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服から探る「自分」

「他の人とかぶりたくない。」
はじめは、そんな動機からだった。
僕は着る服を考えることで、"自分"とはなにかというアイデンティティを探していた。

僕にとって服を考えることは
自分とはなにかを哲学することだ。
衣服は他者とのコミュニケーションであり
自己とのコミュニケーションでもある。

僕は僕だと、自分は自分だと証明するもの。大したお金も持っていない高校生の僕は、これを古着に求めた。きっかけは、叔父のひとこと「古着屋さんにいけば、いいブランドものが安く手に入るよ」という情報だった。

古着で七変化

まずは、セカンドハンドのリユースショップをめぐって、ブランドものとやらに触れてみた。ブランドの何たるかすら知らないこの頃の僕のファッションは、ファッション雑誌の1ページ目から最後のページまで全てのコーディネートを再現し網羅できることに重きを置いていた。かっこいいとされるモデルに乗り移ることで、自分もかっこよくなれるのでは?と服を買いあさり、自分を探していた。

そして、次第にヴィンテージといわれるような古きよき服を求めて、「古着屋」をめぐるようになった。たしかに、量販店にならぶ"サイズ違いの同じ顔"をした服とは異なり、古着屋にならぶ服たちはどれも「一点もの」であって、着古されたことによる独特の風合いを放っていた(古着特有の匂いも好きだった)。

僕は街ゆく街の古着屋をまわった。リサイクルショップから秘密基地のようなお店まで、メンズ・レディース、ブランドを問わず隅から隅までくまなく見てまわった。そうするうちに、生地やサイズ、デザインなどが年代や国籍によって異なることがわかってきた。この頃の僕のファッションは、とにかく奇をてらって周りの人とは異なるものを身につけることに重きを置いていた。

これがちょうど大学に入りたてのころだ。毎週、授業のたびに七変化する僕の服装をみて、クラスメイトは「オシャレ」だと言ってくれた。そんな言葉をかけられたことがなかった僕は、こそばしいくらいにうれしかった。

他人と違うこと。相対的な差別化によって、僕は"僕"を確かめようとしていた。

大学初期の頃から、今の原型がみえるような…

ヒーローになりたい

みるみるうちに一人暮らしの部屋は服であふれ、自宅で古着屋が開けるんじゃないかというほどに個性的な服を集めた。しかし、大学2年のころだったか、毎日奇をてらった服を着ることに疲れを感じるようになった。他人との差別化には、それなりのエネルギーが必要だった。

ちょうどこのころ、テレビドラマ「HERO」の新作が放送されていて、木村拓哉さん演じる主人公の久利生公平にえらく憧れるようになった。常識や慣例にとらわれず、自分の信念を貫く堂々とした人柄に、僕の目指すアイデンティティを見た気がした。こうして、古着屋めぐりの目的が久利生公平っぽい服を見つけることになった。ボーダーのカットソーにシャンブレーデニムのシャツ、黒スキニーのパンツにREDWINGのモックトゥブーツ。狙い撃ちするかのように、血眼で探し回った。

REDWINGのブーツも探しまくった
劇場版のボーダーニットも本家の古着屋で購入した
しかし…

やっとこさ全身久利生になれる服が集まった頃、僕はあることに気づく。「あれ?なんだか似合ってない…?」
木村さんの趣味が色濃く表れた久利生公平のファッションは、アメカジを基本とした着こなしだった。そもそも、久利生公平を目指したところで、僕は木村拓哉さんではない。体型も顔も大きく異なる。久利生公平という人物の内面、人柄には憧れるが彼のファッションが自分にしっくりくるとは限らなかった。
そういえば、小学生のころ「踊る大捜査線」の主人公・青島俊作に憧れて、あの服に似たような緑のモッズコートを近所の洋服屋さんで親に買ってもらったなぁと思い出した。青島コートなんて呼び名をつけて、冬は得意げに通学していたのを覚えている。小学生ながらも、あの服を着れば、心は青島巡査部長だった。

これ着て廊下を走り回った

僕にとってファッションとは、ある種の変身願望を叶えるものでもある。憧れのヒーローに変身するための道具。それを着れば、心はすっかりヒーローになれる。そんな魔力をファッションは与えてくれる。そんな魅力がファッションにはあると信じている。

アメカジ(アメリカン)が似合わないとすれば、僕はどんな服装が似合うのだろう。僕の次なる憧れは英国紳士へと向かった。

James Bond 「英国紳士」への憧れ

高校生の時に映画「SKYFALL」を観て以来、Daniel Craig演じるJames Bondの紳士像には強い憧れを抱いていた。「英国紳士」と呼ばれる人の"所作"を想像すれば、永き伝統より裏打ちされたダンディズムの説得力にゾクゾクする。大学3年のころから、溢れかえった奇抜な古着を整理しつつ、僕のファッションはJames Bond・「英国紳士」をモデルとしていくこととなる。

