いくつもの旅と故郷と。
駅のホームに降り立つと
その街の風が出迎えてくれる。
これで何度目の転勤だろうか?
ふと、心は空を漂う。
私たち家族には故郷がない。
何度も引越しをくり返し、
そのたび家族には辛い思いをさせてきた。
子供がまだ幼い頃。
「せっかく友達が出来たのに!」
と娘がずっと泣いていた。
そんな娘に妻も泣きながら
「こんな哀しい思いをさせるんだったら
産むんじゃなかった!」と勢い余った。
思わず手をあげそうになった。
小さく「ごめん」と謝る彼女。
ごめん、謝るのは私の方だ。
引っ越すたびに、私は言葉を変えてゆく。
これは家族の旅なのだ。
残してきた街が故郷なのだと。
いつかこの街にも別れがくる。
「今度はどんな街かなぁ」
そんなふうに今は微笑む妻がいる。
あの時も今の言葉も
どちらも私には愛おしい。
この街を離れるとき、私はまた旅に出る。
もう、ここへは戻ることはない。
それでもこの街を故郷に変えて
私たち家族は会いにゆくのだ。
また、新しい故郷の風に。
最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一