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#12 CON-TEC(12章全文掲載)

 萩中が両手で持つタブレットからは、攻撃シーンと守備シーンの動画がそれぞれ2つずつ流された。どれも15秒ほどの短い動画だが、前半の課題がうまく抽出されたものになっていた。ドローンの力は圧倒的で、俯瞰の映像からは選手たちの細かい動きのすべてが観察できた。

 「この映像の編集って、萩中さんがやられたんですか?ドローンの撮影をしながら?」拓真が萩中に問いかけた。
 「それは無理だよ。ドローンを操作しながらだからね。実はドローンにWi-fiが搭載されていて、リアルタイムの映像がとあるパソコンに飛ばされているんだ。そのパソコンの持ち主が前半の間に映像にタグをつけて、カットしてる」
 「すごいですね。遠隔で映像をカットしてるなんて。誰がやってるんですか?」
 「それはまだ言えないんだよ。悪いけどね・・・」
萩中は言い終わると同時に、中岡が話し出す様子だと拓真に目配せした。中岡も萩中と同様にタブレットを手に持ち、みんなに向かって語り始めた。

 「こちらが前半の走行距離などのデータです。今、萩中くんから映像を見せてもらったと思いますが、こちらのデータと併せて、戦い方の基準を皆で決めましょう。攻撃面、守備面それぞれ1つずつで構いません。ハーフタイム終了まであと6分少々ですね。それだけあれば十分でしょう」

 中岡がそう話し終えると、何人かの選手は互いの顔を見合わせた。

 「その基準を決めるのが監督じゃないんですか?」

 皆が思っていることを口にした選手がいた。声の先に目をやると、そこにいたのは右サイドバックの須長祐二だった。

 「それは須長くんの中での監督という価値観です。一般的に正しいこととは理解できますが、このチームにおいては少し違います。集まった理由をもう一度考えて、自分たちで基準を決めて下さい」中岡が突き放すように言った。

 「そんな・・・」祐二が驚いていると、拓真がその肩を抱いて言った。
 「大丈夫。監督を信じようよ。きっと意図があるんだ」
 「拓真の言う通りや。監督信じてやるしかない。そうやってみんな集まってきてんねんからな。アンヘル、お前はどない思うん?前半の問題点は?」空翔が拓真に続いた。

 「僕は守備に関して気になることがある。映像からも明らかだが、守備の高さが定まっていない。共通の意識がない。だから奪えないを繰り返す。守備の比重が高かったにのも拘らず、走行距離が多い。無駄に走らされている。どの時にどの高さで守備をするかを決めるべきだ」アンヘルは理路整然と語った。あまりの説得力に多くの選手はアンヘルに見入ってしまった。

 「俺もアンヘルと同意見だ。背後に抜けられてもなんとかスピードでは追いつけるけど、押し込まれた時がやばい。フィジカル差で押し切られる。前半よりも前線の規制を強くして、前進させないようにしてほしい」もう一人のCB山田雅司が力強く言った。

 「そうなってくると自ずと攻撃の形も見えてくるな。高い位置から規制をかけて奪って、素早くカウンターに移行する。前半からFWのあいつが背後へ何度もスプリントしてて、相手はそれを嫌がってるのがわかる。そこはチャンスになりそうだ」ウイングの成瀬亮介が皆の顔を見て伝えた。拓真は驚いた。これまで発言の少なかった選手たちが、次々に意見を述べ始めた。頭でではなく、身体を動かしたことによって、心が語りたがっている様子だった。
 「よっしゃ、後半は前からしっかりプレスかけて、奪ってカウンターや。みんなで気持ち合わせていくで。ええな?」空翔はあえて慶の方を向いて大きな声で言った。慶は黙って横を向いたまま、2度首を縦に振った。
 
 前半とは打って変わり、Cyber FCは溌溂とプレーした。前線から積極的にプレッシャーに行った結果、自然とコンパクトネスが形成され、中央のスペースに簡単にボールを入れられなくなった。最初の10分間で、相手のボールロストからカウンターを狙い、梅林がシュートを打つシーンを2度ほど作った。しかし、ゴールまでの距離が遠く、GKに軽々とキャッチされてしまう。キャッチされたボールをフィードされ、逆カウンターのような形で攻め入られるシーンも目立ったが、両ワイドの選手たちが機転を利かせて中央へ良いタイミングで絞り、自陣へ侵入される前にプレッシャーにいく状況が続いた。
 「この調子だったら後半は逆転できる」拓真が良い感触を得たその時だった。相手ベンチから指示の声がとぶ。

