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『辞める』選択のつよさ(bar bossa林さんインタビュー前編)

12月24日。

『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』の著者であるbar bossaの林さんに会いに行ってきました。

                ー

わたしは以前、都内のバーでバーテンダーをしていました。現在はライターとして活動していますが、昨年からひっそりとモクテルづくりを始めています。

一度離れたつもりの飲食業界でしたが、美味しいものが好き。飲食店が好き。と、離れる度に好きの気持ちが大きくなり、どうしてかやっぱり戻ってきてしまう引力のようなものをもつ飲食。

とはいえ家庭の事もあり、自分のなかで色々と決めきれない部分を抱えたまま手に取ったのがこちらの本でした。

もっと林さんのお話を直接伺いたい、お店に行きたい!!!と思っていたところ、お話しする機会を頂きました。

年の瀬の気ぜわしさとクリスマスイブという事もあり、駅からの道中、渋谷の街がいつもにも増して賑やかで、皆地面から数cm浮いて歩いているように見えました。わたしも周囲に負けず、嬉しさとわくわくとで、完全に浮足立ってふわふわと歩きながら赤い窓が可愛らしいバーを訪れました。

(以下、インタビュー)

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ー本では「いつか自分のお店を」と意思を先に持って行動されていたニシヤさん、出会いがきっかけで開業を考えるようになった ハナイグチの今村さんなど、開業を考えたきっかけが様々なのが印象的でした。林さんが「飲食店をやろう」と思われたきっかけは何だったのですか?

「まず、妻と知り合って、その時点で、僕大学中退で、このまま普通の仕事はもうやろうと思ってなかったんですよね。ホワイトカラーの仕事とか、一回ちょっとやろうと思ったんですけどやっぱり採用されなくって。やっぱり大学卒業しないとちゃんとした仕事ってできないんだな、独立するしかない、と思っていました。」

「音楽好きだったので、レコード屋さんで働いて。でも、レコード屋さんって結構お金とかいろんな物必要になるんだなと思っていた時にうちの妻と知り合って、付き合うことになった時に、妻はその時すでに子どもがいたんですね。離婚していたんですけど4歳のこどもがいて。この人と結婚することになったらそれなりの収入が必要になるな、と思ったので話し合って。バーだったら儲かるな、とかその頃色々考えていました。」

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ーはじめからコンセプトは決まっていたのですか?

「ブラジル音楽がふたりとも好きだったので、ブラジル音楽のバーをやろうか、と話していたんです。ブラジル料理を出して、ラテン系の音楽が流れて、ライブやDJも入って、みたいなそういうお店を考えていたんですね。それでブラジルレストランでバイトしてました。その話をしていたブラジル人の方に、じゃあ六本木遊びに行こうよ、と誘われたので行ったらマンションの一室で。もちろん看板なんかなくて。それでもガチャッと扉開けたら紫色の空間になってて、中ではちゃんとDJもいたんですけどほとんど外国人でしたね。皆踊っていて呑みまくっていて・・・なんかあきらかに違法で危ないなって思って。」

ーたしかに笑

「こんな世界あるんだなあって思いました。
その時期にバイト先で、ブラジル人同士のケンカを目の当たりにしたんですよね。彼ら、側にあったビール瓶を手にしてパァンッって割って、ナイフにするんですよ。」

ーえ!!!

「そう、ナイフでケンカするんですよね。ラテン系って。もう、本気で頭に血が上ったら相手を殺そうとか思うんだ、ということが分かって。止めようとした人も血だらけで、、うーーわ怖~。って思って辞めました。笑 それが23・4歳の時だったかな。それからバーテンダー修業をしてお店を開きました。」

(こわい・・・)

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ー営業時間ってこれまで変わってますか?

「ええ。一番初めは、渋谷だから映画とか見に行ったりとか買い物の合間にシャンパーニュ一杯とか、グラスワイン一杯とか呑みに来るお客さんいるかなって思ったんで15時から開けたんですね。」

ー早いですね

「前のお店も2時とか3時とかに終わってたんで、もう夜の生活やめよう、と思って。それでそういうお客さんいるかな、と思って15時に開けたんですけどやっぱりそんなに居なかったですね・・・笑
その時は15時から0時まででした。それから18時から2時までにしたんですけど、一組目のお客様が22時に来たりだったので結局20時から4時にしました。それが時期が一番長かったですね。」

