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淡いブルーの手紙と日曜日の君へ。

春の小さな物語を書きました。

「なになに?えいいちくん、小説書いたの?もー、いつものエッセイでさえ長いのにぃ!仕方ないなー!ま、暇だし、私が読んであげるか!」ってな感じで、広い心で読んで下さるとうれしいです。(笑)ほんわかと優しくなるようなお話です。8分程度(約3200字)のスキマ時間に、のんびりとコーヒー片手にどうぞ。

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「もうすぐあなたに会いにゆきます。この手紙はその日のための、私の小さなレッスンです」

一人暮らしの僕のマンションの入り口にあるサビたポストに、その手紙は入っていた。名前も何も書かれてない淡いブルーの封筒。中身はただ、その2行の言葉と広い余白だけだった。新手の出会い系のチラシだろう。そう思った僕は、水道代の請求書だけ、ダウンコートのポケットに入れると、どこかのピザ屋のチラシと一緒に、その手紙をゴミ箱に捨てた。

それから一週間後のこと、その手紙のことなど忘れかけていた頃。またあの青い手紙は、このポストに入っていた。

「小さな頃の一番の想い出は、たぶん、こんな夕焼けです。あなたとただ、ふたりで歩いた、こんな優しい夕焼けです」

その言葉と一緒に1枚の写真が同封されていた。それはどこかの街のきれいな夕焼けの写真で、その風景に僕はなぜか懐かしさを感じていた。

・・・これは本当のことなのだろうか?

確かにそれは、白く美しい冬の夕焼けだった。その手紙は毎週日曜の朝、ポストに入っていた。内容はどれもまるで小さな日記のようで、その言葉にはどれも、優しい想い出ばかりが描かれていた。僕は次第にその手紙を、心待ちにするようになっていた。そしてそれはごく自然に、相手を思う気持ちに変わった。

どんな人なんだろう。

会いたい気持ちもあったけど、待ち伏せさえしかけたけど、それはきっとその人との、黙って交わした約束を、まるで破るようなもので、会えばこの関係は、たちまち壊れてしまう気がした。僕は土曜日の夜、その手紙にはじめて返事を書いた。驚かないように傷つけないように、白い封筒にただひと言。

「日曜日の君へ、もしも出来れば会いたい」と。

翌日の日曜日、静かな雨が降っていた。ポストにはその人からの手紙は入っていなかった。僕の手紙は残ったままだ。けれども中身を読んだ形跡は、同じように残されていた。やはり、どこか傷つけてしまったのだろうか?僕は不安になった。次第に後悔の気持ちがあふれてきた。こんなこと、しなければよかったと。

その日から手紙は途絶えてしまった。

数ヶ月が過ぎた3月の終わり。美しい桜並木がもうすぐ見られそうな頃、あの手紙が入っていた。小さな懐かしさに僕は、その場で手紙を開けた。

「もうすぐ、あなたに逢えますから。きっと、逢いにゆきますから」

ただ、そう書かれていた。

僕は高鳴る気持ちを抑え、その日を静かに待つことに決めた。二度と過ちを繰り返さないようにと。

ある日の日曜日の朝。

いつものように、遅く起きた僕は新聞を取りにマンションの1階へと降りた。僕のポストの前にひとりの若い女性が立っていた。肩までかかるサラサラな髪に、淡い桜色のワンピース。

懐かしいその微笑。彼女は僕の幼馴染だった。あの頃とは見違えるほどに、とてもきれいになっていた。

「こんにちは」
彼女はぺこりと僕にお辞儀をした。

僕は驚いて、彼女に言った。
「ど、どうしたの?こんなところで?」

「久しぶり。2年ぶりかなぁ。
確か家族で一緒にバーベキューをしたとき以来だね」

そう言いながら彼女は僕をじっと見つめ、細い人差し指を向け、「相変わらずね、その寝癖」と言った。僕は照れて頭をくしゃくしゃかいた。彼女は小さな声で笑ってる。

あの頃がひととき二人に蘇る。

「仕事は順調?」

「あぁ、うん。でも…」

そう言いつつも、心では手紙の主が彼女だったんだと思っていた。

幼い頃から、二人はいつも仲良しだった。でも、中学2年の頃、友達にからかわれたのがきっかけで、僕らは急に気まずくなった。別々の高校になってからは、たまに家族ぐるみで会うことはあっても、二人だけで会うことはほとんどなかった。

本当に最後に会ったのは、僕の卒業式の日だ。同じクラスのガールフレンドと僕が一緒に歩いているとき、学校近くで偶然、彼女に出会ったことがあった。そのまま何も言わずにすれ違ったこと、君は覚えているはずなのに。

