この夏、彼女は終始先頭を走り続けた。
「出る出る」と期待されて。「絶対出す」と心にきめて。
本当に出した2つの日本新記録。この夏の田中希実は神がかっていた。
TracktownJPNでの横田コーチが言及していたが、明らかにグンと伸びたのはコロナ禍でオリンピックも延期となり、レースもなくなってプランが大きくかわった春先からのこと。
3000mと1500mの日本新記録。この快挙のきっかけとなったのは昨年のドーハ世界陸上5000mであるように感じる。まずは5000m 1組 6着 15:04.66 qタイムで拾われ予選を突破したレースから。
スタート直後から先頭集団でレースをすすめるが、先頭のOBIRIらが終盤ペースアップ。
一気に突き放されてしまう。5000m予選というのはテレビではなかなか伝わらないえげつなさがある。あの大迫傑、村山紘太をもってしても全く歯が立たなかった北京世界陸上5000mの予選を思い出す。直線でスピードアップ、コーナーで減速という振り落としが常にあり、コーナーで差が詰まるが故に画面上ではさほど差がないように思えるがスピード感が全く違う。この写真だと先頭の4人が決勝でも争う力をもっている選手。この集団からこぼれるということは、たとえ決勝に出れたとしても、勝負には参加させてもらえないということである。ふつう、ここで心が折れる。しかし、田中希実はここで折れない。
ゴール直後にぶっ倒れるような走りで決勝へのぞみをつなぐ。そして、日本歴代2位15分00秒01を出した5000m決勝。
やはり先頭集団では走らせてもらえない。
予選通過ライン上にいた選手との争いとなる。ここが5000m15分切りのライン。
レースそのものには全く参加させてもらえないのだが、田中希実はここでもラストでペースアップを敢行し、自己ベスト日本歴代2位の15分00秒01を叩き出す。
ここで15分を0.01秒切れなかったこと。すべてはここがスタートだったように思う。オリンピックでひとつ前の集団との戦いに参加するために、この夏に取り組んできたのは、5000mのために中距離を走るというアプローチ。3000mや1500mを走ることで5000m日本記録を更新するスピード持久力を高め、800mではスパートに対応するギアチェンジを。これからを実戦で組み合わせながらレベルアップをしていくという驚くべき取り組み。こういうアプローチもオリンピックが延期となったことで可能になった。大学もリモート授業となり、これまで通学などでとられていた時間もすべて練習や回復にあてることができた。地元兵庫県小野市でじっくりスピードを鍛え上げた成果はすぐに結果として現れた。
挨拶代わりのホクレン士別1500m。
4分08秒68 で日本歴代2位。ここで自分より速いペースで引ける選手がいないことがわかり、自分の力だけで日本記録を狙うことに。
確実に3000mの日本記録更新を狙いにいった深川3000m。
8分41秒35日本記録。
北海道から地元兵庫に戻っても身体を休めることなく、中三日でレースへ出場。種目は800m。
800mでキレを確認して、中2日で臨んだ網走5000m。終始先頭を走りつづける。
ラスト1周で一気につきはなして、15分02秒62。
終始先頭を走り続けてこのタイム。800mから5000mまで一通りのレースを走り、さらに中2日でホクレン千歳3000mに参戦。
後続との差でもわかるように、こちらは記録よりも、スパートのキレを試すレース。8分51秒49。ホクレン4戦全日程に出場した選手はおそらく田中希実一人だけだろう。
田中希実がこの夏にやり残したことは、ただひとつ。ホクレン深川で達成できなかった1500mの日本記録更新。舞台は新国立でのGGP。これまで注目を集めなかった女子1500mは異例の扱いとなり、TBSでの全国放送が用意された。当初は予定になかった中距離種目の女子1500mであるが、河野匡マラソン・長距離ディレクターの発案でGGPに組み込まれたことで実現する。
この夏、ひとりで走り続けた田中希実はあらゆるプレッシャーをも跳ね除ける強さがすでに備わったいた。スタートから「いつものように」前にでる。
これまでのホクレンで田中につきつづけてきたヘレン・エカラレと荻谷 楓に加えて、卜部蘭がぴったりマークする。
田中躍進の影にかくれているが、田中と競り合うなかでエディオン荻谷の成長が著しい。この1500mでは 4分13秒14で自己ベスト。ホクレン網走5000mでの15分05秒78は日本歴代6位の記録だ。
おおかたの予想どおり、田中を先頭に卜部、ヘレン、荻谷が集団で推移。卜部は前日記者会見で「自己ベスト・日本記録更新」を目標にあげていること、そして前年度日本選手権覇者として田中と真っ向勝負を挑んできた。
ラスト2周ではやくもスパート。
一気にふるいおとしにかかるが、ここで田中との差を卜部が詰める。
残り一周。ここで卜部が田中にぴたりとつけた。卜部が田中の後ろにつくやいなや、田中はさらにギアをあげる。
ここで勝負があった。
ピタリと後ろについていても、田中のギアチェンジには対応できない。ここで卜部のフォームが崩れた。
バックストレートでさらに加速。ここまで差を広げてホームストレートに戻ってきた。
さらに伸びる。
そして、フィニッシュエリアを通り抜けても崩れない。
でた。日本新!
この表情。まだ先は狙えそうだ。
この夏、ひとりで先頭を走り続けた田中希実。
次に狙うは5000m14分台いや、福士加代子が2005年に出した14分53秒22か。長距離種目の日本選手権は2020年12月4日(金)大阪長居。兵庫をホームグラウンドとする田中にとって、こちらも追い風となる。
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