マガジンのカバー画像

11G【イレブンジー】

45
【仮想空間にサッカークラブを作る】 サッカーとテクノロジーが融合した新感覚のサッカー小説
運営しているクリエイター

2020年5月の記事一覧

#7-2  合宿初日

#7-2  合宿初日

 金丸は、エレベーターの「閉」のあと、続けざまに「2」のボタンを押した。平沼の研究室がある本館からG館へは、2階で降りて渡り廊下を使う方が便利だ。G館の奥まで進み、階段を下りれば目的の場所はすぐ近くだからだ。

 扉が開き、金丸と中岡は、奥まで延びる長い廊下を進んだ。土曜日の午前中だからか、学生はまばらだ。何人かの学生とすれ違ったが、みんなスマホか音楽に夢中だ。金丸健二の存在に気付く者はいない。授

もっとみる
#7-1  所有

#7-1  所有

 平沼は、手にした数冊の本をダンボール箱にしまった。以前は、自分の背丈よりも高いこの本棚いっぱいに、文献が敷き詰められていた。

 平沼は、2年ほど前に、すべてをデータ化することに決めた。文献に囲まれた部屋は権威や威光を示すことはできるかもしれないが、そんなものに興味はない。学生と素早くその一部を共有したり、論文の参考資料として持ち運ぶうえでも、データにしてしまうのが便利なのだ。ダンボールに詰めた

もっとみる
#6-3  約束

#6-3  約束

 パソコンのアラームが鳴った。

 時計はついに13時を指した。締め切りの時間だ。最終的な応募者は16人にのぼった。紅白戦はできないけど、上出来だ。金丸は笑い、二人に掌を向けた。中岡と萩中は雄叫びをあげながら、勢いよく掌を重ねた。

 「まずは最初の1歩目を踏み出せた。ありがとう。2人には隠していたけど、正直言ってクレームの電話やメールがなかったわけじゃない。中には脅しのようなものや品性を疑うよう

もっとみる
#6-2  
immature

#6-2   immature

 アプリで注文した出前が到着した。自転車で配送に来た青年は、オンラインフードデリバリーサービスでは珍しいほど愛想がよく、明るい笑顔で商品を萩中に手渡した。

 商品を受け取り、「ありがとうございました」と元気に発しながら去っていく青年の姿を目で追った。
 悪くないな、萩中は、ぼそっと呟いた。

 商品をダイニングテーブルのうえで開け、それぞれが注文したものを持っていった。普段は近くの定食屋や自炊で

もっとみる
#6-1  ハンドドリップ

#6-1  ハンドドリップ

 今日の目覚めの一杯は、ブラジルのニブラだ。酸味と苦みのバランスが程よく、まだ眠気のある身体には心地よく沁みる。

 時計に目をやると、6時15分だった。早朝からミルを使って挽くのは気が引ける。萩中と中岡はまだ寝ているだろう。今朝は粉でのドリップになりそうだな、そう思いながら、金丸はキッチンに続くドアを開けた。

 「おはよう」リビングの奥から声が聞こえる。中岡の声だ。
 「驚いたな。寝てないのか

もっとみる
#5-3  志望動機

#5-3  志望動機

 タイピングの音がTOKIWAのリビングに響く。今回の応募フォームは、自動返信システムでのメッセージの他に、金丸が志望動機を読んだうえで一言を添え、中岡が案内文を追送する形式を取っている。

 「初めまして。金丸健二です。この度は、11Gのプロジェクトへの参加を決断してくれて、誠にありがとうございます。志望動機を読ませていただきました。簡潔な言葉でしたが、様々な意味合いが込められているのだろうと想

もっとみる
#5-2  両親

#5-2  両親

 階段を降りると、リビングの方から話し声が聞こえた。どうやら話題は自動運転車のことのようだ。運転中の負荷が減るのは良いことだが、購入を検討するには時期尚早と見ているらしい。拓真はリビングのドアをそっと開けると、母親と目が合った。

 「授業だったの?もうすぐ行くって言ったっきりなかなか降りてこないから、ラップしたよ。レンジで温めて食べて」
 「ああ。ちょっとやることあってね。いただきます」拓真はお

