ワンオーダー キャッシュがないと戦えないヒーローとそれを支えるボクの話〜32

「どうも、井之上です」

眼鏡の男はそう名乗った。

「ここの支配人やってます」

「はじめまして、尾田雪道です。槇村さんの紹介で」

「あー、いい、いい、固い固い」

井之上さんはボクの言葉を遮った。

自分だって、固いのでは?と若干思った。

「まー、座って」

井之上さんに促されてボクは椅子に腰掛ける。

井之上さんは回転椅子ごとこちらに寄り、対面する形になった。

「女の子、好きなの?」

「え、あ、まあ、はい」

急な質問だったので、答えに窮する。

「ほーん、じゃあ、酒は?」

「酒も、多少は……」

「まあ、こんな商売だから、女と酒が好きじゃないと続かないよ」

「そうですよね」

井之上さんはタバコを取り出し、火を付けた。そして煙を吐く。

「あ、あと金か。金は好き?」

「ええ」

好きというより、必要不可欠である。ボクの状況的には。

「まあ、自分、顔はそれなりっぽいから、あとはいかに口説くかだと思うよ。彼女はいる?」

「彼女は、いないです」

「うん、まあ、作らない方がいいな。仕事の邪魔だしね。じゃあ、美喜ちゃんは遊び相手ってことかな」

「えーと、友達です」

「なるほど、トモダチ、ね。はいはい」

人を喰ったような態度だ。見透かされているような気分になる。あまり居心地のいいものではない。

「寝た?」

直球である。

「いえ、寝てないです」

「これから寝る予定?」

「んー、なんとも……」

「自分がどうしたいのか、だよ。はっきりしろ」

「寝ます」

何だか、ここで負けてはいけない気がした。

ごめん、槇村さん、ボクと寝ることになりました。

「よし、オーケー。じゃ、とりあえず今日は体験ってことで主にヘルプやってもらうから。源氏名どうする?」

「源氏名ですか。何でもいいんですが、ちょっと考えさせて下さい」

「まあ、店が始まる前までに決めといて」

井之上さんは金髪男に顔を向けた。

「流、こいつの面倒頼むわ」

「分かりましたー」

流と呼ばれたその男は面倒くさそうな顔を一瞬見せて、答えた。

「じゃ、開店準備、よろしく」

井之上さんはそう言うとまたPCに向き直った。

話は済んだ、ということだろう。

流はボクを見て、顎で出口を指し示した。

さっさと出ろということか。

うわー、もう上下関係できてるのかー。だるいなー。

一瞬そんな考えが脳裏をよぎったが、仕様がない。

ボクは素直に立ち上がると扉に手をかけて部屋を出た。

「失礼しました」

「先輩が先やろ」

流は後ろからボクを追い越してずんずん歩き去って行く。

「すみません」

確か、そんなマナーもあったっけか。

扉の向こうで待っていたであろう、心配そうな槇村さんの顔が目に入る。

「どうでした?」

「とりあえず、今日は体験してく」

「おー! 頑張って下さい。私も遊ぼうかな。雪道さんのデビュー戦、見たいですし」

「いや、帰りなよ。高いでしょ?」

値段設定とか詳しくは訊いていないが、イメージ的にビール一杯1500円くらいしそうである。

コンビニアルバイトの槇村さんの家計的には多少キツいのでは?

「大丈夫です、パパに奢ってもらうんで」

槇村さんはそう言うと、ボクらが出て来た扉をノックもせずに入って行った。

ややあって、黄色い笑い声が響いて来た。詳しい内容は聞こえないが、仲睦まじく会話しているようだ。

「おい、いつまでそこいるんだよ! 準備があるって言っただろ」

流の怒声が響いて来た。

はっと振り返ると流がボクの方を見ている。

「さ、さーせん」

ボクはすごすごと流の後を追った。



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