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#10 Hyper Text Markup Language(10章全文掲載)

 梅村修平は、足裏の形通りに乗り、台から伸びるスティックを両手で握った。

「View Body」と呼ばれるこの機械は、ビジョンセンサーで捉えた人体情報から、あらゆるデータを抽出できる測定器だ。
 体温、心拍数、血圧などのバイタルデータ、体脂肪率、骨格筋率、基礎代謝、骨密度などの身体組織、身長や腹囲などの身体サイズ、基礎体力や関節の柔軟性など運動能力と体質に関するものなど、抽出データは多岐にわたる。View Bodyの結果はスマホなどの端末に転送され、自分の身体情報をいつでも確認できる。

 スマホが鳴った。修平は通知音を遮るように操作したあと、送られてきたデータを見るまでもなく、ポケットにしまいこんだ。直前に測定が終わっていた水町佑介は、少し驚いた様子で修平を見た。自分のデータに興味がないのだろうか。

 佑介はもう一度スマホに目を落とした。あまりじろじろ見るのも失礼だと感じたからだ。それにしても、あらゆることに対して、無関心な奴だ。誰とも目を合わせようともしない。あの煩い空翔ですら、何を話せばいいかわからない様子だった。

 「まぁ、いいだろう。こいつは相手にする必要はない」佑介は心の中でそう呟いた。


 Cyber FCへ参加希望を表明した大きな理由の一つは、「将来性」だった。金丸健二が始めたプロジェクトということにも引っかかったが、何よりも情報空間でのやりとりや最新のデバイスを使った取り組みという点に惹かれた。ここで自分は誰よりも輝くことができる。合理的にそう考えた結果だ。

 この場所で金丸に認められれば、より広い世界に出られるかもしれない。世の中は所詮コネクションが重要なのだ。まずは集まった人間の実力を知ろうと努めているが、思ったほど大したことはない。スペイン語を話せる2人が特殊な以外は、きわめて感覚的な人間ばかりに見える。

 佑介はサッカー選手で成り上がる野心は持ち合わせていない。一方で、早くから指導者になるという目標を持ったうえで、このプロジェクトで情報収集をしようと考えたのだ。部活を辞めることもなく、病欠を理由にこの1泊2日のプログラムに参加している。

 プレーで頭ひとつ抜け出すことは難しくとも、最初から試合で勝てる見込みの少ないプロジェクトだ。金丸との太いパイプを作る以外に、特にメリットはない。もちろん、周囲の人間と「仲良く」することにおいても同じことだ。佑介は、ふん、と鼻を鳴らし、更衣室へ向かった。

 着替え終わった選手から、ポツポツとグラウンドに集まり始めた。照明には既に明かりが灯されていたが、夕日が明るく照らしているため、眩しいぐらいだ。

 中央には、途中合流した萩中がボールを揃えていた。早朝にFC MARUGAME U-15のトレーニングを終え、先ほど町田大学に到着したばかりだ。ピッチ脇にいる中岡に、到着早々ウォーミングアップを任された。年齢が近いコーチが行うだけで、選手に安心感を与えられると言っていたが、本当は客観的に見られる位置から観察したいのだろう。それでも萩中にとっては前向きな経験だ。ウォーミングアップとはいえ、ユースカテゴリーを指導したことはない。良い指導実戦の場だ。

 最後に測定を行ったアンヘルが出てきたことを確認し、萩中はピッチ中央に選手たちを集めた。簡単に自己紹介を済ませ、ボールポゼッションを中心とした、システマティックなトレーニングを行った。トレーニングの途中には、何度か笛を鳴らし、立ち位置について細かい説明を加えた。説明は論理的であり、わかりやすく、大きく頷く選手もいた。

 一方で、青坂慶は、萩中に聞こえるか聞こえないかの声で、「体動かしてぇ」とぼやいた。萩中はその声を聴き逃さず、慌てて結論を示し、トレーニングを続けるよう指示した。

 ウォーミングアップが終わり、萩中は慶に近づき、「説明が長くてゴメンね」と言った。

 慶は冷めた表情のまま、「あっちで何度も聞いたような話だったんで。それより体動かしたかったし」と皮肉交じりに笑った。「あっちってスペインだよね?スペインでプレーしてたってすごいね」と萩中が続けると、慶は軽く会釈をし、その場から立ち去った。


 萩中は言いようのない孤独感に包まれた。自分の中で、「スペイン」に対するコンプレックスが、さらに大きくなっていくのを感じていた。



 紅白戦は、中岡の指示のもと、チーム分けがなされた。メンバーに関しては、View Bodyのフィジカルデータを参照し、本人の希望ポジションを加味しながら構成された。GKを起点に、1-2-3-1のフォーメーションが組まれ、両チーム共通のフリーマンには、拓真が選ばれた。中でも皆が驚いたのが、空翔のGK抜擢であった。

