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1-1.  舞台と演出

 舞台装置はカトリーン・コナン(Katrin Connan)、衣装はビルギット・ウェンチュ(Birgit Wentsch)によるものである。
 彼女たちは2010年グラーツ『ルル』でエーラト演出に携わっており 、それが今回の『エレクトラ』での起用にも繋がったと思われる。

a.) 舞台装置


 舞台は上手、下手、そして奥側という三方の床面を蛍光灯で縁取られ、上部からは厚手のビニール幕が垂れ下がっている。
 蛍光灯からの真っ白な光は不気味に反射する。中央には大きな正方形の壇が設置され、同じく壇上を囲むようにしてビニールの幕が吊り下げられている。壇上には主にクリュテムネストラが使う化粧台、そして衣装棚がある。
 舞台の中央は回転式となっており、この装置が回ることで観客はこの壇上および壇の背後まで360度見渡すことができる。
 また床には無造作におもちゃの木馬や巨大なテディベアが置かれている。
 以上、舞台装置はきわめて人工的であり、かつシンプルなものになっている。

 この装置に関しては各新聞、雑誌も広く注目しており、かつ賛否が分かれる評価となっている。
『ディーノイエメアカー(Die neue Merker)誌』においてP.スコレパ(Peter Skorepa)が

「中央の壇と、舞台空間を分断させる光を透過し、うまく照らされたビニール幕でもって、単純ではあるが調和のとれた精神病院を創造した」_1

 と述べたり、また同誌においてP.ヴァルナー(Peter Walner)が

「K.コナンは舞台上に多くのビニール幕とともに回転式の壇とごくわずかな調度品を置き、精神病院というイメージを的確にとらえる。(ひょっとするとギリシャの経済状況をほのめかしているのだろうか?)」 _2

と当時経済危機にあったギリシャを取り上げつつ好意的な評を寄せたりする一方、『クライネ・ツァイトゥング(KLEINE ZEITUNG)誌』のE.ナレーディ=ライナー(Ernst Naredi-Rainer)が

「醜いプラスチックの幕」 _3

と一言で切り捨てたり、『グンドゥル(gundl.at)誌』のW.ヴュルディンガー(Wolfgang Würdinger)は

「たとえこの施設の閉所恐怖症的な雰囲気をより強調するものであったとしても、私たちの感覚にはただ醜く映ってしまう結果になった」_4

 と苦言を呈した。


b.) 衣装


 舞台が古代ミケーネから現代の精神病院へと移されているのなら、当然衣装のコンセプトも「精神病院の患者とその医者たち」になる。
 ここで注目したいのが、女性人物は全員「患者たち」であり、男性は全員「医者および監視員」という明確な線引きがなされている点だ。

 まずは幕開けと同時に舞台に立っている下女たち。
 彼女たちはさまざまなパステル色のパジャマ、およびジャージ姿で佇んでおり、各々編み物棒を持っていたり妊婦姿であったりと個性的である。
 またこの中に一人男性(タイラン・ラインハルド / Tayran Reinherdが演ずる )が混じっているが、彼は服装倒錯者であり 少女の服を身に着けている。それからほぼ常におもちゃの木馬に乗っているということも特徴的だ。彼は作品中盤で登場するエギストへの使者を兼ねている。

 では中心人物である女性3人を見ていきたい。
 もちろん彼女たちもこの精神病院の患者の一員である。

 まずはエレクトラ(シュテファニー・フリーデ / Stephanie Friede)。
 彼女の衣装は黒を基調とされており、パステル色や白が基調の下女たち、および監視員の中においては目立つようになっている。髪も黒く束ねられており、足元は裸足である。
 次にエレクトラの妹クリュソテミス(ガル・ジェームス / Gal James)。
 彼女はむしろ下女たちの外見に近く、白地に緑のストライプが入ったパジャマ姿に裸足で登場する。しかし物語の要所で彼女には母クリュテムネストラの衣装掛けからピンク色のドレスを取り出し、それをパジャマの上から着用するという演出がなされている。
 そしてクリュテムネストラ(アイリス・ヴァーミリオン / Iris Vermillion)。
 彼女にはこの演出における人物たちの中でもひときわ派手な衣装が指定されている。重量感のある紫色の打掛を羽織り、紫色のワンピースに真珠のネックレス。

