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東京に住む龍 第六話日曜日なんで地獄に行ってみた④

 その週は期末試験で、辰麿を放り出して過ごした。辰麿の様子をちらりと見ると、書斎のパソコンに向かいながら、まだドラゴンのビザ発給の件で地獄の役所とやり合っていた。秋葉原に連れて行って上げたいそうだ。

深夜までレポートを仕上げて、翌朝遅く起きた日曜日、遅め朝食を食べていたら、辰麿が突然地獄に行くからと伝えて来た。「ふぇ」となってしまったが、お着換えの間には緑の着物を着た眷属が控えていて、お気に入りの縮緬小紋の濃い瑠璃色の地に、椿の柄の長着に、籠目模様の昼夜帯を矢立て結びにし、軽くアップにした髪に赤い椿の前差しと揃いの簪を付けた。

廊下に出たところで青い色の長着に桃色の羽織を着た、辰麿に捕まえられ、龍珠の交換をした。自室から取って来た、お出かけ用の巾着を手に持って玄関から出ると、辰麿に抱き上げられる。次の瞬間、中国風と日本風の中間ぐらいの装飾のある白木の門の前に立っていた。

人通りの多い通りの片側には、ずーと高い塀がめぐらされ、辰麿と立った白木の門には、大きな木の札に墨で、「地獄省 庁舎 南門」その横に、「休日はこちらから、お入り下さい」と一回り小さな札が掛かっていた。 

ザ地獄という厳めしい金具の付いた扉から入ると、ホールになっていて、白木のカウンターに緑の水干を着た若い男性の鬼が立っていた。辰麿は野守長官と約束していると告げると、鬼は手元の電子機器を見て、

「青龍様ですね、長官が執務室で待ちになっています 」

案内に立ってくれた。

ホールから出ると、塀の中は、二階建ての大きな建物が連なり、塀と建物の十メートル位の空間は植物が植えられた中庭になっていて通路には背の高い柵があった。小手毬が思わず立ち止まる。柵の向こうの庭のまた数メートル先に金属の柵がありその向こうに、子供たちが遊んでいる。この二つの柵は誘拐防止のようだった。気が付いた鬼が、

「付属の保育所です。ここには専業主婦がいませんので、庁舎の中で働く役人の子供はここに預けられます。地獄も土日休みなんで、今日は子供が少ないですね。

刑場は二十四時間稼働していますし、検非違使。火消、水道などインフラ部門も交代で勤務していますので、日曜日でも保育園を開けているのです」

人間の子供たちの様に可愛い子供たちは、角の生えている子も、羽がある子もいる。もうちょっと見ていたかったが、庁舎の中を案内の鬼と辰麿がずんずん歩いて行ったのでついて行った。廊下は人気がなく、日曜日らしかった。

木造の建物はよく磨き上げられ、シンプルで質素だった。昔の学校の木造校舎の様だった。結構歩いた所で二階に上がる。「長官室」の木札が掛かる両開きの扉を開けると、広いオフィスで、オフィス用の机が幾つも置かれていた。ざっと三十席位だろうか、机の固まりごとに「秘書課」「外交」「連絡統括」と天井から札が掛かっていた。休日らしく誰も出勤していなかった。壁には大きな電光掲示板が、「ただいま各刑場、三途の川、十王庁の裁判施設共に、亡者の脱走はありません」でかでかと表示している。別の壁には、縦横十メートル以上の巨大モニターが掛けられているが、電源が切れていて黒い画面だった。

案内の鬼は、奥の方に進んで行った、「秘書課」の先に案内した。そこは部屋の奥で、三畳程ありそうな大きな机の向こうに、地獄省長官の野守が坐っていた。

「青龍様、これはこれは奥様いや御寮人様、わざわざお越し、ありがとうございますが、ドラゴンの件、やはり現世旅行は許可できません」

「えーそうなの、ドラゴン行きたがっているのに」

「ドラゴン様は神の身体が不安定の上、透明の術も出来ない、更に五人一緒でないと行動出来ないそうですね。万が一現世でドラゴンの本性を現すことになったら責任が取れません。

航空会社も神の身体が長時間保てないなら搭乗拒否ですな」

これまで、丸の内、天国の披露宴、先週の龍御殿での謁見と三回、野守長官と逢っている。三回とも黒い羽織姿だった。今日は休日なのか、羽織なしの長着だけのカジュアルな姿だ。着物は現世の男着物ではない女物となってしまう柄だ。白地に百合の花と蝶がペン画のタッチで染められた絵羽の長着だった。小紋や付け下げの柄付けが男の着物として存在し、更に花柄が男性用と分る着物は現世にない。小手毬はこれを辰麿が着たいと言ったら、全力で止めたいと思った。長身の身体に黒い角帯、浮世絵のようなゆるい着方をした袖口からは、黒と赤の柄物の襦袢が覗く。エロい。

