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東京に住む龍 第十話 千客万来③

 その日、高天の原政庁で参議身分の上に、鬼神の称号を与えられ、今は一線を引いたとはいえ、亡者の拷問では日本地獄一とうたわれ、諸外国の地獄でも人目おかれる腕前を持つ、日本地獄の最高権力者の野守は、三柱の女神に詰められた。

 まず早朝から天照大神に呼びつけられた。天照大神はまだ日本の高天の原と黄泉の国と現世・地上が未分化な時代に、野守の上司だった。若い野守をびしびし鍛え、有能な官吏に育てたのだ。今の上司は子孫のアメノスグレヤドのミコトで、直接命じられることも少なくなった。

 天照大神の魂管理センターの隣の高床式の御殿に行き拝謁を願う。込み入った会議でもない限り、御簾から出てこない天照大神が御簾の外で立って待っていた。大変立腹して野守を見るやいきなり、額の一本角を持って床に押し付けた。

「お前―、龍の事はどうなてっているのだ。野守―」

「大神様―、御離し下さい。龍は本当に自分たちの事を言わないのです。質問しても、のらりくらりされるばかりで、はっきりとした事が分からないです」

「野守よ、東京の龍、青龍は神の姿を子供にしていた。本性ではなく神の姿は恣意的に作れるものだ。青龍自ら大人になって妻を娶り龍珠にしたのではないのか。それは危機を予知したのではないのか。

 野守よもっと龍に迫って、その危機を聞き出しておくれ!」

 地獄省の庁舎に戻り、野守が執務を執っていると、昼前に今度は伊邪那美の命に呼ばれた。

 伊邪那美は幼児で惨殺された野守を、その怨念で鬼に変え、幼い野守に鬼の道を仕込んだ、育ての親でもあった。子供ながら頭脳が明晰過ぎる野守が、魂の記録の木簡をバラバラにして、大人の神々を怒らせたり。刑場の亡者を逃がして大人の鬼を激怒させていた。その悪餓鬼だった野守を真剣に叱り、成長を見守った恩義のある女神だった。

 大神様はもうとっくに引退し叫喚地獄で隠居生活送っていて、多くの女官たちに被かれ、穏やかな日々を送っていた。

 午後一で伊邪那美の御殿に駆け付けた。御殿は叫喚地獄の刑場が望める高台にあった。伊邪那美は庭で安楽いすに座り、刑場の亡者の拷問を楽しんでいた。女官に案内され野守は、伊邪那美の前に畏まった。野守は表情を決して表に出さないが、この女神の前では、いつも委縮してしまう。

「かいよ、来たか。龍の事はどうした」

「大神様、申し訳ございません」

 野守は頭を下げたまま答えた。

「申し訳ありませんが、日本の青龍をはじめ紅龍も白龍も聞き出そうとしても、龍の性格が排他的で、ピクリとも話してもくれません。龍たちが何故、数千年来なかった動きをはじめたのか、理由を推察する材料さえありません」

「全く何もないといい切れるか?」

「何もないということはありえぬでしょう。元より他の龍と距離のあった黒龍と、他の龍はここ数年行動を別にしています。黒龍を仇としている龍もいますので。それが私の仮説にしか過ぎませんが、龍が護っている地球が滅亡する程の危機の予兆なのか、不明なことが多過ぎるのです。」

「もっと龍から聞き出せることは出来ぬのかのー。龍の懐に入り込むとかだめかのう」

女神はため息をついた。

夕刻地獄省の長官の執務室での仕事が終わると、野守は帰宅した。夕飯後子供たちが自室に行き、座敷には胡蝶と夫婦二人だけになった。

「ねえお父さん。青龍君の所に最近行ってます?」

「どうしたんだ」

「龍の天上での動きが、最近散漫になってるのよ。以前の様なルーティーンを取らなくなったの。特に辰麿君」

「奴は結婚したばかりだから、お嫁さんに夢中だろう」

「私の所に今日ラテン天国の研究機関から、問い合わせが来たの。あそこの政府機関は、龍が動いているのは地球規模の危機があるからだと考えているの、例えばって言っていたけれど、地球の地表が燃えるとか予想しているわ。

 お父さん。怖いわー!」

胡蝶は野守にしがみついた。

「ラテン天国の妄想は案外当たっていかも知れぬ。ユカタン半島の隕石はわざと無視したという、目撃情報がある。しかし龍達が何も語らないので、何の確証もないのだ」

「お父さん!どうにかならないのかしら?辰麿君にもっと踏み込んで聞くことは出来なの」

「それはなー」

「しっかりしてよ、お父さん。雪之丞や深雪はまだ子供なのよ。まだ小さいのに死んでしまうかも知れないのよ」

孫の事を出された野守は深く動揺した。天照大神より伊邪那美よりも、胡蝶の孫はどうなるのかという問いに、野守を強い危機感を得た。大急ぎで辰麿にメールをして、翌朝にアポイントを取ったのだった。

