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#11 Wearable Technology(11章全文掲載)

 討論が深夜まで続いたにも拘らず、朝の目覚めはスッキリしていた。よほど頭が疲れていたのだろう。深い眠りのおかげで、身体の疲れはあまり感じない。

 萩中は部屋にある小型の冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、スマートカップ「Vessey」に注いだ。水分をカップに注ぐと、素早く中身を認識し、注いだ量、カロリー、糖分、たんぱく質、カフェインなどの成分の内訳に関するデータがスマホアプリに転送されるようになっている。

 最初は興味本位で細かくデータを追っていたが、途中からは飽きてしまった。若いうちから健康に気を遣ってと頭では思っているが、活力のある身体が言うことを聞いてくれない。ついつい授業の合間に糖質たっぷりのチョコやドーナツをつまんでしまう。もちろん、コーラやエナジードリンクも例外ではない。

 「普通の」と形容されるような人間になりたくないと思い、あえてコーチングの世界から遠い社会学を選んだ。金丸に直訴し、FC MARUGAMEのコーチになることもできた。行動してきたという自負はある。

 だが一方で、昨日の議論のように、「人と違う視点だ」と考えていたことが、大きく括るとマジョリティーの一部であった、なんてことばかりだ。結局は、自分が一番嫌いな「普通の」人間に、気づけば近づいていっている。対義語が「特別の」だとすると、甘いものすら自制ができない自分がそこにたどり着くはずがない。

 朝からネガティブな感情になったな。萩中は一つため息をつき、カップに入ったオレンジジュースを一気に飲み干した。カップをテーブルに置いた直後に、萩中の部屋のドアが2回コン、コンと鳴った。朝から誰だろうと思い、ドアを開けると、そこには中岡が立っていた。


 「朝早くからゴメンね。昨日の話聞いたよ。大丈夫かなと思って来てみた」
 「気遣ってもらってすいません。中、どうぞ」
 「ありがとう」
 
 部屋に招き入れたあと、中岡は椅子に、萩中はベッドにそれぞれ腰かけた。
 
 「金丸から話は聞いたよ。コーチングとプレーモデルのことをね」
 「金丸さん、何か言っていましたか?」
 「萩中くんが心配するようなことは何もないよ。誰もが通ってしまう道を歩いているだけだ。熱心さが故だってね」
 「そうですか・・・」
 「金丸と俺にあれこれ言われても混乱すると思うから、俺からは一つだけ言っておくね。萩中くんは、もっと自信を持った方がいい」
 「えっ?自信なさそうに見えますか?」
 「見える。正確に言うと、自信の無さを言葉でうまく隠そうとしているように見える」

 中岡の鋭い指摘に、萩中の心拍数が上がった。TOKIWAでこのような話をされたことは一度もない。

 「恐らく、欧州に対しての憧れが強いんだろう。プレーモデルのことや、スペインにいた二人への反応を観ていてもよく伝わってきたよ。自分のやってきたことへの疑いや、今の自分自身の考え方に迷いもあるのかもしれない。でもね、人は人だし、欧州は欧州なんだよ。今の自分がいくらトレンドを追いかけていても、それを産み出す側に回らない限りは、永延に情報の奴隷だ。あまり周囲に囚われず、萩中くん自身の良いところに目を向けて、自分が生み出す側に回ってごらんよ。そうすればきっと現状の外側に向かえると思うよ」 

 萩中は、自分の視界が広がっていく感覚があった。昨日の金丸の言葉を受けて考えていたモヤモヤが、中岡の言葉によって整理され、今自分にストンと落ちてきたのだ。

 「ありがとうございます。確かに、色んなことに囚われていました。もう少し、自分の心を掘ってみることにします」
 「そうしなよ。金丸もめちゃくちゃ期待していると思うよ」中岡はそう言い残し、部屋をあとにした。


 水町が部屋に入ると、神妙な面持ちの金丸が座っていた。呼び出された時は何のことかさっぱりわからなかったが、のしかかる重たい空気に、嫌でも察しがついた。

 「朝早くから悪かったな。座ってくれるか?」
 「はい・・・」水町は身体を強張らせた。
 「俺が知りたいのは1点だけだ。Cyber FCのプロジェクトに対して、真剣に取り組む意志があるのかどうか。それが聞きたい」
 「・・・もちろん、あります。どうしてですか?」
 「昨日、萩中がmurmurarでこんなものを発見してね」

 金丸が水町に見せた画面には、匿名のアカウントのテキストが載せられていた。そこには、Cyber FCのチームに参加し、指導者として金丸との結びつきを強めること、部活を休んでいることなどが記されていた。