 「前3枚!幅取って固めろ!1列目素早く越えて背後!」


 立ち上がりの10分間を観てフォーメーションを変えてきた町田大学に対し、Cyber FCはまったく対応ができなかった。相手のワイドの選手が大きく幅を取り、背後への駆け引きを繰り返すことで両サイドバックの動きを規制され、わずかにできた中盤との空間を使われる展開が続いた。

 中央のスペースを支配され、遅れてプレスに出て行けば、それを利用されてワンツーのサポートからサイドを変えられる。サイドでは孤立したサイドバックが数的不利となり、簡単に突破を許した。ハイボールのクロスは空翔が処理できることがわかっていたため、町田大学の選手たちは低くて速いクロスを入れてくる。アンヘルの読みの鋭さでなんとか凌いでいたものの、こぼれ球を押し込まれ、前半と同じような展開に逆戻りしてしまった。

 
 終わってみれば、0-4の完敗だった。点数差以上の差があったことを実感させられる試合となった。拓真はその場に呆然と立ち尽くした。悔しい気持ちと、新たな発見の悦びが入り混じる、不思議な感情だった。ベンチに戻ろうと歩を進めると、後ろから背中を叩かれた。振り返ると、相手チームの中盤の選手がそこにいた。


 「ナイスゲーム、君良いプレーしてたね。後半すごくやりにくかったよ。今日初めての試合なんだってね。後半あれだけできれば強くなると思うよ。頑張ってね」

 短くて、何気ない言葉だったが、拓真の心は揺さぶられた。今まさに自分が感じていたことと同じ気持ちを、相手チームの選手が抱いていたのだ。それも、マッチアップしていた相手選手が。

 「ありがとうございます。個々が成長していけば楽しみなチームですよね。またいつか試合してください」
 相手の選手は笑顔で頷き、ベンチの方へ戻っていった。拓真は心の中で、先ほどの言葉を反芻していた。
 「変化できれば強くなる」

 ベンチに戻ると、落胆した選手たちの姿があった。「立ち上がりは良かったのに」という声が色んなところから漏れている。アンヘルは山田雅司と作戦版を使って議論し、後半15分で替えられた青坂慶はベンチに座って頬杖をついていた。それぞれ感じるところはあったのだろうが、なぜ前向きに捉えることができないのか、拓真にはわからなかった。

 声がかかると、皆は重い足取りで中岡の方へ向かった。後半はよく頑張った、この調子で頑張れば勝てるようになる、そんな言葉を聞かされるのだろうと、多くの選手は感じていた。しかし、中岡の口から出てきたのは、思ってもいない言葉だった。

 「人生には、二つの道しかありません。一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることです。本日の皆さんの振る舞いは、前者でした」呆気にとられる選手の前で、中岡が続ける。

 「皆さんに欠けていたことは、想像力です。想像力は、知識よりも大切です。知識には限界があります。想像力は、世界を包み込みます。唯一良かったことは、自分たちが良くなるための想像を自分たちで行ったことです。ですが、それだけでは奇跡は起きません。奇跡が存在するように生きるためには、一人ひとりがより大きな想像をする、そして、現状の外側に出ようとすることです。具体的に言えば2つ。個々人が実現不可能と思うほど大きな目標を持つこと、もう一つは、あらゆる変化を想定して、自分たちがすべての準備をすることです」

 中岡が話し終えると、隣で腕組みをして聴いていた金丸が一つだけ、と言って皆の前に立った。

 「お疲れ様。今監督が話したことがすべてだと思う。難解に聞こえると思うが、抽象度の高い言葉が君たちの思考レベルを引き上げる。意味の解釈はそれぞれでいい。必ず今言われたことを頭に入れておいてくれ。プロジェクトは動き出した。予選までは3か月ちょっとしかない。でも、俺は今日また確信した。みんなの力があれば、全国大会への出場は、現実的な目標だ。あとはそれぞれの日常に懸かっている。皆で奇跡を起こそう」

 金丸が話し終えると、萩中から今後のスケジュールやVRを使ってのトレーニング方法の説明があった。選手たちはそれぞれに複雑な思いを抱えながらも、それをしまい込んで話を聴いていた。説明が終わると、特に質問が出る様子もなく、一斉にシャワールームの方へ向かっていった。

