「マズローの5段階欲求」から効果的な「探究学習」を考える
はじめに
みなさん、こんにちは。新学期が始まり、あっという間に4月も末ですね。
日本にいれば、例外なくどの業界で働いている人も、学校に通う児童生徒学生もこの1ヶ月は本当にあっという間に過ぎ去ってしまいます。
私自身も新年度が始まり、いくつか新しいプロジェクトもスタートしました。そして、これまで弊社で開発してきた教材にも今年度は大幅なテコ入れをして、より皆様に使っていただけるような展開をしようと考え、アクションに移し始めているところです。
早速4月は、4校の高校で探究や英語の授業をゲスト講師として担当させていただきました。昨年度もいくつか担当させてもらったり、見学させてもらったりする中で考えてきたことなのですが「探究の授業は難しいな」と感じる部分があります。
どのような点で難しさを感じるかというと、
・グループワークでも議論が盛り上がらない
・生徒同士お互い忖度しているような感じがする (本心を言わない)
・興味ありそうなのに、なぜか手が進まない (友達に歩調を合わせているように感じる)
・誰でも考えられるオープンな問いでも生徒が表現をしない (幸せはどのように定義しますか、など)
etc…
これらの原因について探っていくと、もちろん教養や前提知識の部分でつまづくところはあったり、私自身の探究授業の進め方に問題がある可能性はあります。
と同時に「マズローの5段階欲求」でもある程度説明がつくのではないだろうか、という仮説が浮かび上がってきたので、今回は「マズローの5段階欲求」と「総合的な探究の時間」についての関係性に焦点をおいて考えてみようかと思います。
マズローの5段階欲求とは?
マズローの5段階欲求は非常によく知られている概念ですよね。詳しくは知らなくても一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
探究学習との関連性を考える前に、そもそもマズローの5段階欲求とは何かを一緒に確認していきましょう。
マズローの5段階欲求は、様々なところで図で表現されているものがありますので、以下に他Webサイトから引用させていただきました。
また、noteのAIアシスタントを使うと以下のような文章が出てきました。
いかがでしょうか。このマズローの5段階欲求に対して懐疑的な目もあったりはするのですが、私自身はとても端的にわかりやすく人間の欲求レベルを体系化した図だなと思っています。
そして、この欲求は年齢ごとに比重は変わってくる可能性もあるなと感じてはいますが、もちろん厳密に区切ることは不可能で、住んでいる地域や育った環境、社会的な機会等によって、それぞれの欲求レベルは変わるのではないかと思っています。
高校生や思春期にある人たちの欲求レベルはどこなのか?
さて、マズローの5段階欲求を確認したところで、少しずつ探究学習に繋げて考えてみようと思います。
総合的な探究の時間は、2022年度からスタートした科目ですが、主に高校生が対象となっています。
高校生は、15歳から18歳までの年代を指しますが、マズローの5段階欲求で分けるならば、日本に在住する高校生は、どのレベルの生徒が多いとみなさんは考えますか?
以下に幾つかの調査データをピックアップします。
上記のデータを見て、どのように思うでしょうか。
図1では、「孤独を感じる、一人でいるのが不安になる」や「自分に価値を感じない、他者から必要とされない」「何もしたくない、無気力」が非常に高い数値が出ています。
図2では、3つのデータから共通して言えることは、「周囲から嫌われないようにする」です。そして、その傾向は大学生よりも高校生の方が高いこともわかります。
では、ここで皆さんと考えてみたいのですが、マズローの5段階欲求でみてみると、高校生はどのレベルにいると考えられるでしょうか。もう一度図を以下に表示させますね。
おそらく集団に所属したい欲求である「社会的欲求」や他者から存在価値を認められたい「承認欲求」がボリュームゾーンなのではないでしょうか。
もちろん全国にいる高校生が上記の2つのレベルに属しているわけではないと思いますが、もしかしたらマジョリティの高校生が「社会的欲求」「承認欲求」に位置しているかもしれません。
みなさんの学校ではどうでしょうか?