 クリュテムネストラの衣装に関しては各誌も注目しており、『クリアー誌(KURIER)』ではH.C.メイヤー(Helmut Christian Mayer)が

「彼女はどぎつく化粧をしたスター女優のように登場する」_5

 と述べたが、一方で『スタンダード(DER STANDARD)誌』のS.エンダ―(Stefan Ender)は

「クリュテムネストラであるI.ヴァーミリオンは舞台上での役としてでなく、ただカリカチュアを強調したヒステリックなドラッグ・クイーンに過ぎない」 _6

と批判している。


 では、監視者、医者など「支配する側」に立つ男性たちを見ていきたい。
 まずはこの患者たちの監視員でもあり、後にオレストの世話人として登場する男性(コンスタンティン・スフィリス / Konstantin Sfiris)。
 彼は看護師を思わせる白衣で舞台に立ち、監視員であるときは小道具として注射器も使うなど、この作品における精神病院という設定を際立だせる存在であると言える。

 そしてオレスト(ジェームズ・ラザフォード / James Rutherford)。
 彼は真っ白な正装で登場する。全身を黒でまとめたその姿はエレクトラと並ぶことによって二人のコントラストをより際立たせる。

 最後に、衣装というカテゴリにおいてもっとも注目すべきは母クリュテムネストラの愛人であるエギスト(マヌエル・フォン・センデン / Manuel von Senden)かもしれない。
 緊張感溢れるクライマックスで登場する彼は聴診器を首にかけ、ビニール地の白衣を羽織っている。その姿はさながらこの精神病院を支配する医者のようであり、これは精神科医ジークムント・フロイトの変装であると各誌は述べている。彼は患者たちによって殺される。

 このことについてライナーは

「エギストは死ななければならないゆえに、クリュテムネストラの愛人はジークムント・フロイトの仮面を被り、彼の患者たちが起こした集団的反乱により、恐ろしい血の海へと倒れ犠牲になる」 _7

と述べた。
 彼の衣装、およびフロイトとの関連性については第2、3章で詳しく解説することにしたい。


 以上、この演出における視覚的側面を舞台装置、衣装という二つの観点から確認した。M.ガッサー(Martin Gasser)は『クローネ(KRONE)誌』において

「この作品の閉所恐怖症的な空気はエーラト、そしてその舞台装置担当であるK.コナンとB.ウェンチュがきわめて明瞭に作り上げる」 _8

と評している。


*** *** ***
1. Skorepa,Peter: „Die Atriden in Kuckucksnest“, In: Der Neue Merker, 26.1.2012. http://www.der-neue-merker.eu/graz-elektra-premiere
2. Walner,Peter: Graz: „ELEKTRA“-Pr.21.1, In: Der Neue Merker, „Merker“-Verein, Verein zur Publikationen einer Opernzeitschrift, Februar.2012.,p.34.
3. Naredi-Rainer,Ernst: „Aufstand der Patienten“, In: KLEINE ZEITUNG, 23.1.2012.,p.42.
4. Würdinger,Wolfgang: „Beklemmendes Psychogramm“, In: gundl.at, 09.12.2013. http://www.gundl.at/cms/kultur/buhne/Richard-Strauss-Elektra-2012/
5. Mayer,Helmut Christian: „Psychodrama von archaischer Wucht“, In: Kurier, 23.1.2012., p.26.
6. Ender,Stefan: „Eine flog über das Kuckucksnest“, In: DER STANDARD, 23.1.2012.,p.16.
7. Naredi-Reiner,op.cit., 23.1.2012.
8. Gasser,Martin: „Nervenkrieg in der (Un-)Heilanstalt“, In: Krone, 23.1.2012., p.29.

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