 「キーパーなんてやったことないけど、まぁ、バスケと似てるし、俺に合ってるかもな」

 空翔の楽観的な態度はチームメイトを不安にさせたが、試合が始まると、その不安を一蹴させた。至近距離のシュートに対しても物怖じせずに飛び出し、セービングの反応も速い。不安視された足元の技術は、とてもサッカーをやったことがないとは思えないほど滑らかで、丁寧な配球だった。同じチームのCBに入ったアンヘルも、しきりに
「Muy bien Sorato! (いいぞ空翔!) 」を繰り返した。

 拓真は持ち前の運動量を活かし、あらゆる場面でボール保持側のチームをサポートした。シンプルなプレーを続けていたかと思うと、相手の出かたに応じて運び出しや突破のドリブルを駆使し、チャンスを演出した。

 中でも驚かされたのがアンヘルのプレーだ。相手の攻撃の目を摘むためのインターセプト、状況に応じたラインコントロール、相手シュート場面での誘導、どれをとっても実力は頭一つぬけていた。空翔のパフォーマンスの高さはアンヘルの守備力の高さに起因している。空翔への気配りをしながらプレーができるほど、まだまだ余力を残しているのだ。

 水町佑介は焦りを感じた。せっかくアンヘルと同じチームになったにも拘らず、肝心のアンヘルと眼が合ってもパスが向かってくることがない。これでは金丸へのアピールどころか、試合への出場も危うい。
 一方で、「相手にする必要がない」と思っていた梅村修平は、アンヘルからのパスを何度も受け、決定機を作った。無口な青年は、ピッチに入った途端に顔つきが変わり、アンヘルがボールを持つ度にDFの背後へのスプリントを繰り返した。これにはCBに入った青坂慶も手を焼いた様子で、ハーフタイムにアンヘルに近づき、「Desaparece de la vista (彼は視界から消える)」と呟いた。


「想像以上に良い選手ばかりだな」

気づけば、コートの反対側で試合を観ていた金丸が隣にいた。

「ああ、本当に想像以上だ。彼らみたいな才能の芽を摘まれた人材が日本にはゴロゴロいるんだろうな」中岡は遠い目をして言った。
 「それを救うのが俺たちの役割だ」金丸の言葉に、中岡はピッチを見つめたまま頷いた。
 
「拓真なんかがユースに昇格できなかったのが信じられないよ。技術も認知力も高いし、中学時代は何が足りてなかったんだろうか?」中岡が金丸の方を向き訊ねた。
「身長だよ」
「えっ?」
「あいつは高校に入学してからの2年間で12cmも身長が伸びたんだ。あいつが所属していたジュニアユースのチームに連絡して、それとなく探りを入れたよ。昇格するにはフィジカルが足りなかったってさ」
「フィジカル・・・」

「何をもってフィジカルなのか。あたりが強い、足が速い、高く跳べる。フィジカルはそれだけじゃない。適切なタイミングで適切な場所に歩を進められる。認知行動のうえに成り立つフィジカルだって存在するんだ。表に現れているフィジカルの要素だけで、あいつの昇格は取り上げられた。俺は絶句したよ。日本もまだまだそのレベルなのかってね」

「勝負に勝っていかないと評価されない現実もある。そうしたジレンマから不安感が勝り、即効性のある育成を選択してしまうんだろうな」
「もっと大きな視野を持つべきだ。日本全体が海外のトップレベルに勝つために、何が必要なのか。そのためにも俺たちがたたき台を示す必要がある。拓真は非常に良いモデルケースだ。あいつの成長はこのチームの鍵になり、ひいては、日本サッカー成長の鍵になる」
「俺もそう思うよ」中岡は、金丸の目を見て頷いた。

「そこにアンヘルが加わってくれたのが大きい。拓真を含め、他のプレイヤーがスペインの良し悪しを学んでくれるだけで、このプロジェクトは一気に加速する。青坂慶の存在がさらにそれを引き立たせることになる」
「ああ・・・理解しているよ」中岡は含み笑いを金丸に向けた。

「梅村修平も良い。寡黙なタイプだが、あれだけスプリントを繰り返せる選手はなかなかいない。そして、そのタイミングがとても良い。言葉や声に出して自分を表現することばかり求められるこの社会で、寡黙なタイプは不利になることが多いが、彼のようなタイプは頭や心の中で創造しているものが多いように思える。それをうまく引き出し、認めてやることが大切なんだろうな。ピッチに入って彼のプレーを観て、改めて感じたよ」
 「他のプレイヤーも、それほど目立った特徴はないけど、十分四国予選で戦えるレベルにある」
 「ああ、俺もそう思う。ただ、一つ気がかりなのはあいつのことだ・・・」

 金丸の視線の先にあるのは、初めてアンヘルからのパスを受け、シュートを打って人一倍はしゃいでいる水町佑介の姿だった。



 ホワイトボードの前で萩中は、本日のウォーミングアップの意図を丁寧に説明した。

 「アップに関しては、それぞれの認知、技術レベルを確認するために、少し難解でしたが、ポゼッションを中心としたトレーニングを行いました」
 「思っていたようなトレーニングになった?」金丸が訊いた。
 「少し説明が長くなってしまったところはありましたが、概ね見たい現象は起こせたと感じています」
 「そうか」金丸は短く応える。
 「続いて、僕からの提案ですが・・・」