ちょうどこの頃から、心友の助言もあり、ミニマリズムへと傾倒する時期でもあった。「自分にとって価値あるもの・コトとはなにか」。自分自身を改めて見つめ直し、一つ一つのモノと向き合うことで、本当に必要なものとはなにかを問い続けるようになった。自分が自分らしくいられる服装、心地よい暮らしとはどんなものかを少しずつ考えるようになった。

この頃から、古着屋めぐりの目的はJames Bondらしい英国紳士的服を見つけることになった。しかし、あれもこれも買ってみるのではなく、きちんと試着してサイズ感や生地・柄など、再現度の高いもののみをお迎えするようになった。(その分、James Bond映画を一時停止しながら何度も見返して勉強した)

紳士像のなんたるかを学んだ
「enjoying death」 のコーデも最高
トレーニングシーンの服一式も集めた
『SPECTRE』に登場する服も運良く手に入れた

さらに、この熱を高め、再現率を加速させる要因となったのは「The bond Experience」というYouTubeチャンネルおよびサイトだった。主宰のDavidさんは生粋のJames Bond好き(しかもDaniel Craig推し)で、映画で実際に着用された服や車のブランド、コップやフィットネスに至るまで詳細に調べ上げ発信されている。番組タイトルの通り、James BondのExperience(体験)をするための徹底した探求ぶりに僕は心底シビレあがったわけだ。これらの情報を頼りに、僕のファッションは完全にJames Bond一色となり、オーダースーツやサングラス、グローブを含め、フルコーデ一式を揃えるまで集めた。

ついには、自宅にJBコーナーを設立

ちょうどこの頃、僕はファッションとしての「軍もの」に縁することになる。James Bondという主人公が元々英国海軍出身だったということもあり、軍ものの服に触れる機会が増えた。廻る古着屋さんも自ずと軍系を扱うお店が中心となり、各店のブログ等を拝見しては、軍もの特有の洗練されたデザインや確かな実用性・耐久性などを学ぶこととなった。

費用面、耐久性、着心地、風格など総合的な最適解として生み出され改変されてきた軍もののデザインは、ミニマリズムを学ぶ僕にとっても説得力のあるものであったのだ。よくよく探ってみると、現代のさまざまな服の原型(デザインソース)が、軍ものの服に由来していることが多いことなどからも、その完成度の高さを知ることができた。

そして、この頃に僕はドイツへの交換留学が決まる。そもそも、ドイツへの留学を決める背景にはJames Bond然り、ヨーロッパ文化への興味があった。自分がかっこいいと感じるデザインや文化も、ヨーロッパに起因している気がしたので、確かめるためにも留学を決意した。

ヨーロッパアンティークへの興味

ファッションへの興味はさらに深まり、ヨーロッパの現地でも僕はもちろん古着屋さんを廻りまくった。

古い街並みのアパートにひっそりと佇む古い服屋さん。店内には実際に60〜100年前にヨーロッパの"この地"で着られていた生活の服が売られていた。彼らは、日本の古着屋さんで見た服とは明らかに異なる"顔"をしていた。実際の軍服たちもまた、店内に平然と肩を並べていた。その様子は、"この地"で確かに戦争があったのだということも(血痕がついているということなどではないが)生々しく物語っていた。
様々なことを感じつつ、服から感じる現地の生活や文化を古着屋さんという教室で学ぶことができた。

とある日のこと、インターネットで現地の古着屋さんを調べていると、「アンティークマーケット」なるものが週末開かれていることを知り、足を運んだみた。これが新たな道の入り口となった。
アンティークマーケットには、古い服をはじめ、30〜200年前に現地で使われていた「生活の道具」が雑多に並べられていた。ダンボールの山から好みのものを掘り当てるこのひとときは、まさに宝探しのようで、無我夢中になれる快感のような体験であった。屋根のない曇天の広場で店主の人とコミュニケーションをとる(ドイツ語での値段交渉は後にとても流暢になる)ことで、ヨーロッパでの生活を実感させてもらった。僕にとっては最大で最強の青空教室であった。

この頃、インターネット上で長谷川彰良さんや菅澤明男さんの表現と出会った。僕からすると、長谷川さんは自らの"感動"を旧き衣服から探り、菅澤さんは自らの"自然体"を古き物から探っていらっしゃるように思えた。そのシビレによって、僕も、古きもの(古物)の魅力に迫ることで自分自身を探求しはじめるようになった。