しばらくして僕が就職して、この街に引っ越してからは、二人はもうそれきりになっていた。

あの頃、君の代わりでしかない恋は、いつしか色あせてゆくしかなかった。本当は君のことが、僕はずっと好きだったのだと思う。でも、近すぎていつしか見えなくなるものがある。いつしか離れていたことさえ、忙しい日々の中で気づきもせずに。

「手紙・・・」と僕はつぶやいた。

「あぁ、そう。手紙。相手があなただったなんて
私、びっくりしちゃった」

「え?」僕は少し、混乱する。

「実はこの手紙は、私の母が書いたものなの」
少しためらいがちに君は言う。

「君のお母さんが?」
僕は、なおさら訳がわからなくなる。

「うん。この手紙を届けてくれって。理由は何も言わないの。でも、断ることも出来なくて…私、ちょうど日曜日は、この先にある図書館の仕事があってその途中でこのポストに入れてたの。でも、どうしてあなたに?」

「わからない。僕もまったく覚えがないんだ」

「そうなの・・・で、どんなことが書いてあったの?そういえば、あの”会いたい”って。あれはあなたが書いてポストに入れたってこと?私、もう、どうしようかと思っちゃって。まさか、母が不倫してるんじゃないかって」

君の髪が小さく揺れる。

「まさか。僕は本当に誰かわからなくて、それでそう書いて、自分のポストに入れておいたんだ」

「そうなの・・・それで私、もう、手紙を出すのはやめようかと思ったんだけど。手紙は必ず出してくれって、母が何度も言ってたから、それで先日、出しそびれた手紙を入れておいたんだけど」

”もうすぐ逢いにゆきますから”と書いた手紙がそうなのだろう。きっと彼女は不倫を疑って、ここに住んでいる相手を当然、調べたに違いない。それで僕だと知って、驚きながらも不倫の疑いは晴れたのだろう。

「ところで、君のお母さんは、今は?」

「うん。実はお母さん、重い病気でそのう…
もう、あまり長くなかったの」

「え、病気?長くなかったって??」

「うん、3ヶ月前に、急に病気が悪化して…ちょうど私があなたの”会いたい”って手紙を見た後ね、それでその数日後に亡くなってしまって、私には病気のこと、ずっと知らせないままで・・・」

思い出したのか、少し彼女は涙声になる。

「それで先日、病院から連絡があったの。母のベッドの下から手紙が出てきたって。私はてっきり、すべて出したつもりだったの。でも、最後の一通が残ってたみたいで…中身は読まないでって、いつも言われていたし、でも、これは最後の手紙だから、今日は直接、本人に…あなたに手渡して、ちゃんと母のことを伝えなくちゃって思ったの。だからあて先のあなたに見てほしいの。それと出来たら中身を…そのう、聞かせてもらえたら…」

君は瞳を濡らしたまま、戸惑いがちに僕に言った。

「うん、わかった。でも、なんで僕なんだろう?」

このポストには、部屋の番号が書いてあるだけで、僕の名前は書いていない。疑問ばかりが僕にあふれた。もしかしたら、本当は以前に住んでた人に宛てたものだったのかもしれない。僕はそう思った。ゆっくりと手紙を開くと、その内容に僕は驚いていた。

彼女が何?って顔をしている。

僕は顔を上げ、彼女に教える。

「え、えっと、ただひと言。ありがとうって書いてある」

「そう・・・母はあなたに何を伝えたかったんだろう?」

彼女は小さくつぶやいた。

本当は、その続きがあった。
けれど、彼女には言えなかった。

彼女はそっと空を見上げ、またうつむきながら小さく涙を流してる。僕はそんな彼女のそばで、ほんの少し励ました。

「大丈夫?」と語尾を上げ
「大丈夫」と語尾を下げて。

「うん、ごめんね、泣いたりして…」彼女は顔をあげ、ほんの少し笑顔を作ると僕に背を向けながら、ささやくようにつぶやいた。

「なんてきれいなサクラ…」

川沿いの桜並木に、子供たちがはしゃいでいる。

「そうだね・・・」

僕はそう答えると、もう一度、彼女の母親の続きの言葉を思い浮かべていた。

「今までこんな私のいたずらに付き合って下さって、ありがとうございます。どれも私と娘の思い出ばかりを綴りました。私の大切な宝物です。娘をどうかよろしくお願いします。娘は、幼い頃から今もずっと、あなたのことを・・・それでは」

僕らはそっと空を見上げた。

春がやさしく二人を包んでいる。

END 
最後まで読んでくださってありがとうございます。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一