異化してキメろ!レトリック逆算詠
文:クサナギ・シゲフミ
これは短歌同人「たんたん拍子」6号への出張企画「レトリックを縛って詠もう!」の補足記事です。「たんたん拍子」6号と合わせてお読みいただくと、さらに面白いかも知れません。
「たんたん拍子」6号の企画では、短歌に組み込むと面白くなりそうな任意のレトリック(修辞法)10個のうち、たんたん拍子メンバーがルーレットで当たったものを意識して各自で一首作りました。
本記事では、①レトリックルーレット、②10個のレトリックの解説、③特に気になったたんたん拍子メンバーの歌を紹介します。
①レトリックルーレットこと〈他者による言葉選び介入マシン〉
ここで選ばれた10種のレトリックのラインナップは、極めて恣意的です。恐らく難易度に当たり外れがあります。うちいくつかは限りある字数をどう使わせるか指定して、配置の裁量を妨げます。他にもワードチョイスを拘束するような条件しか挙がっていません。つまり、他人からの干渉によって詠みの自由が奪われる、ちょっとした縛りプレイということ……万が一これから遊ぶ人がいるのなら、ぜひ頑張ってみてください。あくまでも、介入しているのは単語選びや組み立ての一部に過ぎず、その中身、テーマは問われていませんからね!
②10個のレトリックそれぞれの解説
音を異化するレトリック
語音転換(spoonerism)
強勢をもつ音節の最初の子音どうしが入れ替わる形をとる言い間違いのこと。(例)well-oiled bicycle→ well-boiled icicle(小松原, 2024)
今回は子音どうしに限らず、離れた位置にある語頭や語句それ自体を入れ換えるなどして、詠んでください。
マラプロピズム(malapropism)
(意図せず行われた)言葉の滑稽な誤用、特にある言葉を他の似ている言葉と間違えること。(fukirhetoric.com)
(例)オベリスク(記念碑)とオダリスク(画題)を間違える
これを引いた人は、31文字のどこかで本来の語句を【似た音の別の語句】に面白おかしくなるよう入れ換えて詠みます。ただし、全体として前段・後段から置き換わる前の、【文中に現れていない元の語が読者に想像できる】ようでなければなりません。
造語で異化するレトリック
逆成(back formation)
ある言葉から派生や転成の関係を考えて、そのもとになったと思われる語をつくりだすこと。(例)「たそがれ」という名詞から「たそがれる」という動詞が作られたこと。(小松原, 2024)「erotic」から和製英語「エロ」ができたことなど。(keio.ac.jp)
これを引いた人は、元となる語に対して勝手な分解を施し、その一部を取っ払うことで派生語を作ってから詠んでください。
再命名(retronym)
新語と区別するために、呼び名をつけ直された既存の語。(kotobank.jp)
(例)「(西)洋画」という概念が導入されて、「日本画」という語ができる
これを引いた人は、勝手に何らかのカテゴリーを細分化し、修飾部を増やして新しい言葉を生み出してから詠みましょう。
文法で異化するレトリック
くびき語法(zeugma)
複数の異質な目的語を一つの動詞で支配する語法。(kotobank.jp)
(例)全くこいつは言葉も呼吸も思念もとまる(坂口安吾『白痴』: 272; J-FIG: a1723)
これを引いた人は、同じ品詞の意味の上で全く違うカテゴリーにあたる語を並べて、動詞に限らず、同一の述語に接続させて詠みます。
意味で異化するレトリック
撞着語法(oxymoron)
常識的には結合不可能と見なされている語どうしを結びつけること。(小松原, 2024)
(例)ゆっくり急げ、欠点のないのが欠点、残酷な優しさ、など。(kotobank.jp)
これを引いた人には、分かりやすく形容内容と名詞が相反して見えるように言葉を組み立ててもらいます。
トートロジー(tautology)
「AはA」のように主語と述部に同じ言葉を繰り返す文彩。
(例)約束は約束だ、勝ちは勝ちだ、など。(小松原, 2024)
これを引いた人は、やはり典型例、同語反復をやってみましょう。
話の流れで異化するレトリック
・頓降法(bathos)
話の筋書きを最後になって急転直下の結びで終わらせる技法。(小松原, 2024)