 萩中はCyber FCにおけるプレーモデルについてのプレゼンテーションを始めた。選手の特性が把握できたいま、VRにプログラミングするうえで、プレーモデルが重要になる。金丸と中岡よりも先にプレーモデルの原案を用意することで力になりたいという思いからの発言だった。説明を一通り終え、金丸が口を開いた。

 「中岡はどう思う?」
 「そうだね・・・ちょっと肩の力が入りすぎかな」
 「えっ?」予想外の言葉に、萩中が狼狽した。
 「2人からあれこれ言われても気の毒だから、ここは金丸に任せるよ」そう言って中岡はミーティングルームをあとにした。

 「慎吾、さっきの中岡の言葉を聴いてどう思う?」
 「どうって言われても・・・確かに多少緊張はしましたけど、自分としてはやれることはやったので・・・」
 「トレーニングの主軸はどっちに置いてる?慎吾のパフォーマンスか、それとも選手たちパフォーマンスか?」
 「それは・・・」萩中は言葉を詰まらせた。

 「丸亀から東京まで移動してきて、到着早々ウォーミングアップを任されて、よくやったと思う。ましてや俺や中岡が観ている状況で、指導実戦のような感覚で行ったかもしれない。でも、いつでも考えなくちゃいけないのは、目の前の選手たちのニーズじゃないのかな?」金丸は柔らかく続けた。

 「フリーズの時に青坂慶とやり取りがあったと思う。距離が遠かったから詳しい会話は聞き取れなかったけど、恐らく説明が長いとでも言われたんじゃないのか?」
 「・・・はい・・・」
 「彼らにとっては、初顔合わせでお互いのことも知らず、移動や説明会もあって、少しでも多く身体を動かしたいと感じていたはずだ。そうした心の動きを察知して、彼らの視座に立って物事を考えられるようになれば、もっと良いトレーニングができたと思うよ」萩中は黙って頷いた。

 「そして、もう1点はプレーモデルについてだ。これはお前に、単なる“プレーモデル厨”になってほしくないから、強調して言う。お前がさっき説明してくれたプレーモデルは、よく整理されていて、説得力のあるものだと思う。ただ、あれは、クリーン・プログレッションのみについて言及されたプレーモデルで、プログラムとしては止まってしまっているんだよ」
 「どういうことでしょうか?」

 「語学を例に挙げよう。お前は学外でも語学の勉強を頑張っているよな?欧州への憧れもあってか、英語の勉強を頑張っている。ところが、この間、FC MARUGAMEの練習を視察に来たオーストラリアのクラブの関係者たちを前にして、思ったような会話ができたかな?」
 「いえ、全然会話が成り立ちませんでした。単語やイディオムの暗記は毎日しているのですが・・・」
 「それがそもそものエラーなんだよ、きっと」
 「えっ?」

 「お前もわかっているように、言語空間は無限に広い。ネイティブスピーカーにおいては、4万語ほどの単語を知っている。その広い言語空間を暗記的ラーニングで埋めていって、果たして効果的だろうか?例えば、使用頻度の高い名詞、動詞、形容詞などをそれぞれ100個ずつほど覚え、その組み合わせの回路を作るような学習方法を選んだとする。実際に外国人と対峙して、先ほどの方法とどちらの方が応用が利くと思う?」

 「後者の方ですね」

 「それはプレーモデルについても同じことが言えるんだよ。単語やイディオムをいくら覚えても、それと全く同じ状況が起きないと上手に使用できないように、プレーモデルも、うまくいかなかった時を含めてプランニングするべきなんだ。1つのプログラムを作動させて、そこで止まってしまうプログラムは機能的ではない。思っていたプレーモデルがうまくいかなかった時が本番だというプレーモデルを作ることが、求められることだ」

 金丸は萩中の目を見て、真剣に話をした。欧州に端を発したプレーモデルという言葉について興味を持つ人間は多い。だが、モデル化とは本来、複雑性の縮減のために行われるのであって、複雑に議論を重ねるための材料であってはならない。萩中に、その輪の中から抜け出し、プレーモデルの本質を捉えてほしいと願って、プレゼンテーションまでさせたのだ。

 「いつも気づかされてばかりです。本当に勉強になりました」萩中が頭を下げた。
 「俺は論破したいわけでも、お前に頭を下げてほしいわけでもないよ。ただお前が良い指導者になるためのリファレンスポイントを示しただけだ。これがお前に対する、俺のプレーモデルなんだよ」金丸につられて、萩中も笑顔になった。


 Cyber FCのプレーモデルがようやく作動する音を鳴らした。


# 11  Wearable Technology(11章全文掲載)   https://note.com/eleven_g_2020/n/nc1ef5817b630


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11


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