月曜のお楽しみ
5月14日月曜日。東京・大手町のお昼時。狙い目は、ちょっぴり早めの11時半。
いつもなら愛妻弁当を出すところだが、今日はタッパーに野菜サラダだけが入っている。月曜だけは弁当を買うのだ。
「チキン!! ビーフ!! ダブル」
鼻歌交じりに、非常階段を10階から1階までスキップするかのように、心軽やかに駆け降りる。
オフィスビルを飛び出すと、照りつける日差しが痛い。予想最高気温24度。今にも汗が吹き出しそうだ。
それでもめげずに、シャツの袖をめくりながら進む。目指すは週1回、月曜に来るキッチンカー。
しめしめ、男1人しか並んでいない。ここは12時過ぎると行列になるから、作戦大成功。
しかし、PayPayで支払う準備をしようとしたら、スマホが無い。いかん、ジャケットの胸ポケットか。仕方ない、現金だ。
ズボンのポケットから小銭入れを取り出す。これには、たいてい千円札4枚と、五千円札が2枚、五百円玉が6枚以上入っている。財布とスマホを忘れたとき用。そして必ず一円玉が1枚、これ月曜の必須なり。
前の男が注文を終え、左の受け取り口に移る。
「何にしますか?」
一歩前に進んだ俺に、少し厚着をしたお姉さんが注文を聞いてきた。
「ダ、ダブルセット」
うわっ、声がうわずった上に噛んだ。落ち着け、俺。
グリルチキンとローストビーフのダブルセット。俺はこれに目がない。それに麦ご飯なのが55歳の体には嬉しい。
千円札と五十円玉を交換し、一円玉を目の前に置かれた瓶に放り込む。ビニール袋を貰う為の心づけだ。
男の後ろに並ぶと、間もなく男は弁当を受け取り、姿を消した。
「一気に夏みたいですねぇ~」
ローストビーフを削ぎながら調理担当のお姉さんが、前に進んだ俺に声を掛けてきた。
「いや~、今日はTシャツ日和ですよね。ベスト着てくるんじゃなかった」
剥き出しになった腕と顔が、グリルチキンみたいにこんがり焼けてしまいそうだ。
「この人ね、ヒートテックなんですよ」
お姉さんがチキンを切りながら相棒にアゴを向ける。
「失敗しちゃいました」
思いっきり苦笑いしながら、ヒートテックのお姉さんが弁当のフタを締めた。
「お待たせしました~」
2人が声を揃えて差し出す弁当を受け取り、
「ありがとう。また来週」
俺は言い切るより早くきびすを返す。
注文している女性の声と同時に別の声が聞こえた気がしたが、気にも止めず足早にキッチンカーをあとにした。
守衛に挨拶し、手を消毒し、顔で体温を計る。カードキーを当てフロアに入り、足早にエレベーターに乗り込み10階へ。
食事もできるテーブルに向かい、半分に折っておいたA3用紙をランチョンマット替わりに、弁当とタッパーを広げる。横には家から持参した氷水の入った水筒。手は洗い済みだ。
「いっただきま~す」
手を合わせ、小声でつぶやき頭を下げる。割り箸を割り、おもむろにタッパーに手を伸ばす。
血糖値を急に上げないために、まずは野菜だ。黄色パプリカに、プチトマト、スナップえんどう、ブロッコリー、カリフラワー、ドレッシングは無し。乙女のように野菜にパクつき、弁当のレタスまで食べ尽くす。
さあ、いよいよ本命の登場だ。
ほんのり焦げ目のついたグリルチキンを箸で一切れつかみ、かじりつく。ミシッ。肉汁が口の中にジュワッと広がり、分厚い肉が悲鳴を上げたかのようにかじる音が耳に届く。
そして外縁だけ火の入ったピンク色のローストビーフに目をやる。うっすらと塗られたソースが絶品だ。
薄切り肉を箸で一枚だけ平らに広げ、ご飯を包んで口に運ぶ。頼りない食感がご飯で補強され、噛むたびにビーフの味わいが舌を刺激する。
ソースをまとった麦ご飯がたまらん。
ローストビーフをワインで、グリルチキンをスコッチのソーダ割りで昼間っから飲(や)りたくなった。純米山廃の日本酒でもいいぞ。麦焼酎のハイボールもありだ。
そんな妄想と戦いながら食べ終える。これでまた来週までお預けだ。
ごみを捨てがてらタッパーを洗いに行こうとして立ち上がると、カレンダーが目に入った。
5月の「21」の赤い文字が浮かび上がる。
「春分の日」
来週の月曜は休みじゃんかよぉ。
店を去り際、「再来週よぉ~」とヒートテックのお姉さんの涼しげな声が、かすかに聞こえたのをやっと思い出した・・。
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