 しまった、鍵をつけるのを忘れていた。そう思いながら、水町は、恐る恐る金丸の顔を見上げた。金丸は思いのほか冷静な表情のまま、静かに語りだした。

 「佑介は非常に頭が良いと思う。VRの時の感想にしてもそう。周囲に対しての声かけにしてもそう。行動を取ってもそう。常に合理的な振る舞いをしている。ただし、この合理性に関しては認められない」金丸の言葉が少しずつ強くなってきたのが、水町にはわかった。

 「もしも指導者になりたいのであれば、誠実に人と向かいあうべきだ。時として、選手の行動は合理性に欠け、こちらの予想を上回ることが起こる。頭の中でどれだけ緻密なプランを作成しても、たった1つの嘘を見破られて、選手に見放されてしまっては台無しなんだよ。情報収集なんて、指導者の活動のごく一部だ。ましてや、コネクションなど、君自身に実力がなければただの知り合いにすぎない。大事なのは誠実に目の前の人と向き合っていくことなんだよ」
 「そうですね・・・」水町はわざと目線を逸らした。

 「ただし、だ。今の時代はショートカットができる。何もすべてにおいて時間をかけることが誠実さではない。何に比重を置くかによって、君の哲学は決まると思うが、人に対しては時間とコストをかけてほしい。これだけは伝えたい。俺から言うことはそれだけだ。あとは君の選択だ。部活を辞めてでもこのプロジェクトに参加したいのであれば、俺ももう一度考え直す」金丸の問いに対し、水町は間髪入れずに答えた。
 「いえ、結構です。SNSに鍵をつけなかった僕のミスでもありますし、責任は感じています。その責任を取って辞退します」
 「そういうことを言っているわけじゃない。責任という言葉をはき違えないでほしい」
 「あ、もう大丈夫です。部活に戻るので、これで失礼します」そう言い残し、水町は席を立とうとした。その時、突然ドアが開き、萩中が部屋に入ってきた。

 「盗み聞きみたいで悪かったけど、その態度はないぞ」萩中は声を荒げた。金丸はすかさず萩中を制し、水町の退室を促した。

 
 「金丸さん、なんで止めないんですか?」
 「今の彼を止めても、彼の現状は何も変わらない。彼の頭の中は情報で埋まっている。言葉は入っていかない。自分の犯した過ちを認めず、ミスに対して開き直る。責任という重い言葉を使ったが、そんなものは、やらないための言い訳だ。彼には結局包摂される社会が存在するんだよ。部活に戻ればみんなが迎えてくれる。こっちの情報を持って帰ればちやほやしてもらえる。だから現状から逃げ出す方を選ぶんだ。それを無理矢理引き留めて、いったい双方に何が残る?冷たく聞こえるかもしれないが、彼が目的としていた人間から突き放されることで、彼自身が今後変化するための叩き台にしてほしい。俺にはそう考えるだけしかできない」

 萩中は、怒りの感情の中にも、金丸の言葉がまるで自分自身に言われているかのように感じた。どことなく、水町は自分に重なる部分があるのだ。だからこそ、逃げ出した彼が腹立たしく思った。

 「俺の規定した考えの中で生きるより、彼自身の世界を創りあげる方が居心地が良いのかもしれない。そんな価値観を認めてやりたい気持ちもあるんだよ」

 萩中は自分自身の感情の揺れに自分がついていけず、頭を抱えたまま部屋を飛び出した。


 萩中の背中を見つめながら、金丸は改めてプロジェクトを通じて自分が何を成し遂げたいのか、自問自答を繰り返した。


 グラウンドには、町田大学Cチームの選手たちの姿があった。Cyber FC初の練習試合の相手にとって不足はない。まずは自分がやりたいプレーと、他の選手と協力して作りたいプレーをピッチで探すこと。中岡は選手たちにそう語りかけた。

 「お互いを知ることが大事です。こうして集まった大きな目的の一つですから。そして、相手を観ること。相手に応じて自分たちが少しずつ変わっていく。柔らかい芯を持ちましょう」

 ミーティングの前には金丸から水町についての話が合った。詳細は割愛したが、「自分の判断で帰した」という点に関してハッキリと伝えた。プロジェクトに対しての真剣さを伝えたいという金丸の思いだった。

 選手たちはCatpulled社のGPSバンドをつけ、その上からユニフォームを着た。走行距離、走行スピードのほか、加速・減速、体の傾き、さらに方向転換のデータを取ることが主な目的だ。
 
 キックオフ直前になり、ピッチ内に選手が散っていった。中岡が「便宜上」と前置きしたうえで、システムはGKから数え、1-4-4-2の並びになった。

 前島空翔はGKに入り、CBはアンヘルと、身長は高くはないがスピードがある山田雅司が務める。両サイドバックには、1V1が強い一方で上下動に欠ける、同じような2人が配置された。右の須長祐二と左の中島圭介だ。今井拓真は青坂慶と共にボランチに入り、両ウイングには馬力のある突破が魅力な北口雅人と成瀬亮介が並んだ。梅村修平が2トップの一角を担うこととなり、相方には同タイプの緋田零士になった。