ーめちゃくちゃ「夜」じゃないですか

「はい、もう。夜中の2時くらいに満席になったりとかして、皆結構朝6時まで居ましたね。メニューもパテ・ド・カンパーニュとワインとチーズだけ、とシンプルでしたがその頃が一番、売上良かったんですよ。ワインブームがすごく絶好調な時だったのもあったんですけど。あんまり皆言わないんですが、00年代って忙しかったんですよね。」

「それからリーマンショックがあって、3.11があって。
なんかもう世の中が夜外で飲むなんてダメって雰囲気になっていきましたよね。それまではみんなタバコ吸いながら朝まで飲むっていうのがかっこいい、それが「都会」みたいな感じだったのにそれが全然そんな感じじゃなくなっちゃったんです。皆早く家に帰ろう、みたいな感じで。周りの知り合いのお店とかもバーッと、どんどん潰れ始めちゃって、売上もどんどんどんどん南下していったんです。

それで、どうしようと思って0時までにしてランチを始めたんですよね。
その時に僕、書く仕事を始めたんです。」

ー震災が影響されてたんですね。

「そうなんです。」

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ーランチはどうでした?

「ランチ、すっごい流行りました。ものすごく忙しくて。
久しぶりに妻が店に入って、カレーを作ったんですよね。そしたらそのカレーが美味しいって話題になって、dancyuのカレー特集に出たんですよ。dancyuのカレー特集ってすごくて、本当に日本全国から来てくださって、びっくりしました。dancyuのあの威力とは。
それですっごい忙しくなっちゃって。で、忙しくて辞めました。笑」

ーえー!そうなんですか!

「忙しかったのと、ちょうどその時cakesで連載が始まったんですね。
連載が始まったのと、本も出たので。
ランチは僕もときどき手伝ってたんですけどそんな時間もなくなっちゃって。そっちの方の収入も増え始めたんで、もうランチ辞めよう、となりました。」

ー同じ時期にいろんな事をされてますよね

「そうですね、やっぱり。色々やるのが好きなんですよね。なんか動いてないと、すぐに古くなっちゃいますしね。新しいことやってないと。」

「レコードはやっぱり好きで、このお店はじめてからもネットでレコード売るっていうのはやっていて。それはそれで結構当たりましたね。20-4時の時期はそっちも忙しくて。ブラジルから中古レコード輸入していました。」

ーえ・・!!その時期って全然寝れてないんじゃないですか?

「そうです。朝帰って、家でお酒飲んで、11時くらいに寝るというか気絶するみたいな、、、、そんな生活でしたね。」

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ー色々やられていて、気持ちがぶれちゃったり、引っ張られてしまうことってあったりしませんか?

「ああー、ぶれぶれだと思いますよ。笑
たぶん、自分ぶれぶれだなって思ってる人達っていっぱいいると思います。
例えば僕、開店当初から00年代の途中くらいまで音楽中心でミュージシャンとかがいっぱい来たりとか、渋谷系とかの音楽のお店だったんですね。

当時ボサノヴァとかワインのお店ってすごくおしゃれだったんですよね。でも今もうそういうおしゃれからは遠のいてますし。音楽ミュージシャンが集まるお店っていうのも今はもうそんなにおしゃれじゃない。

その当時はCDが売れたのでインディーズレーベルをやっている人達がみんなお金持っててこういう所に呑みに来てたんです。今はもう、IT関係の方のほうが圧倒的に多いんですよね。
お店ってお客さんがどんどん変わっていっちゃうし、自分も変わっていくからしょうがないんです。」

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ー私は老舗のバーで修業をしていた事があるのですが、毎日同じ時間にお店をあけるって本当に大変ですよね。

「本当に。うちの妻がいなかったらもう辞めてるんですけど。。
それでも続けていられるのって、やっぱりお客様が来てくださるからなんですよね。
週金土日だけの営業にしようとかいろいろしょっちゅう考えるんですけど、例えば月曜日とかそんな事を考えてる時なんかに、ぱっと久しぶりに昔の常連さんがいらっしゃったりとかして・・・本当辞められないなあって。

あと「僕たち結婚するんですよ」とかそういうこと言われると、なんかもうお店冥利に尽きると言いますか。引っ張られちゃうんです。笑」

<つづく>


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実は生クリーム苦手なんです
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モクテル(ノンアルコールカクテル)研究家。 ライター。put the apron主宰「エプロンを置いた時間を楽しく」が軸 | 授乳室セレクション。#おやつ紀行 #週日モクテル 美味しいものと美しいものが好き。子どもは4歳と1歳。
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