学習指導要領に書かれている「総合的な探究の時間」を紐解く
さて、ここまで高校生の実情についてなんとなく理解できたところで、今度は文部科学省が提示している「総合的な探究の時間」について確認してみようと思います。
学習指導要領についてよくわからないという方は、ぜひ一度以下のURLを確認してみてください。
◾️高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 総合的な探究の時間編
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/11/22/1407196_21_1_1_2.pdf
新しい学習指導要領の中で有名な図の一つとして、上の図がよくあげられます。
「総合的な探究の時間」の前身となる科目は、「総合的な"学習"の時間」でした。
今回の、「総合的な"探究"の時間」では、自己の在り方生き方と一体的な不可分な課題を発見し、解決していくことが求められています。
つまり、言い換えると「自分は生涯、どのような社会的価値を与えたいと思っているのか、どのように生きるのか、を明確にし、現時点でのアクションを考えて表現する」というような意味を含みます。
学習指導要領にはこのような文章も書かれています。
また、総合的な探究の時間で育成することを目指す資質・能力部分では、以下のようなことも書かれています。
個人的なポイントとしては、第2・第3目標の「実社会や実生活と自己との関わり」や「より良い社会を実現しようとする態度」が目を引きました。
「マズローの5段階欲求」と「総合的な探究の時間」
さて、ここまで「マズローの5段階欲求」と「総合的な探究の時間」について内容を確認してきましたが、ここではこの2つを並べて考えてみようと思います。
では、まず単刀直入に、「総合的な探究の時間」で求められているのは、「マズローの5段階欲求」でいうところの、"自己実現欲求"の部分に位置するのではないかと思われます。
もっというと、上の図の中で一番上に位置している"自己超越"も「総合的な探究の時間」で求められている領域です。
あえてこれまで触れてきませんでしたが、この"自己超越"は、マズロー博士が晩年に気づいた6つ目の欲求と言われています。
利己の利潤追求ではなく、世界や社会のために尽くしたいという欲求が"自己超越"の欲求になります。
他方、高校生のマジョリティは"社会的欲求"や"承認欲求"であると確認してきましたね。
このズレが「総合的な探究の時間」を効果的に実施する難易度が高い一つの理由と言えるかもしれません。
PBL(Project Based-Learning)やらグループワークやらを先生が促しても、生徒同士の活発なディスカッションや主体的な参加がみられない場合があります。
欲求とは別に前提知識が特定のテーマに対して議論をするのに至っていなかったり、社会テーマに対してジブンゴト化できていない部分もあるかもしれません。
しかし、少なからずグループの周りを気にして、
「意識高いやつだと思われたくない」
「ちょっとだるそうにしている方が他のクラスメートの気を引けている」
「メンバーにももっと真剣にやってほしいが、嫌われたくない」
等の理由から、議論が盛り上がらなかったり、思考を止めてしまう、といったことはあるのではないでしょうか。
効果的に「総合的な探究の時間」実施するために
では、どのようにして「総合的な探究の時間」を効果的に実施できるでしょうか。
ここまで整理してきた中で、ポイントとしては「深い議論をするための環境づくり」が重要であることがわかってきました。
ぜひみなさんにも考えていただきたいところではありますが、個人的にざっと思いつく3つの工夫点については以下に書いていきたいと思います。
※他にもあると思うので、ぜひみなさんの考えもお聞かせください。
1. 生徒間、先生-生徒間でラポールを築く
先述したように、高校生は"社会的欲求"や"承認欲求"が大事であることはわかりました。このことから、効果的な探究学習を実施するには、この2つの欲求に対してまずアプローチが必要であるでしょう。
そのためには探究活動前、もしくは探究活動における導入でのアクティビティとして「ラポール」を築くことが重要であると考えます。
ラポールとは、フランス語が語源の言葉で、「調和した関係」「心が通じ合う関係」のことを指します。元々はカウンセリング手法として用いられた概念ですが、ビジネスシーンでも最近注目されています。
教育業界では、「心理的安全性」も同じような文脈で言われているかもしれません。私も心理的安全性についてのブログを投稿しているので機会があれば読んでみてください。