 拓真の心は、以前モヤモヤしていた。感情をうまく言葉にできない苛立ちが、今にも身体から溢れ出そうだった。

 「監督が言ってたこと、意味わかった?俺らって良かったってこと?悪かったってこと?」空翔が傍まで寄ってきて、小声で話しかけてきた。
 「うまく言葉にできないけど、今日の結果が良かった、悪かったってより、みんながどんな考え方になっていくかが重要だって言いたかったんじゃないかな?一人ひとりが大きな夢を持って、相手の変化にも対応できるような選手になっていけば奇跡は起こせる。そのために、難しい言葉にも耳を傾けて、想像力を働かせる。それが大事って・・・」
 「なんや、拓真、めっちゃ理解してるやん。言葉にできへんって、めっちゃできてるやん」
 「えっ?」
 空翔の言う通りだった。今まで感覚で捉えて、うまく言葉で表現できないと感じていたことが多かったが、今空翔に伝えたことは、自然と口をついて出てきたのだ。言葉を浴び、考え方に触れて、自分も変化しているのだろうか。拓真はワクワクした気持ちで空翔の方を向き直り、「うん!」と答えた。

 「なんや、どうしたんや?えらい笑って・・・お前もよくわからんくなってもたか」


 見晴らしの良い広々としたバルコニーからは、青々とした海が光を反射させているのが一望できた。昨日までの遠征の疲れを癒すつもりで、本を片手に外に出てみたが、内容がちっとも入ってこない。頭を巡るのは、昨日の中岡の言葉ばかりだ。
 
 アンヘルは、リクライニングチェアーに本を置き、しばらく海を見つめた。

 「一体なぜ父親は、あのプロジェクトに参加させたのであろうか」

 中岡の言葉への疑念は、同時に、プロジェクト参加への疑念に繋がっていた。スペインで戦術を叩きこまれ、JPリーグ下部組織では中心選手として活躍し、スペイン世代別代表の合宿にも参加した。それなりに実力をつけてきたという自負もある。
 
 基本的な戦術を知らない仲間やコーチ、難解な言葉を唱えるばかりで何もしない監督のもとで、何が得られるというのか。アンヘルには理解ができなかった。

 滞った気持ちを消化できないため、アンヘルはランニングに出かけることにした。父親が遠征から帰ってくるのは夕方ごろだ。それまでには考えを整理しておきたい。身体を動かしながら心を整えようと考えた。
 
 スマートウォッチを操作し、心拍数や走行距離が計測できるように設定した。飲み物は途中のコンビニで買えばいいだろう。お金も持たずに走りに行けるのは本当に便利だ。アンヘルはサングラスを装着した。

 骨伝導型のイヤホンからは、レッド・ホット・チリペッパーズの音楽が流れている。ARスマートグラス越しには、前回走ったルートの履歴が映し出された。今日は別の道を通ると決め、アンヘルはメモリ機能をオンにしたまま、ルート案内機能をオフにした。普段は映画をみる時に使用しているが、今日のような晴天には非常に便利だ。激しい明りのもとでは、グラス内の色合いを調整してくれる。最適な色合いになったところで、スタートを切った。

 20分ほど走ったところで、開放感のある道に、大きな複合文化施設が見えてきた。アンヘルはこのあたりを走るのが好きだ。建築のことはよくわからないが、バルセロナで育ったことも影響してか、独特な建築物に惹かれてしまう。この複合施設もそのうちの一つだ。薄い床を、何本もの鉄骨を束ねたチューブが支える構造で、驚くほど透明感がある。

 アンヘルが施設の横を通ろうとした時、1人の男が熱心に写真を撮っていることに気づいた。近くまで行くと、それが去年インターナショナルスクールを卒業した、ドイツ人のフェリックスだとわかった。

 「フェリックス!なんでこんなところで!」
 「アンヘル!驚いたな!こんなところで会うなんて!こっちに引っ越してきたのかい?」
 「父親が移籍してね。先月引っ越してきたんだ。フェリックスはなんでここに?」
 「この建築物に惹かれてね。近くに建築事務所があるんだけど、そこで学ばせてもらっているよ。ランニング中だったかな?少し話できる?」
 「もちろん、そこのコンビニでドリンクでも買おう」