辰麿の顔を覗き込んでいた野守が、

「今日はこの件だけで休日出勤しましたが、埒が開かない、もういいので私の家に行きましょう、昼時なのでご馳走します。まあ私の手料理ですがね」

と言うと野守は立ち上がり帰り支度をした。音声で「退出」と言うと電光掲示板も中の照明も消え、廊下に出ると自動で執務室は施錠された。

先程の南門から表通りに出ると、道路の片側が庁舎の高い塀が続き端が見えないくらいだった。道路の向こう側は対照的に商店街で裏に住宅街があるようだ。地獄の商店街は現世のレトロな商店街に見えた。道路は幅が四車線くらいあったが車は走ってなく、歩行者天国状態だ。八百や魚屋、肉屋に乾物や調味料だけを扱う店、菓子屋もある。個人商店なのか店番が夫婦とか家族のようだ。たまにはスーパーマーケットや大きめの衣料品店があった。行き交う妖怪達は皆着物で、時代劇で見る幕末の着物に似ていた。その次に多いのが水干や壺装束の平安装束で、子供や学生は水干を着ていた。

店舗は現世の個人商店といった風の店だが、不思議なことに、店の入り口の高さが最低でも三メートル、高いと六メートルもあった。それに合わせて天井も高かった。

商店街の肉屋で鶏肉、総菜屋で幾つか買い物をした野守は、青龍夫婦と一緒に裏手の住宅街に入る。

地獄の広さは日本の三倍、人口は二千万くらいで、土地に余裕があるせいか、一軒一軒が広いのだ、広い所為なのか殆どが平屋だった。変わっていると思ったのは、白くよく整備された高さ三メートル位の土塀が各家の塀になっていた。武家屋敷みたいだったが、土塀の上にはガラスの破片をコンクリ固めたり、針金の薔薇線を這わせたり、鋭い剣を上に向けたデザインの鉄柵が埋め込まれたりしていた。鬼さんなのに防犯対策がばっちりじゃないと小手毬は思った。

すれ違ったお出かけ用の振袖を着た女性の鬼は、帯に飾りの付いたピストルを差していた。これにはびっくりした。

高い塀に囲まれているのに意外にも圧迫感じなかった。塀が高いせいか、家の門を開け放っている家が所々にあった。そういう家は看板なり旗なりに、屋号と商売の種類を書いていた。刺繍職人や裁縫師、装束屋と書いてある家を覗くと、作業所が見え、妖怪の夫婦が装束の捻りをしている。一際お洒落な家は「意匠屋」と名乗っていた。

「鬼の社会は伝統的に、男は獄卒で刑場での拷問の職に就き、女は職人や私共のような役所勤めが多いです。鬼以外の妖怪も獄卒になりますが、男女問わず商売人や職人、工場勤めの者が多いですよ」

「あのう、意匠屋ってなんですか」

「訳してデザイン事務所でしょう。意匠屋と名乗るのは特に着物のデザインです。私達は長命なので、着るもののデザインについ凝りたくなるのです。呉服屋の作っている反物も買いますが、自分の欲しいものを意匠屋にデザインさせて、気に入りの職人に作らせるのです。あと古い着物のリフォームもデザインをさせます。それを職人にやらせたり、切り嵌めなんかは男でも自分で縫ったりします」

小手毬は野守をじっくりと見てしまった。いい男だけれど、花柄は地上の男は着ないよ。

 

住宅地は奥に向かってなだらかに高くなっていった。正面奥を見ると地獄絵の針山のような急峻な山々が連なっている。

野守の家は、周囲の家と変わらない土塀の中にあった。重い鉄扉を術で軽々と開けると、季節の花々が咲き乱れた庭の中に、趣味の良い数奇屋造りの母屋から、高欄の付いた回廊が伸びている。その先には子供部屋だろうか離れが連なり、ぐるっと回って、庭の中央の母屋の向かい側に、幽世で云う、「客殿」まで続いていた。

野守が声を掛けると玄関に胡蝶さんが出てきて、三つ指をついて挨拶する。旅館の女将というより、戦前の華族のお姫様が立ち現れたように小手毬には見えた。

「あらー、良くいらして下さいました。

青龍様と小手毬様が、お見えになるなんて、望外の喜びですわ」
 


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つづく 第六話 日曜日なんで地獄に行ってみた⑤


東京に住む龍・マガジン

一話 僕結婚します

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この小説について

「青龍は現生日本に住んでいた。現世日本政府は龍のお世話係で、あの世の支配下にあった。人類は龍君のお嫁さんを可愛くするためだけに進化した。
 青龍は思った
『1億歳の誕生日に結婚しよう。そう20歳のあの子一緒になるんだ。』
 そんなはた迷惑な龍の物語である。」

 異世界に移転する小説ばかりなんだろう。みんな現世に疲れてる?でも反対に、異界の者が現世にいるのはどうだろうと思ったのが発想の源です。思いついて数秒で物語のあらすじと、主なキャラクターが思い浮かびました。でも書くのは大変です。

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