要は、"安心・安全"に議論ができる関係づくり、環境づくりが重要であるということです。
この安心・安全な場づくりについて述べようと思うと、これもブログ一本分程度の量が必要になるので、今回は詳しくは述べません。
簡単にだけ記載しておくと、「相手を否定しない」「相手の良いと思う点を認識しておく」「相手の主張を尊重する」などのルールやワークで確認する作業をしておくなどは有効的かもしれません。
2. 評価で「学びに向かう力・人間性等」を重視する
こちらは形式的な話になっていきますが、探究活動における評価を明確にしておく、ということです。
受動的なフォーマットなので個人的にあまり好みませんが、評価として基準を設けるのは有効的な手段だと言えます。
やはり入試などを意識させるというのは、学習意欲とは別のアプローチで取り組むモチベーションに繋げることができます。
特に近年では、"知識・技能"、"思考力・判断力・表現力"、"学びに向かう力・人間性等"の3観点の評価をする必要がありますが、特に"学びに向かう力・人間性等"についてを明確にしておくことで、議論の深まりや主体的に取り組む姿勢を促すことができると考えます。
最近では、生成AIを使えばかなり筋の良いルーブリックを作成することができるので、基準を明確にしやすくなっていると思います。
試しに、私も一つ作ってみました。ものの3分程度で以下のような叩き台ができてしまいます。
これらをうまく活用しながら、生徒の反応や行動がどのように変わるのかを確認していく必要がありそうです。
3. 圧倒的に議論や探究的な学習の機会を増やす
最後は、"量"に関することです。これは特に説明は不要かもしれませんね。
私の肌感覚ベースでいくと、積極的に探究活動や議論をしているクラスや学校の傾向として、探究的な活動や議論の回数が圧倒的に多いことにあります。
もはや日常になっている、ということですね。
教科の授業でも常にディスカッションや自分なりの考えを表現する機会があったり、探究の授業でも、3年間、あるいは中学も合わせて6年間、毎時間のように発表や議論があるような授業を繰り返していると、導入やラポールなんかを意識しなくとも、勝手に議論が始まるような土台がいつの間にか出来上がっている、という感覚です。
私もベルギーのインター校で中高を過ごしましたが、海外の学校はそのような授業形態が通常でもあったりするので、自分の意見を述べるのが普通、みたいな状態になっていると思います。
みなさんもそのようなイメージ持たれませんかね。
最近では、タイパ(タイムパフォーマンス)が重要、などと言われ、量より質が問われていると思いますが、実際は"圧倒的な量"に適うものはないなと個人的には考えています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
「マズローの5段階欲求」「総合的な探究の時間」の両方を比べていきながら、どのようにすれば効果的な探究学習ができるのか、という仮説を考えていきました。
実際にみなさんの勤務校はどのような状態でしょうか。
ぜひ他にも有効な手段があるよ、こんなアイデアはどうか、などがあればいつでも教えてください。
そして、少しおまけ的に記載しますが、私もよくゲスト講師として探究の授業を担当させていただいたりしますが、非常に難易度が高いと感じます。
これは私自身の力量の問題も多分にはありますが、やはり生徒との関係性が築けていないと、どんなに盛り上がりそうな問い、生徒にとってドンピシャな問いかけがあったところで、深い学びにつなげることは容易ではないと感じています。
お互いに適切ではない緊張感を感じられ、どこまで踏み込んで聞いて良いか、お互いにどんな人かわからないまま、あっという間に50分が過ぎ去ってしまいます。
最近では、多くの企業も出張授業をしていたりしますが、私以上に教育業界とは距離のある方々が、いざ50分の授業をやろうと思った時には、きっと更に戸惑いや苦労があるだろうと想定されます。
とはいえ、昨今は教師だけの知識や経験だけでなく、外部の知見も探究学習に取り入れていく、という時流がありますから、この辺りの接続は今後も課題となることが考えられます。
私自身も引き続きどのようにスムーズに探究学習を学校の内外で整えていくことができるのか、考えていきたいと思います。
ぜひ何か一緒にプロジェクトできるよ!
森と面白そうなことしたい!という方はお気軽にお問い合わせください。
では。
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