【卒業式】答辞
日にちは違えど、大学の卒業式は今日と同じ春分の日に催された。
私の指定席は壇上にあった。始まる前は待機場所の通路から親に手を振って、入場してからは保護者やヤンキー学生にちらっと見られたり見られなかったりしながら過ごした。
その最終盤、答辞を読んだ。大学への不満と愛憎様々な人間関係から、極々小さな反抗と小さな身内ネタを仕込んだ精一杯の、でも渾身の一撃。答辞を「読む」って表現、何か気に食わない。
文学フリマ2回目出店用『Choose me』(仮題)の軸になる予定。
この卒業式のあと、選択の甘さとか熱の無さに打ちひしがれて就職ブルーになる。それも『Choose me』に組み込まれると思う。
今日既に上げている卒業シリーズ第二段
下記リンクの第一弾は高校の卒業文集から。
※原文と違うところは「"」で囲ってます。
答辞
平成31年3月21日
本日は教職員の皆様をはじめ、多くの皆様のご臨席の下、このような式典を催していただいたことに、卒業生一同よりお礼申し上げます。
高校を卒業する頃の私には、今日ここに登壇している姿を想像することはできなかったでしょう。
私は小学3年生から不登校を経験していました。高校も通信制に通っていたこともあって、10年ぶりの社会復帰とも言える入学は、大きな不安を纏っていました。
1年生や2年生の時には、成績優秀賞をいただき、座学では手応えを得ましたが、それでも根本にある人間的な成長には満足できません。人としてのおもしろみを感じることができず、大学を卒業して社会で活躍する姿を想像することができなかったのです。
そこで、評価を得ていた座学から"大学"が推し進めるアクティブラーニング的な活動を学生生活の中心に切り替えることを決めました。当時お世話になっていたゼミの教授に相談し、後押しをいただいて現在のゼミへと編入。大学で実施しているプログラムにも参加しました。
地域の特産品であるじゃがいもを自分の手で植え付けたり、真夏にフィールドワークで山を歩くことがあれば、他の学生と共に徹夜で資料を作った日もありました。
そして、自分たちで考え、作り上げていくものを、外部の方と共有し、評価をいただくことに楽しさや充実さを実感していきました。当然、うまくいかず、憤りを感じたり、悔しい思いをしたこともありますが今では全てを良い経験として消化できていると感じています。
私たちは、多様な選択肢から自分の行動を選び、その継続によって今日を迎えています。
4年前、数ある大学の中から"大学"を選択し、入学しました。さらにその中で、多様な講義の中から履修する科目を選び、ゼミ活動をすることで、自らの人生に方向付けをしていきました。あるいは、講義を欠席して何かを優先したことがあるかも知れません。休学して長期の留学や旅行をして、自分と向き合った人もいるでしょう。様々な出来事を乗り越えて、今日を迎えているのだと思います。
不登校だった私がこの場にいられるのは、この4年間に積み上げた選択の成果だと思います。
私たちは"大学"を卒業し、社会へ出て行きますが、学んだことを活かし、これからも自分の選択を続け、人生を切り開いていくのだと思います。
最後に、在学中ご指導くださった先生方、職員また関係者の方々に改めてお礼申し上げます。
そして皆様のご健康と"大学"の一層の発展を願い、答辞といたします。
平成31年3月21日
卒業生代表:"なすとうま"