 「線対象に同じようなタイプが並んでいるな」萩中は率直にそう思った。何か意図があるのだろうか。

 対する町田大学は、1-3-5-2のシステムを敷いた。ウイングが下がり気味になり、5バックになる傾向がある。四国予選で対戦するチームにも同じ傾向が見られるため、意図的にマッチメイクしたのだ。撮影用のドローンを萩中が上空に飛ばし、いよいよ試合のキックオフの笛が鳴らされた。
 
 試合序盤から主導権を握ったのは町田大学だった。Cチームとはいえ、関東大学リーグ2部に身を置く強豪だ。全国から猛者たちが集まっている。小気味良くパスを回し、あっという間にCyber FCのゴール前に迫る。プレスラインが定まらず、何度も押し込まれるが、ギリギリのところで守備陣が守り、決定機を作らせない。アンヘルはしきりに前方に対して声を出した。

 「前から行け!連動だ!」アンヘルの声を受け、慶もあとに続いて叫んだ。意図とタイミングがマッチした時には、相手ボール保持者周辺のスペースを圧縮することには成功したが、闇雲に突っ込んでしまうために、キック力のある大学生はひと蹴りで背後を狙ってくる。

 コンパクトさを維持しようと努めても、2列目から走る選手のスピードが速く、慌ててラインを崩しながらクリアをすることで、セカンドボールを拾われて再び押し込まれてしまう。前半15分過ぎにまた前方と後方のプレス意図にズレが生じ、間延びした中盤を巧みに使われ、サイドからの展開から失点を喫した。空翔はとてつもない身体能力で一度ボールに触れたものの、セカンドボールを相手に押し込まれてしまった。

 そこからの展開は見るも無残だった。マイボールになればボールと自分の関係だけのプレーに終始し、背後からのプレッシャーによって突かれ、ボールをロストしてしまう。奪い返されたボールは即座に逆サイドに展開され、厚みのある攻撃から再び失点を許した。防戦一方の戦いに疲労が見え始め、3点目の失点を喫したと思ったが、オフサイドの判定に救われた。30分間の前半が終了し、0-2でハーフタイムを迎えた。

 アンヘルと慶はしきりにディスカッションを繰り返す。周囲との温度差は明らかだった。不安と絶望感に押しつぶされそうな他の選手は、黙って下を向いた。空翔と拓真は必死になり声をかけた。

 「まだまだ、2点差ですんだんやで?いけるって!」
 「そうだよ、うちらがボールを持てていた時間帯もあったじゃん!」

 そんな励ましの言葉を遮るかのように、青坂慶が二人を睨みながら言った。

 「いい加減にしろよ。前半うまくいかなかった原因はお前らにあんだよ。後ろからコーチングもしないGKに何の意味がある?あ?ボランチが勝手に持ち場を離れてどこかに行ったら、中盤がスカスカだろうが。立ち位置ぐらい守れよ」
 「おい兄ちゃん、えらい言いようやな。そこまで言うならこっちも黙ってへんで。お前も言うほど何も貢献してへん。立ち位置、立ち位置言うてるだけで、結局相手の影に隠れてボール受けれてへん。口ばっかりや」
 「なんだと・・・」

 「もうやめろよ!感情的になる言い合いに何の意味があるんだ!俺たちが考えないといけないのは、誰かのせいにすることじゃなくて、相手にどうやって勝つかじゃないの?」拓真が必至の形相で訴えた。

 「セニョールの言う通りだね。タクティカにも問題はあるけど、もっと問題があるのは、良いコムニカシオン、相手に勝つための話し合いをしていないことだ」アンヘルが初めて口を挟んだ。
 「ケイ、君もスペインで何を学んでた?僕と話していたことと全然違う。ソラトの意見ももっともだ」
 「なんだと?」慶が言い返そうと構えた時に、それまで静観していた中岡が口を開いた。

 「初めて出会って、ここまで熱量を持ってぶつかり合える。素晴らしいことじゃないですか。話を聴いていましたが、問題の根本は、基準がないこと、にあるようですね。それだったら、まずは相手の変化に応じた基準点を設けましょう。下を向いている人たち、自信を失う必要はまったくありません。後半に一つでも変化の兆しが見えれば、それが自信となるはずです」

 中岡は全員の目を見て改めて言った。

 「ここまでは、ハッキリ言って想定内ですから」


# 12  CON-TEC   https://note.com/eleven_g_2020/n/nd1b973fb4be0


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11

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