もっとみる
#5-1  感性

#5-1  感性

 
 飲みかけのインスタントコーヒーは、すっかり冷めきっていた。どれほどの時間が経過したのかはわからない。ワイヤレスイヤホン越しに聞こえてくる金丸の話は、拓真を惹きつけるには十分すぎるほどの内容だった。

 自分は運命なんて信じない。ユースに昇格できなかったことは、運命でもなんでもなく自分の実力不足だ。口先では誰かのせいにしてしまう。しかし、本当は心の中では理解しているのだ。

 だが、今回のこと

もっとみる
#4-3 決断

#4-3 決断

 動画を見終えた萩中の手は震えていた。

 「責任はすべて私が持ちます」その言葉に胸を打たれたのだ。金丸の発言に嘘は一つもなかった。彼の衰えぬ熱量に、萩中の覚悟は決まった。
 「僕も手伝わせて下さい」その言葉を伝えるつもりで、カフェをあとにした。時計は17時53分を指していた。

 会見の終了後、SNS内では議論が活発になった。動画の再生回数は早くも9000回を越え、SNS上にも短く編集された映像

もっとみる
#4-2 プロジェクト

#4-2 プロジェクト

 会見まで5分を切った。

 恐らく金丸はすべてを説明するようなことはしない。萩中に対してもそうだ。わざと余白を作り、こちらの思考を刺激する。

 あの時も同じ。核心に迫ろうとしたところで、「またお前の意見も聞かせてよ」とかわされた。いよいよ計画が大詰めになってきた時も、中岡さんを招き入れる旨は聞かされたが、「やりたいと思ったらいつでも言ってきて」と肩を叩かれた。こちらが意思を示すまで、金丸はじっ

もっとみる
#4-1 コンセプト

#4-1 コンセプト

 萩中は、商店街を歩いていた。

 この地に来たのは3年前のことだが、その時と比較しても、個人経営の店の数が格段に増えた。感染症以降、都会に住むリスクや意味を考え、地方に移住した人は多いと聞く。この場所も例外ではない。商店街に活気が戻ってきた、という地元の人の話からも、その影響が覗えた。

 都会のような、デジタル化されたスピード感はない。しかし一方で、アナログの持つ身体性のようなものをこの商店街

もっとみる
#1-1 仮想空間

#1-1 仮想空間

「ボールは丸い」
投稿ボタンを押す直前に、金丸は言った。中岡は、その言葉の意味を理解し、柔らかい笑顔で金丸の目を見て声を発した。
「だからこそ、おもしろい」
 金丸も笑顔で頷き、静かにボタンを押した。

 「仮想空間にサッカーチームを作る」

 わずか17文字の言葉がSNS上を駆け巡るのに、大して時間はかからなかった。中岡は改めて金丸の影響力の大きさに驚いた。

「さすがは元日本代表だな。拡散のス

もっとみる
#1-2 生態心理学

#1-2 生態心理学

 中岡武は、胸に手を当てて、深く深呼吸をした。

心臓の鼓動が速くなっていくのを感じたからだ。誰もが知る有名選手の引退会見を、読書の合間にスマホで見終えた後のことだった。金丸の会見のテロップに記された「町田大学大学院へ進学」の文字が、目に残っている。中岡は当惑した。思ってもいない展開だ。代表戦がある度に、類まれなボール奪取能力に魅了された名選手が、自分と同じ大学院への進学を表明したのだ。だが、それ

もっとみる
#1-3 時計

#1-3 時計

 大学のカフェテリアに着き、中岡はなるべく奥の方の席を選んだ。

有名選手に配慮したつもりだったが、入店した時から周囲の生徒の視線は金丸に注がれた。中には握手を求めにくる者もいたが、笑顔で応じる金丸の人柄の良さが滲み出ていた。中岡は、場所を選ぶべきだったと少し後悔した。
カウンターでコーヒーを受け取り、二人は対面の席に向かい合って座った。先ほどまでの緊張は解けてきたものの、話し始めのきっかけを探っ

もっとみる