自分の感動とはなにか。自分の自然体とはなにか。
James Bond・英国紳士像に傾倒していた僕の興味やファッションは、次第にヨーロッパの100年前の生活へと向かっていく。ここでのモデルは英国紳士×100年前ということで、英国ドラマ「Peaky Blinders」が主となる。ハンチング帽にロングコート、最高にかっこいい。

衝撃を受けた画。最高にかっこいい。

どろくさい服

ヨーロッパでの生活から日本に戻ってくると、外からの眼が養われているためか、日本らしいものに惹かれるようになっていた。そのため、襤褸(ボロと呼ばれる)など日本の古物にも興味が湧いてきた。

帰国後も蚤の市や骨董市を廻るようになり、僕のファッションは①ヨーロッパの100年前 ②日本の100年前 ③James Bondという3つに分かれた。
さらに、古い服だけではなく、古道具も集めるようになり(菅澤さんの影響が大きい)、「自然・人・時間」を経たものの美しさを求めるようになった。

ヨーロッパの100年前については、インターネット上で当時の写真を探すようになり、服装やインテリアなど「The experience」的観点からくまなくチェックして学んでいる。(ここは、長谷川さんの研究・活動が非常に濃密なシビレを与えてくださっている)

モノトーン写真で実際の生活を垣間見ると、僕はとりわけ「生活の原型」に興味があることが分かってきた。原始の生活にみられるような、自然と人の距離が近く、巧みな知恵のある暮らしに魅力を感じている。それは、僕自身がおばあちゃんの家で暮らしたときに感じる「生活のあたたかさ」のような、「人間のあたたかさ」のようなものに近い。生きることの尊さ、経ることの美しさを僕は古物に学んでいる。

だからこそ、僕は整った紳士服というよりは、農夫が着用していたような「どろくさい服」に惹かれる。服が服としての一生を懸命に全うする姿が美しい、朽ちた服。それは、時間を経てなお纏うことができる自然と人の芸術作品だ。

100年前のgents一式を、一着ずつ集めた
日本の襤褸一式を纏って、菅澤さんと


希少性という価値

近年、特に注目を浴びているヨーロッパヴィンテージ(ユーロヴィンテージ)の服。「デッドストック」という状態、「インディゴリネン」や「モールスキン」といった生地、「ベルジャルディニエール」や「アドルフラフォン」といった生産名が古着市場でブランド化・高騰する中で、市場価値は真逆にあると言ってもいい無名でボロボロの服を僕は愛している。

市場の謳い文句を鵜呑みにして誰かの付けた価値を自分の価値として纏い自慢する人はいかがなものかと、心のどこかでヴィンテージを"映え"に引用する人を批判することもあった。
自分はそんな人とは違う。そうやって差別化して、自分の希少性(自分は稀有な存在であること)を掲げて、僕は僕というアイデンティティを守ろうとしていた。

しかし、ある時、大切な人に言われてハッとした。
「あなたは、あなたのままですごいんだよ。」

脳天を打たれた。
誰かを否定し退けて確保する自らの希少価値は、それもまただれかに否定されうる。相対的な差別化によって守ろうとする己のアイデンティティは脆い。それに、他人を罵ったところで、何の価値も生まれるはずはない。僕は僕の存在価値を、誰かとの比較の上に認めようとしていた。

僕は、「自分とはなにか」をもう一度問い直すことにした。

「究極の自然体」

「あなたは、あなたのままで、すごい」
僕が本来目指していたところだった。
そっと、志していたものだった。

何者との比較でもない、絶対的な自己の価値。
あるがままで、素晴らしいということ。
究極の自然体」その尊さ。
僕が古物から学んでいることそのものだった。

"他とは違う"からすごいのではなくて
ただ、存在そのものが尊いということ。

たとえるなら、
歪ながらもそれこそが自然体であるという、
古物の不恰好な強さに似ている。

"不便なこと"をも愛おしく感じるような、
心の豊かさをもっていたいと
僕はいつも古物に学んでいる。

そして、僕にとって
とりわけ服について考えるということは
自分とはなにかを哲学することだ。
衣服は他者とのコミュニケーションであり
自己とのコミュニケーションでもある。

僕は
人間らしい人が好きだ。
服らしい服が好きだ。
僕らしい服を着ていたい。
でも、自分らしさとはなんだろう。

そんな問いをくりかえして
100年前の古物と生活をしながら、
自らの「究極の自然体」を探求している
ひとつのいのちがここにある。

生は尊く美しい
死もまた尊く美しい

自分の奥にある
「いのちらしさ」
という究極の自然体を
僕は探り求めている。

あるがまま
僕が僕であるために。

日本の古い服も素晴らしい
細部にまみえるボロがたまらない
その日が心地よくなる服を。


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