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小さな燈火

 かれこれ7年くらい前になるだろうか。

 イトの通っていた保育園で年長組が主役になる、とあるクリスマスイベントがあった。どうやら特別なイベントらしいと聞いて、俺は暇潰しくらいのつもりで参加したのだった。

 後から他の保育園に通っていた同級生からきいても、比較的イベントの多い保育園だったから、とりたてて気にしてもいなかったのだが、子供達のイベントにしては大変厳かに粛々と行われたそれは、イベントというよりも儀式に近い内容だった。

 その日の遊戯室の窓は、一面すべてがカラーセロファンと黒画用紙で出来たステンドグラスになり、二階は暗幕で覆われる。柔らかな七色の光が薄く差し込む暗い遊戯室。センターの花道に、年長組の子供たちが蝋燭台を携えて静かに入場してきた。観覧を許されるのはその下の年中組と父兄だけだ。

 園に代々受け継がれ、その日にしか着ることを許されない白地に金の刺繍のケープ、白のベレー帽に白タイツ、正装に身を包んだ子供達はひとりひとり園長先生からその燈火を賜り、厳かに舞台に整列する。
 子供達の神妙な面持ちが蝋燭の灯りに照らされて、小さな瞳に揺らぐ炎はまるで新しい命のようだ。

 子供達はそれから、いくつかのクリスマスソングを歌った。毎年どこかで聴いていたはずの月並みなクリスマスソングだったのに、この日聴いた『もみの木』は、いままで聴いたどの歌とも違うそれは神秘に満ちた響きで、ふと横を見るとカメラを構えるのすら忘れてサエコさんが泣いていた。
 俺も、その向こうの父兄達も、何故かシャッターを切ることが出来なくなって、会場のすべての人がただ同じ感動に包まれているかのようだった。

 言葉にし難いほどに神聖なひとときは、優しくゆっくりと俺の胸に流れ込み、忘れられない記憶となって今に至る。

 中学生になったイトと最近その話をしたら、驚くほど細かい事も覚えていた。

『あれね、ひとりひとり蝋燭台の柄が違くてね、私には私に似合う柄を先生が選んでくれるの。この蝋燭台はあなた達なんですよって。園長先生から貰う蝋燭の火は、これからのあなた達を守ってくださる火ですから、式中に消えてしまわないように大切に歩いてくださいねって言われて、すごく緊張したの』

 そんな意味があったのか。知らなかった。ふわっと何も知らずに参加したこのイベントは、その直感に違わぬ神聖なものだったのだ。

 今はまだうっすらと覚えているイトも、時を経て保育園でのいち行事などきっと忘れてしまうのだろう。それでも、優しい大人達に育まれ、わけ与えられた小さな心の燈火は、彼女の未来を約束通りささやかに照らし続けるのだ。

 今、彼女の心の小さな燈火は、注がれるいくつもの愛に輝きを増して、そばにいる俺の心さえも明るく照らす。

 これからもずっとだ。