 アンヘルはスポーツドリンクを、フェリックスはそれぞれコーヒーを選んだ。無人コンビニではレジを通らずに、スマートウォッチに搭載されたアプリによって決済ができる。コンビニから出た二人は、建築物の目前にある公園のベンチに腰を下ろした。

 「建築家への夢は順調なんだね。もうしっかり働いてる感じ?」アンヘルはフェリックスの顔を覗き込むように訊いた。
 「とんでもない。僕なんてまだまだだよ。日本語では何だっけ、ペーペーって言うのかな?研修生みたいなものだよ」
 「でも、雇われてるんだろ?」
 「月5万円でね」
 「5万円?それじゃ、生活できないじゃないか」
 「住みこみで勉強させてもらってる。学生時代のバイトの貯金を切り崩したり、クラウドソーシングで少し収入を得たりしながらね」
 「なんでそこまでして?」
 「建築が好きだからだよ。生活はきついけど、本当に楽しいんだ。先生からは毎日いろんなことを教えてもらえるし、一番好きな建築物も目の前にある。こんな幸せはない。そして、何よりも、自分で選んだ道だからね」
 「自分で選んだ道か・・・」
 「アンヘルだってそうだろ?プロのサッカー選手になるってずっと言ってたじゃないか」
 「僕はそれが自分で選んだ道なのかどうかわからない。偉大なプレイヤーの父がいて、気づけばサッカーをやっていただけなんだ」そう口にしたあと、アンヘルは自分自身の言葉にハッとした。

 「そうか。でも、学生の時みたいに、俺は偉大な父を越えるって言ってるアンヘルでいてもらいたいし、アンヘルならその目標を達成できると信じてるよ」
 「フェリックス、ありがとう。君と話して、心のモヤモヤがとれた気がするよ。君の建築への情熱に、心が動かされた。せっかく近くに越してきたんだ、次はゆっくり食事でもしよう」
 「もちろん!」

 アンヘルは高まる気持ちを抑えられなかった。予定していた走行ルートを変更し、そのまま帰路についた。
 
 父親が帰宅したのは、夕食が始まる40分ほど前だった。シャワーを浴び終わり、食卓に着き、皆で神様にお礼をした。

 「唐突だけど、父さん、Cyber FCに参加させてくれてありがとう」アンヘルは心からの気持ちを父親に伝えた。
 「これは驚いたな。帰ってきたら、なんであんなものに参加させたんだって文句を言われることを覚悟していたのに」
 「正直最初は思ったよ。でもね、今日フェリックスに偶然会って、話をして気づいたことがある」
 「フェリックスって、学校が一緒だったフェリックスか?」
 「そう。偶然だけど、この街に引っ越してきてたんだ。その偶然も、運命に感じるほど、良いことが聴けた。彼は建築家として弟子入りして、5万円の給料で住みこみで生活してるみたいなんだ。独り立ちを夢見てね。僕は彼の情熱に驚かされた。なんでそこまでできるんだろうって。でも彼は言った。好きなことをやって、好きな建築が目の前に佇んでいる。こんな幸せはないってね。そして何より、自分で決めた道だって」
 「素晴らしい話だな。そして、何を感じたんだい?」
 「僕は今まで、自分で何かを決めたことはなかった。父さんの影響でサッカーを始めて、ある程度順調にここまで来た。でもそれは、自分の意志ではなく、ただ流されてきただけなんだ。Cyber FCの合宿に参加して、中岡監督が言ってたよ。僕らは、奇跡などまったく存在しないかのように生きているって。それは自分の意志で何かを決めたり、大きな目標を持っていないことの裏返しだと思ったんだ。僕は恵まれすぎた。偉大な父親にも、チームメイトにも。ここまでただ連れてきてもらっただけだ。今度は僕がCyber FCのメンバーを上の舞台につれていく。僕自身ももっと向上し、大きな夢を持って、大好きなサッカーで生活できるようになるよ」
 「アンヘル、よくそこに気づいたな。父さんは、アンヘルに、レアンドレの息子という枠組みから抜け出してほしかった。アンヘルという人間、アンヘルという一人のサッカープレイヤーで一流になってほしかったんだ。でも、もう大丈夫。今のお前を誇らしく思うよ」

 レアンドレは笑って頷きながら、妻と抱擁をした。アンヘルにとって、それは忘れられない瞬間になった。


#13   TEC-GYM(13章全文掲載)   https://note.com/eleven_g_2020/n/na9572d064e35


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11


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