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「好きを仕事に生きていくこと」の泥臭い裏側 |『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』読書感想

この文章は、オンラインスクールSHElikesの「ライティング入門コースの演習課題(テーマ:「好きな本をおすすめしてください」)」として、提出し、いただいた添削を元に修正したものになります。


突然ですが、好きなことを仕事にするって、どんな感じでしょうか。


自分のやりたいことで生きていけたら、素晴らしいと思う反面、一筋縄ではいかないだろう、困難に直面したらどうしようと、不安を覚える人もいるのではないでしょうか。
まだ何もしていないのに、というのは私のことです。

書店に行けば、いそいそと自己啓発本の棚をのぞき、「頑張らないこと」「自己肯定感を高める」なんて宣伝文句にばかり、つい目が行きがち。
メンタルケアを試してみても、死ぬまでにやりたいことを手帳に100個書き出してみても前に進めないとき、命懸けで信念を貫いたシェフたちの記録が、私たちのお手本になるかもしれません。


コロナ禍真っ只中。一日一本、飲食店に取材する


『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』の著者は、井川直子さん。食と酒にまつわる「人」と「時代」をテーマに取材やエッセイを執筆する文筆家です。
未曽有の事態を前に、取材先で「何が正解なのかわからない」という声を聞き、少しでも決断の助けになればと、手探りで正解を探す、店主たちの声を拾い集めることにしました。
2020年4月7日の緊急事態宣言、その翌日から、井川さんは取材を始めます。目標は1日1人に取材をし、ウェブサイトnoteへ毎日掲載すること。
本書は、東京が緊急事態宣言下にあった4月・5月の約50日間、計34人への取材の記録と、半年後の変化をまとめたものです。


信念、健康、経済。幾重もの狭間に立たされて


店員がマスクを付けて接客する方がクレームものだったのが、まだほんの1、2ヶ月前。井川さんが1本目の取材に選んだのは、「TACUBO」のオーナーシェフ田窪大祐さん。恵比寿のイタリア料理店は2日前に4周年を迎えたばかり。

「せっかく来てくれたお客さんが、マスクのスタッフを見て、一席空けて通されたらどう感じるだろう?」

人を喜ばせ、元気にするという自分たちの役割を果たすべく、当初は120%のテンションで迎える方向に振り切ったと言います。
しかし、医療の専門家でもあるお客さんから不安の声が上がったことを受け、対策を講じていき、縮小営業へ。
たとえ世間的に飲食店の休業が推奨されていても、給料が払えない状況では、スタッフの命を守っているとは言えない。
ミーティングやお客さんにも意見を聞き、選んだのは「休業しない」。
お客さんとのつながり、食材を提供してくれている生産者とのつながり、スタッフとのつながりを途絶えさせない。
コロナが1カ月で終わるのか、何カ月も続くのかさえ不明の中で、腹をくくった選択でした。
 


緊急事態宣言の延長が発表された5月4日、その翌日。

渋谷のオープンキッチン。立ち呑みのカウンター。「琉球チャイニーズ TAMA」は、客が来るとみんなで詰めて入れてあげちゃう。
この“6密”こそやりたかった店なのに、それを否定されてしまったら。
通勤の電車が怖いとアルバイトが辞め、客数が減り、オーナーシェフ玉代勢文廣さんは3月28日から3日間の臨時休業を決定しました。
当時は家賃や人件費の補償もな無く、新店舗のため社員を増やしたばかり。
やむなく営業再開して広がっていたのは、ガランとした店内。

「お客さんが来られないのに、僕らはなぜ灯りをつけているんだろう」

13周年となる4月3日まで持ちこたえ、再び休業するころには睡眠導入剤なしでは眠れなくなっていました。
軽い鬱でした。

玉代勢さんを救ったのは、仲間や常連のお客さんたち。有志一同で立ち上げたクラウドファンディングがなんとわずか3時間半で目標額の150万円を達成したのです。
応援してくれる人、必要としてくれる人がいること。
「僕だけの意思で閉めちゃいけないんだ」ということを実感します。
休業するかどうかではなく、閉業しないために顔を上げていく決意でした。


飲食店の灯りの先に


34人のシェフたちに共通しているのは、「好きを仕事にしていること」「お客さんを笑顔にしたい」ということ。
元々料理人とは、店まで足を運んでくれたお客さんに、料理しかしてこなかった自分の精一杯で笑顔になって欲しい、という根っからのGIVERだといいます。本書を読み進めていくと、そんな彼らの意思と苦悩がありありと見えてきます。
未曽有の危機の中、何重にも板挟みにされ、規模も事情も形態も異なる現場のリアルな声は、読後、あがいてあがいて生き残ったぞと、読者の胸に迫ります。与えられるのは勇気かもしれませんし、覚悟かもしれません。


それでもまだ、自分の進む道が見通せないときは。
巻末には取材協力店の一覧が載っています。東京都内ではありますが、高級店からふらっと立ち寄れる居酒屋まで。井川さんの取材で、経歴も得意も人間性も丸裸にされてしまった34の飲食店に足を運んでみてください。もちろん、あなたの街の飲食店でも充分でしょう。
銀座「麦酒屋 るぷりん」の西塚晃久さんが作ったハッシュタグがあります。


#飲食店の灯りを消さない


いつもと違う場所で、いつもと違うものを食べる。それはなんでもない顔で守られてきた、紛うことなき「好き」の手仕事。ちょっとした非日常感で、身も心もすっかり満たされてしまったら。
その店先の灯りは、きっと私たちの進む道をも照らしているはずです。







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