなる荒涼とした岬だ。(正確には、本州最果ての地は下北半島だが……)当時の日記には「ひとりで来るところではない」と書いていた。

竜飛岬


ここには、階段国道、という自動車が通れない珍しい国道がある。

国道

訪れたのは8月初旬だが、私の知っている日本の真夏ではなかった。
まず、涼しい。むしろ寒い。そして、なんというか景色の色彩が薄い。私にとって真夏とは、濃く茂った緑、ぎらぎら照りつける太陽、真っ青な空と海、というにぎやかな色彩の世界だったが、ここではその色彩がない。全体的にうっすらともやがかかっていてどんよりとしている。
冬だと、どれほど冷たく厳しい世界なのだろうか。

バス停の近く

太宰を育んだのは、こうした景色を持つ津軽。
ふるさとと作品とは、切っても切れない深いつながりがあると思う。
太宰の作品は、あかるい南の国では決して生まれ得なかったのだろうと納得した。

津軽の景色を知った上で太宰の作品を読むと、また味わい深い。

村上春樹に導かれてミコノスへ

村上春樹の紀行文「遠い太鼓」は、私をギリシャまで連れて行ってくれた、思い出深い本だ。
このnoteを一緒に書いている、ギリシャを愛してやまないShokoから、何度か誘われていたが、よし行こう、と決めたのは、この本に描かれるギリシャの島々に魅力を感じたからだ。
なにが楽しみって、炭火焼の魚に日本から持参したしょうゆをかけて食べることだった。(そのときの旅はこちら「遠い太鼓に耳をすませて」

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そして、本に登場するミコノス島の「ソマスバー」も行ってみた。
「遠い太鼓」によると、「けっこう癖のあるバー」。
トルコ生まれのソマスさんが営む。
彼は村上さんが訪れたときにはすでに日本語を勉強していて、「たぶん最近増えてきた日本の観光客をあてにしているのだろう」と書かれているが、書籍のお蔭で「ハルキスト」の日本人がかなり来たのではないか。

我々が訪問した際は、店が混んでいて、ソマスさんとおぼしき人とはなかなか話せなかったのだが、帰り際に彼が我々にそっと近づき「相手ができなくてゴメンね」と日本語で耳打ちしてきた。日本のスナックのママみたいな気遣い、と思った。

ソマスバー


このとき飲んだのが、ウゾというギリシャ名物のリキュール。アニスというハーブを使って香りづけされていて、これまで経験したことのない独特の味だった。薬っぽい香りが最後に鼻から抜けていく。
「遠い太鼓」を読むと、いまでもウゾの香りがよみがえってくる。

ハルキ感激?!ディープなさぬきうどん店


さて。
「春樹巡礼」としてもう1作。
香川県のうどん店「中村うどん」が紹介されている「辺境・近境」だ。

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かつてShokoと、2泊3日で四国の香川や徳島をドライブしたことがある。
二人で四国に行こうと決めたとき、真っ先にこの本を思い出した。
私はプライベートでも仕事でも、何度も香川を訪ねたことがあって、その度にさぬきうどんを堪能してきた。

チェーン店風のところ、田舎にぽつんとある、農家の温室を改築したようなところ、ビジネス街にあって昼時にはサラリーマンでぎゅうぎゅうになるところなどなど。


しかし村上さんに「ここは文句なしに凄かった。ディープ中最ディープ」と言わしめた中村うどん、いつか必ず行きたいと思っていた。
なんでもかつては、客が店の裏にある畑からネギを引っこ抜いて自分で刻んでいたとか。

そして向かった中村うどん。
私の愛車にはナビなどなく、当時スマートフォンもなかったため、地図が頼りだ。
これがわかりにくいのなんの。。。


田んぼの中に見つけてたどりついたときには、ものすごい行列。
基本的にさぬきうどんは客の回転が早いのだけど、それでいてこの行列というのがすごい。

行列


1時間以上並んだだろうか。ようやく順番が来た。
刻んだネギはたっぷりあったので、ちょっと安心した。

ねぎ

何玉か注文して天ぷらを選び、ねぎや天かす、おろししょうがなどを自由にトッピングする。客は思い思いに店外のベンチなどに腰かけて食べる。


うどんは、ものすごくおいしかった。こしがしっかりとあって、王道の「ザ・さぬきうどん」だ。
そして、安い。(500円あれば食べられる)
とにかく麺を味わってほしい、という店なのだろう、接客は適当だけど(さぬきうどんはこういう店が多い)、本当においしいうどんだった。

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ちなみに村上さんは、エッセイの軽妙洒脱な感じと、小説の世界観とが全然違うので、そのギャップに最初はちょっと戸惑う。
謎の羊男に出会ったり、1Q84 年の世界に入り込んでしまったり、あれだけ深く、複雑な世界を淡々と描いていて、大丈夫なのかしらと思ってしまうのだが、エッセイを読むにつけ、きっとまあ大丈夫なのだろうと勝手に安心している。

(text;Noriko, photo;Noriko,Mihoko)©elia


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