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一瞬で相手の心を掴んでしまう人たちの立ち回りを研究する

狙いを持って網を張る

「お兄さん、ちょっといいですか?」

渋谷の街を歩いていると、40代のスーツを着た男性に呼び止められた。

なんだ、キャッチセールスか?私は怪訝な顔をしながら足を止めた。

「私、この近くで服屋をやっているんですが、お兄さんみたいに・・・小柄な方のための服を取り扱っているんです」

ほほう

私は少しこのおじさんに興味を持った。

たしかに私はこの近くに服を探しにきた。何箇所か服屋を巡ったが、どれも身体がガッチリしている男性をイメージしたもので、イマイチ自分には合わないなと思って出てきたところだったのだ。

服屋が密集しているゾーンを通り抜けたのに買い物袋一つ持っていないということは、気にいる服がなかった可能性が高い、とみたのだろう。そして私の背丈をみて話しかけてきた。明らかに狙いを持って網を張っている。表情は穏やかな笑顔だが、プロの犯行である。

言葉のニュアンスに心を砕く

しかも、「身長が低い人の」という本題を切り出す前の間が絶妙だ。男で背が低いことはコンプレックスに思っている人間が多い。

そこを一拍の間を置くことで「触れられたくないことかもしれませんが・・・」とか「あなたの気持ち、分かりますよ」というニュアンスを表現している。

喋っている内容が同じでも、もし単刀直入に「背が低い人の〜」と切り出していたら気分を害して通り過ぎていたかもしれない。(ここが接客業の恐ろしいところだ)

非言語的なコミュニケーションにまで神経が行き届いている。話しかけられてからここまでの展開、わずか30秒。このおじさん、ただものではない。

「コロナの影響でこの辺りは最近お店が大きく入れ替わって、レンタルオフィススペースが増えたんですよ。うちは長年やってきてるんですけどね。店内にいてもしょうがないので、こうやって声をかけさせていただいているんです」

一つの行動に複数の意味を持たせる

そこでチラシを手渡された。見ると服屋ではなく絵の個展のチラシだ。

「うちの店の情報はこのQRコードを読み取っていただくと見れます。服も扱っていますが、アーティストさんの絵も展示しているんです。よければ寄っていきませんか。いいもの揃えていますよ」

私は他の店も見てから、都合つけば寄ります、と回答した。

「いいものを揃えている」というセリフから、高級路線の服屋という印象を持った。実力があると分かるが故に、相手のペースに乗ると高いものを買わされかねない。ここはひとまず退却して距離を取るのが正着だろう。

その場を離れてしばらく歩いてから受け取ったチラシのQRコードを読み取る。Instagramのアカウントが出てきて、芸人の西川きよし師匠とのツーショットが掲載されていた。

まてよ、絵の展示をしている人の苗字は西川・・・。なるほど、親戚の人間に展示スペースを提供するバーターとして、ツーショットを撮らせてもらったということだろう。

絵の展示と服。場所に複数の目的を持たせることで集客を増やす。ファッション業界の人間にありがちな、服だけにとらわれすぎていないところも好印象だ。ただし、服の値段は載っていなかった。「時価」と表示された寿司屋と同じで、いくらになるか分からない怖さもある。

休日昼下がりの知的遊戯としては、なかなか楽しめた。これだけ面白ければ、ついでに商品を買おうと思う人もいるだろう。超一流の営業は、短い時間で相手にここまで濃厚な物語を提供できるものなのだ。

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