 

「小手毬―、今日大学に行くのは何時?」

「九時半過ぎよ」

「野守さんが何か急に来るんで付き合って」

「子供みたいなことを言わないで、用事があるのは龍君の方だけだと思うよ」

「でも謁見するときは、お嫁さんと一緒の方がよいかと。僕ぼけーとしているので、聞き漏れが無いように小手毬にも聞いて欲しいんだ」

「ふぁっ」

 朝キッチンで納豆ご飯を食べている時だったので、納豆を喉に詰まらせそうになった。向かいの席で白い着物に水色の袴を着た辰麿が、聞いて来たからだ。

 私は龍の世界では龍珠と呼ばれる、辰麿の力を倍増させる存在なのだそう。実際に直系三メートル程の透明な弾力のある球体に閉じ込められて、青龍という龍になった辰麿の爪に掴まれたまま、海外旅行どころか宇宙空間にも連れて行かれる。天空の亜空間にある人間も神々も行けない空間で行われる龍の集会所にも連れて行かれた。そこは中国の宮殿を彷彿させる豪奢な場所だった。そこで現世の高級中華料理店より遥かに上品な点心を振舞って貰った。龍の世界は欧米に似たカップル文化のようだった。龍珠の配偶者は必ず同伴という決まりもあった。

 だからか、月に一度、野守さんの息子の曼珠沙華君と、野守さんの秘書官のはちわれ猫又さんが来るときも、大学が無かったり用事が無い限り同席させられた。

 毎朝広い龍御殿は、辰麿の子分の妖怪、眷属が掃除してくれていた。キッチンと私の部屋はのっぺらぼうの山吹さん。私のお着換えの間は三人の腰元。その他は男の妖怪が掃き清めてくれる。御簾内と云われる横の長い部屋もそうだった。朝食を食べ終わった時間には、全て掃除され、几帳と屏風により仕切られた。中が寝所という三枚重ねの布団の敷かれた寝室と、反対側のテレビやYouTubeチャンネルを、龍馬さんとろくろっ首の露芝さんとで見たりする、茶卓に座布団が敷かれているリビング、その間にある几帳と象さんの絵の付いた屏風が回された謁見の間に二人は行った。眷属はきっちり仕事をしてもう姿を消していた。

 すぐに登校できるように象さんの屏風の裏に通学バックを置いて、辰麿の隣の分厚い座布団の上に坐った。龍馬さんが御簾を上げると、下の段の座敷に野守さんが畏まって坐っていた。いつもの野守さんと様子が違うようだった。

「お早うございます。これはこれは御寮人様もご機嫌麗しゅうございます。

青龍様、率直に申し上げます。龍の動きがここ数年変わっているのですが、これはどういうことでしょうか、今日ははっきりとお聞ききいたしたいのです」

「野守さん、僕たち龍はどういう存在だって知ってるでしょう。世界最上位の神獣だよ。僕の種族は地球で一番古いって云う説、定説になっているけれど野守さんが一番はじめに唱えてるよね」

野守はきっと小手毬の方を向いた。

「御寮人様、不老不死になっても地球が滅べば死ぬのです。私の孫はまだ小学生です。まだ何も知らない子供で死ぬかもしれないのです」

野守は孫への想いを口にした。

「そんなこと言っても、小手毬には止められないよ」

 流石、超法規的我満神獣、今日も偉ぶっているなーと。小手毬は思いながらやり取りを見ていた。瓜実顔でお目目が大きく、身長は百七十センチに足らない。見ていて滑稽なのだ。その上子供っぽく目をぱちくりして、座布団の上で挙動ってる。

「切に願い入る、あなた達が危機としていることを教えて欲しい。我々冥界が援けられるならば、援けたいのだ。一生懸命お援けしたいのです」

と言うといつもは高圧的な野守が、額を畳に摺りつけるように頭を下げた。角を畳にぶつけそうだ。辰麿も感じるところがあったようだ。

「世界中の冥界が何とかしたいという気持ちもよく分かるよ。僕だけで決められない」

その日の謁見はそれで終わった。小手毬はそれから辰麿が考え事をするようになっているのを見るようになった。

「小手毬―、人間ってどう思う」

「私も人間だけれど、よく分からないわ。類人猿の頃知っている龍君の方が分ってるんじゃない」

という壮大な質問をされた。返答に困るだけだ。

つづき 第十話 千客万来 ④

前話 第十話 千客万来 ②

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あとがき

日本冥界のみならず世界冥界最強の獄卒で、最強の公務員にして鬼神の野守の弱点は、孫です。


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