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合言葉は「明るく楽しくネガティブに」

「自己肯定感が低い」
『自己肯定感を高めるために必要な○個のこと!』

「自尊心がない」
『私が自尊心を取り戻せた訳!』

「何事にも自信がない」
『失った自信を呼び覚まそう!それには………』

いい加減うんざりだ。

いや。いや。
言ってることはもっともだと思う。
どう考えても、自己肯定感は高い方が良いし、自尊心も自信もあった方が良い。
ネガティブがポジティブに勝てる見込みはまったくない。
それはもう嫌という程分かっているし、今更ネガティブをもってしてポジティブに勝とうなどとは思わない。し、そもそも勝ち負けの話ではない。

しかし。やはり。
ネガティブ人間に本当に必要なものは「ポジティブに生まれ変わる方法」だろうかと。常々思っている。
そもそも「ネガティブ思考は駄目だ。もっと前向きに考えなきゃ」なんていう考え方自体がどうにもネガティブ思考だ。強迫的と言ってもいい。

「僕は駄目だ」
に対して
「あなたは駄目なんかじゃない」
と返すこと。これを「肯定」であると、僕は思わない。
これは「否定の否定」だ。
真っ直ぐに肯定するのなら「駄目でいい」と言うべきだ。
でも普通はそんなことは言わない。
なぜなら「駄目じゃ駄目」だからだ。(ものすごく頭の悪い文章だ)

ので。
こんなものは甘えた考えだと思うのだけれど。

それでもなお、「駄目でいいよ」と、「それでも一緒に生きよう」と、そんな気持ちを伝える言葉を、僕はこのnoteの底の底で叫んでみたいのだ。

2019年のフジロック。銀杏BOYZの峯田和伸が「生き延びてください」と叫んだように。

(いや、峯田の叫びでもう言いたいことは全部言われているから……しかもフジロックなんていう大舞台で……。今更僕が何を………やめよう。ここで足踏みしていても仕方がない)


ということで、マガジンを作ろうと思う。(ここまで長い前置き)

初めに断っておくけれど、下らない自己啓発マガジンにするつもりは毛頭ない。
読んで下さる皆様に、何か新しい気付きをもたらそうと文字を綴るものではない(自ずからそうなることはあるかもしれない)。

僕はただ、拭えない「生きづらさ」を抱えてうつむきながら歩いている人に「一緒に歩こう」と言うだけだ。
大きい声で、小さい声で。すぐ隣で、ちょっと離れたところで。笑いかけたり、そっぽを向いたりしながら。

そのために、僕の話だったり、歌や漫画、小説を引用したり、創作だったり、もし誰かに「これについて書いてください」と言われたら「これ」について書いたり、と色んな文章を書いていくだけだ。

ネガティブ人間に本当に必要なものは「ネガティブでいて良い場所」だと思う。


そんなマガジンを作ろうと思う。

有料で。

いや。いや。
待って欲しい。
決して銭コロが欲しくて有料にする訳ではない。銭コロは欲しいけれど。

「お金」は「責任」を産む。
書き手にとっては「お金を取っている分ちゃんとしたことを書かなければ」という責任。
読み手にとっては「お金を払った分それなりに読まなければ」という責任。
いや、なんなら読み手には「積ん読」という権利がある。
ので。
やはりこれは僕がこれから作るマガジンに対する「責任」を持つためのお金だ。

……や、うん。ごめんやっぱ銭コロも欲しい。それは。正直言って。

まあ、そもそも素人考えの自己啓発にも満たない乱文を有料化していいものかという不安もあるけれど。
それはそれっていうことで。(ちゃんと勉強します)(みんなの推し「教科書」を教えて)


ということで、マガジンを作ろうと思う。(二度目)
後日改めて。(ホントに作るよ)

タイトルは
【明るく楽しくネガティブに】

週2~3くらいで、なるべく更新します。(意志薄弱)


追伸
サムネイル画像は、友達が送ってくれた桜の写真です。
綺麗で、ちょっと寂しげな桜。
いい写真だったので使わせてもらいました。

よくね?


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合言葉は「明るく楽しくネガティブに」 拭えない「生きづらさ」を抱えてうつむきながら歩いている人に「一緒に歩こう」と言うだけ。 大きい声で…

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