(例)「ファルスとは、人間の全てを、全的に、一つ残さず肯定しようとするものである。およそ人間の現実に関する限りは、空想であれ、夢であれ、死であれ、怒りであれ、矛盾であれ、トンチンカンであれ、ムニャムニャであれ、何から何まで肯定しようとするものである。」(坂口安吾『 FARCE に就て 』: 57; J-FIG: a1091)
これを引いた人には、盛り上げておいて最後に落としてもらいます。まず類聚を行い、似たものごとを集めて読者の期待を方向づけ、最後に自ら作り出した基準から逸脱した例を提示することで、一首のオチとしてください。3つ以上であれば、具体化した数の上限は問いません。なお、繰り返される単位は名詞だけでなく形容詞でも動詞でも、あるいは、それらの組み合わせでも何でも構いません。
黙説法(reticence)
途中で急に話を途絶することによって、内心のためらいや感動、相手への強い働きかけを表す。(小松原, 2024)
(例)朝倉かすみの小説のタイトル『静かにしなさい、でないと』、「俺、実はお前のことが……」など
これを引いた人は、いいところでいい感じに口を噤みましょう。重要なことこそ文字通りに言い表してはなりません。とはいえ、31文字の文脈から伝わるように、十分ほのめかしてください。
無駄口(idle talk)
実質的な効果のないことばを、形式的につけ加える技法。文脈には無関係の慣用表現を付け加えたりする。(小松原, 2024)
(例)「その手は桑名の焼き蛤」(japanknowledge.com)
これを引いた人は、限られた音数を、余計な言葉遊び、語呂遊びに割いてください。
③特に気になったたんたん拍子メンバーの歌二首
遊び心を添えるばかりか、情景描写としての情報量を上乗せしています。「始発」の描く早朝から「鶏」が「鳴く」との連想が働き、決まり文句「一も二もなく」の単なる語呂合わせに終わらない面白さがあります。言語学者ローマン・ヤコブソンの6機能図式に則ると、装飾的であることによって伝達自体へ目を向けさせると同時に、内容の充実まで図られてマルチに作用しているように見えます。無為に韻律を消費させようとする題への返答として、興味深いものでした。
人名の一部を動詞の活用語尾として解釈する無体を働いています。厳密には逆成にあたらないと思われ、語形成の面からは、「異分析によるル動詞・スル動詞化」と言えるのではないでしょうか。またカエサルとブルータス両名の逸話に準えることで、歌に出てくる「俺」と「おまえ」の人物像、彼らの間に起こった/起こりうる事態も容易に推測可能としています。さらなる文脈を呼び込む手段としても使われた、ということです。
他に、響きを重視するなら「やって」「だって」の繰り返しのリズムへ目がいくかも知れません。また「そうやって」と先行文脈(=定型外)に「そう」の指示対象となる所業を追いやって、詳細を造語に託しているのも憎いところです。
参考文献
「レトロニム」コトバンク,デジタル大辞泉 kotobank.jp (閲覧日:2024年8月14日)
小松原哲太他 (編) 2024. 『日本語レトリックコーパス』 https://www.kotorica.net/j-fig/
瀬戸賢一, 宮畑一範, 小倉雅明(編著)(2022)『「例解」現代レトリック事典 』大修館書店.
『ふき出しのレトリック』fukirhetoric.com (閲覧日:2024年8月14日)
堀田隆一『hellog~英語史ブログ』hellog~英語史ブログ (keio.ac.jp) (閲覧日:2024年8月14日)
国立国会図書館『レファレンス協同データベース』https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000198523 (閲覧日:2024年8月14日)
神永曉『日本語、どうでしょう?ー知れば楽しくなることばのお話』
第488回 「その手は桑名の焼き蛤」 - 日本語、どうでしょう? (japanknowledge.com) (閲覧日:2024年8月15日)
短歌同人誌「たんたん拍子」6号はこちらから。ぜひ本記事と合わせてお読みください。
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