見出し画像

中国における日本語教育の20年|世界の日本語教師たち Vol.7(前編)|笈川幸司さん


このedukadoページでは「世界の日本語教師たち」というテーマで、毎週世界を股にかけて日本語を教える先生たちの現場のリアルな声を取材した記事を配信したいと思います。

第7回では、“中国における日本語教育の20年”と題してお届けします。

今回の日本語教師:笈川幸司 さん

画像1

中国浙江省杭州市在住。2001年に中国の大学で教鞭をとり始める。清華大学と北京大学で10年勤めたのち、中国各地で日本語を学ぶ大学生を北京に集め、特訓クラスを開催する。2020年新型コロナウイルスの影響でこれまで続けてきた活動を中止し、この秋から新たにオンラインでの活動を始める予定だ。

インタビュアー:Jun

埼玉県在住のフラガール。国際観光専攻。趣味は海外ドラマとJ-popアイドル観賞。観光学を通じて世界を学ぶうちに、日本文化について深く知りたいと思いedukadoへインターンシップとして参画。現在はPRを担当。多くの日本語教師へ取材する傍ら、日本語教育を取り巻く環境を改善すべく活動中。

20年間、増え続ける日本語学習者

ー1番大きな変化は学生の意欲

以前、中国の学生はよく勉強していましたが、20年経った今、一生懸命に勉強する学生が少なくなったことが一番大きな変化だと思います。

—500以上もある日本語学科

2000年前後から急激に大学の日本語学科が増え、一時期500以上の日本語学科が専攻できる状態でした。この数字は四年制大学だけの数字ですから、短期大学を含めるとさらに大きな数になると思います。“学習者が増えたので、競争が激しくなった”というのが、学生の環境の変化の一つだと、学生たちは感じているようです。

—変わらない指導方法

ただ、先生方からは、教え方が20年前とほとんど変わっていないと聞きます。そのせいで、学生たちは今の時代に合わない昔ながらの教え方についていけないそうです。「学生も先生もストレスが溜まっている」というのが、中国の大学の日本語学科の現状と言えるかもしれません。

—日本語を学んでも将来が見えない

“競争が激しくなったが、日本企業で就職できるチャンスはあまり拡大されなかった”ということも大きな理由です。学生たちが一年生の時に、四年生の先輩から「就職できないよ。」、「日本語勉強していても、いいことないよ。」などのネガティブな言葉を聞くそうです。

日本の大学では一年生の時にオリエンテーションがありますが、中国ではほとんど行われていないそうなので、先輩からネガティブな言葉を聞くと、それが全てになってしまいます。最初から日本語学習のモチベーションを保つことができず、50音を覚えないまま卒業してしまう学生も少なくないそうです。むしろ覚えなくても卒業できてしまうほど、良い状況ではないということになります。

—授業からも先輩からも見通しの悪い未来

先生たちもこの状況にがっかりしていると聞きます。ただ、昔ながらの教え方しか知らないため、例えるなら、そろばんしか知らず、電子計算機が出てきた時に使い方がわからないという状況と似ているかもしれません。学生たちは最先端の授業方法を期待していますが、昔ながらの授業を受けているため、日本語学科に入っても良いことがないと思ってしまうのかもしれません。

—大学受験が勉強のゴールに

20年前は今と違って豊かではなかったのだと思います。当時は、勉強で自分の人生を変えようと努力する時代だったのかもしれません。今は大学受験が終わると、学生たちは身も心もヘトヘトの状況で、大学入試がゴール、「勉強したくない」というところから大学生活がスタートすることになります。

ー第一志望の学生だけではない

日本語学科を選んで入る学生は少なく、他の学部を希望していても叶わず、回されて辿り着いた学生も多いようです。その後、先ほどのような先輩のネガティブな発言を聞き、やる気を無くして4年間を無駄に過ごしてしまう学生も少なくありません。

—大学での授業は講義形式

画像2

中国はもともと人口が多く、その分優秀な人材も集まりやすいようです。「どんなにひどい授業をしていても、クラスに1人くらいは成績の良い学生はいる」と聞いたことがあります。その優秀な学生が大学院に行き、博士号を取得し、教授になるそうですので、必然的に授業は講義形式になります。教授が一方的に説明し、学生たちは話を聞いてメモを取ります。

しかし、今の大学生は予習・復習をしないそうで、若い先生から悩み相談をよく受けます。恋人がいたり、スマホゲームをしたり、他にもたくさんの誘惑があるため、勉強に費やす時間が少ないそうです。ですので、昔ながらの授業に対応できず、「どこが分からないのかが分からない」ので、先生に質問もできないという状況です。

会話をメインとした学習指導

—まずは基本の会話文を身に付ける

例えば、「犬が好きですか?猫が好きですか?」と聞くと、大学一年生でも、四年生でも「犬です。」「猫です。」としか言いません。理由も言いませんし、エピソードも言いません。

私の授業ではテンプレートを使った授業をしています。

「ご質問いただきありがとうございます。 好きな◯◯は△△です。もちろん、▲▲も好きです。 しかし、一番好きなのは、△△です。なぜなら、〜〜だからです。 以上です。どうもありがとうございました。」

画像3

(図・笈川先生作成)

このパターンを、いろんなものに置き換えて実践しています。多くの学生は、自分の日本語に自信がないため、話し続けようとしません。遠慮してしまって“もういいです。”と諦めてしまう場合が多いです。そこで、私は授業中、「あぁ、凄い!」「いいね〜!」と相槌のように声をかけて、最後まで挑戦してもらえるように頑張っています!

—発音は楽譜のように

中国語にはピンインといって、発音の抑揚を表す記号があります。これを参考に例文のテンプレートに独自の記号をつけています。楽譜のような感覚で学んでもらい、その結果、アクセントの違いを理解してもらえます。

テンプレートがあることで、他の会話にも応用できます。自転車に例えると補助輪のようなもので、これを習得すれば、自分でも会話が繋げられるようになっていきます。

—授業中、人前で話す機会を用意

オンライン授業では一人を指名して、その学生が回答している間にWe Chatグループで、音声機能を使って課題を提出してもらっています。これは、人前で練習するのと同じ効果があります。人前で話す=「緊張する機会」を提供しているわけです。私とある学生が会話をしている時間を使って、ほかの学生は何度か1分間スピーチに挑戦します。しかし、このような機会は他ではほとんどないそうで、ある学生は、「ここで10日間日本語を話した量は、大学四年間の数倍の多さでした」と言っていました。

笈川さんの授業の様子です!是非ご覧ください。

記者から一言

日本語教育が伸び続けている中国でのお話は、20年間で大きく環境が変化していることがわかりました。教師を長く続けている人はあまり多くない印象であったため、時代が進化していく一方で、教育が変わらないこと。学生の周辺環境が変わる以上、勉強の方法や指導も変化していかなければならないことを、強く感じました。まだ伸び代があると考えられている中国での日本語教育を進歩させていくことで、他の国々でも今後応用できていくのではないかと感じます。

次回は後編をお届けします。
革新的に教育を行なってきている笈川さんの、指導方針やお考えを伺いました。
是非お楽しみに!

インタビュー・文:Jun Sakashima

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?